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2024-04

7. 障がい児の彼が、まるで保護犬のようで

2024-03-29

Category :♦️想い、感じ、伝えること。

 彼を知ったのは、小学生の年少の頃。
 わりと、一発ですぐ彼が兄たちと似たものを持ってる――なにかしらの障がいがあると気づいたのは、私がよく兄たちやそのお友達のことも見ていたからもあると思う。

 彼は、とにかく落ち着きがなくて、よく忘れ物をして。勉強も運動も苦手。
 よく、周りからは
「またお前か」
「こんな簡単な問題も解けないのかよ」
「へんな走り方だな!」
 いつも、そんなようなことを同級生から言われていた。

 彼は、とても短気。よく物を投げては、後に先生に叱られている。
 けど、それは本人だけが悪いんじゃなかったと思う。煽る周りも十分悪い。
「あいつが怒った~!」
 その言葉に反応して、椅子やら机やらを持ち上げ、投げることも多い。

 よく覚えているのは。
「ここから、飛び降りてやるぞっ……!」
「できるもんならやってみろよ! どうせ、出来ないくせに~」
 よくまあ、六年生の六階のベランダで、そんな煽りができる。本当にはやらないと、周りは高をくくってたのだろう。それとともに、本当にそうしなかったのは、やはり本人のなかでも恐怖があったから。
 もっとなにか、その時に私にできることはあったはずなのに、そうしなかった。ただの周りの人になっていた。
 後に残るのは、彼への「申し訳なさ」だ。歯車は、どこで狂ってもおかしくなかったのだから。

 
 ある日。
 またもや彼が椅子を持ち上げた。周りも当たり前のように逃げ出す。
 どういうわけかあまり覚えていないけれど、たぶん危機感なくまた私はボーッとしていたのだろう。
 そして投げた椅子は、私のこめかみに当たったのだ。

「――――」

「きゃーー!!」
 一瞬、音が止む。そしてすぐに悲鳴へと変わった。
 幸いにも、当たったのは椅子の脚のゴムの部分だった。
 
 思い返すとたぶん、周りに誰もいなければ、私はなんの問題にもしなかった。血が出たわけでもなし。
「だってわざとじゃないでしょう?」
なんて言って、その場を去りたかった。いや、きっとできた。
 そんな、変な自信がある。
 そうしたかったが、授業中の出来事だから、クラスの目撃者たちが事を大事にさせた。
 それと。
「痛いときは、泣いていいんだよ!?」
という、言葉。
年中のころに、
「泣けばいいってもんじゃねえんだよ!」
と、言われてから。何を言われようと、なにに転びようと、意識的に人前では極力泣かなくなった。そんな私に、「泣いていい」という残酷な言葉。
 残酷すぎてつい、泣いてしまった。迂闊にもほどがある。その涙は、いまじゃないのに。
 そして当たり前に、周りをざわつかせる。

 せめて、そんな落ち度は言いたくなかったから親に話さずにいたら、案の定担任の先生から涙ながらの電話がきた。更には、彼の家からも謝罪の電話と、「病院へ行くなら治療費はこちらが払います」と。
(けっきょく病院へは行かなかった)

 なんとなく、思っていた。
 学校で見る彼は、よくテレビや近所で見る、野良から保護されたばかりの犬のようだ、なんて。
 大声をだして、威嚇して。そうすることで、「近づくな」と訴える。まるでそれこそ、小動物が自分を大きく見せることで天敵から逃れようとしているかのように。

 でも、騒動のあとにはちゃんと謝っていた。心底申し訳なさそうに。
 今思うと、なんだかその姿は
「ほんとは敵意ないのに、勢いで咬みついじゃって落ち込む動物」
に似てる気がした。あくまでものの例え。心境としてなので、当時誰にも言ってないけれど。

 私としては。
 椅子を投げる彼より、悪口を言ってくる同級生のほうが、何千倍も嫌だった。ちゃんと謝る彼のほうが、よほど誠実さがある。
 精神的な痛みと肉体的な痛み。そう比べられるものでもないけれど、この時の私は気持ちならいっそ、悪口より椅子のほうが、まだ痛くなかった。

 どうか、彼のあの後の人生に幸のあらんことを。



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6. いじめの自覚ないの?

2024-03-25

Category :♦️想い、感じ、伝えること。

 私が小学生の頃、初めて彼女と関わった。

 先に言っておくと。
 私は典型的な「いじめられっこ」だった。主に男子から。
 だから、からかう言葉や虐げるようなセリフは、何千何万と聞いてきた。
「キモい、ブス、うざい、菌、害、死ね」
といった言葉だ。
 本題はそこではない。

「彼女」も、似たようなことを言われていた。あえて私と違う点を言うなら。
 ――たぶん、とても人望がなかった。
「あの子、全然あいさつしないよね」
「車に乗せてあげても、ありがとうも言わなかった」

 なぜ、彼女とともにいたのか。確か、こちらから近づいて、あちらが離してくれなくなったのだ。

さて。彼女からの仕打ちを、あえて箇条書きで表してみよう。
・傘で攻撃される
・雨上がりに傘を道路に投げられる
・帽子を砂場へ放り投げられる
・筆記具を男子トイレに投げられる
・物を貸しても返ってくるのは不満
・「おんなじ係りになろうよ!」と言ったあとには、係りの仕事はこちらに丸投げ
・本来の帰り道より遠回りの、彼女の帰り道(一時間近く)を歩かされる
・音楽の授業時に、彼女の楽譜に音を書かされる
・流行りのドラマの真似事で「汚らわしい!」と言い平手打ちされる

 ……ん? こんなにあったっけ?
 字にすると、まあまあ色々あったものだ。
 これらは全て彼女からしてみれば「遊びの一環」という感覚しかないだろう。
 しかし、当時の私からすれば、なぜこんな辛い状況を許していたのか。謎だ。去る者は追わず来る者は拒まずにもほどがあろうに。

 このように。
「いじめ」といっても、本人が「いじめられている」と認識できていないような、遊びの延長としての「意地悪」もある。

 例えばもし、今。私が言えるのなら。
・傘はさすもの、人に向けてはいけません
・他人の物を投げてはいけません、私は犬じゃない
・借りておいて堂々と不満を言うのは、とても失礼なこと
・やる気がないからといって、こちらに丸投げするのはいかがなものか
・「通学路」というものはご存じか
・楽譜くらい自分でおやりなさい、私は奴隷でも従者でもない
・なんで私が悪役? 暴力反対、ふざけすぎだろう

 いっそ、平手打ちをお見舞いしたいのはこちらのほうだ。しかし、もはやそんな労力も惜しいくらいに今は離れられた。物理的にも、心理的にも。

 このようなことを、もし誰かにしていたら。又はされていたら。
 どうか目覚めよ、まだ間に合うかもしれない。
 
 ――それはどう見ても「いじめ」だ。


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5. 障碍と、障害と障がい

2024-03-23

Category :♦️想い、感じ、伝えること。

 よくひとは、「障害」の害を嫌い、「障がい」とあえて表記することがある。
 理由なんて、簡単なこと。
「害=悪」のような、悪いイメージを抱きがちだから。

 けれど調べてみると、大元は「害」ではなく「碍」であった。
 元々、「障碍」と「障害」は、明治以降の一般社会でほぼ同じ意味で使われていた。
 しかし戦後の当用漢字表やその後の常用漢字表に「害」の字のみが入るなどして、「障碍」という表記は少なくなっていったとか。
(簡潔に言うなら、「難しい漢字は避けましょう」のような内容)
 障碍の「碍」(がい)であったこの字も、音で「害」にされ、今「がい」にされつつある。ちなみに数年前から、ある地方では「碍」に戻すべきだ、という試みもあるとのこと。
 その「碍」の本来の意味は「何かしたくてもできない状態」となる。
 できることが健常者と同じとは限らない、という考え方をすると、もしかしたら、最初の「障碍」のままのほうが、まだ「障害」より反感はなかったのだろうか、とも思う。

 そのように、障害は最初から意図して「害」の字になっていたわけではない。
 言葉やその意味というのは、なにかの発端でねじ曲げられることが多々ある。

 前々から、私はこんなことを思っていた。
 障害と障がい。まるで、
「見た目で毒キノコに間違えられやすいが、食べられるキノコのようだ」、と。
 その最たるキノコは「コウタケ」などと呼び「香茸」と書く。見た目は歪だがじつはとても希少で、その味は松茸を越える、とも言われている。

 それに、こうも考える。
 なにを基準にして、「害虫」はなにを指すのか。
 その時により、その用途により。
例えば。蜂には針があり、種類により危険だが、ミツバチはハチミツを獲るために飼育されている。
 ネズミは、一般では厄介者だが、研究では「マウス」や「ラット」として実験に用いられている。
 犬や猫などの動物は、人の手により
品種改良されて、種類が増えた。
 それらは全て、人間の行うことだ。

 それだけ、なにを善悪と呼ぶのかは、そう簡単には名付けられるものでもない。角度が変われば、その真逆にもなり得る。
 どうにも人間は、品種改良などと言いながら、その結果自分たちで、様々なものを縛っているようにも見える。

 ひとは「目的」や「結果」ばかりを求めるが、それら全てを明確にする必要は、はたしてどこまであるのだろうか。
 そんなことを、ふと思うのだ。
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4. 正しい接客って?

2024-03-19

Category :♦️想い、感じ、伝えること。

 私には、かつて悩んだ問題があった。
「接客で大切なこととはなんだろう」

 とある、小さな本屋が、私の仕事場だ。
 といってもあまりお客は来ない。それもあり、店員は接客に慣れている人ばかりでもない。

 本屋と同じ系列で、ほかにも店がある。
 ある日、そちらを仕事場としている友人が、本屋の店長に、こんなことを訪ねていた。
「接客の際の言葉使いについて」

 例えば。
「こちらでよろしいでしょうか」
「ごゆっくりご覧くださいませ」
といった言葉使いが、誰になら正しいのか、等だ。
 
 ふと、思うことがある。
「丁寧な言葉だけが、必ずしも正しいのか?」
 普通に考えれば、当たり前なのだろうが。
 言葉使いやその相手により、使い分けはあるのではないか、と。
 本屋に来るお客のなかには、何にしようか迷っているひともいて、ごく稀に「一緒に考える」ことがある。
 又は、商品の会計に手間取っている際、何かの会話をすることも。
 私は、さほど器用な人間でもない。丁寧な、正しい言葉を探していると、きっと自分なりの接客はできなくなる。色々考えて不自然になるだろう。
 なので、よほど言葉に厳しい客でなければ、一番に気をつけるべきは言葉使いではない、と考える。

 私は、お客の迷いに寄り添うことを一番に考える。
 「寄り添う」にも色々あって。
 語る想いを、ひたすら聞くこともあれば。時々自分の感情を出して、買う後押しをすることもあった。買った本により、その本についてを語ることもある。

 「迷う」と言うのなら、気がすむまで迷えば良い。その日にこたえが出せなければ、また日を改めて迷ったって良い。
 迷いが晴れた時こそ、心地よい風となる。感情は、私たち人間の特権なのだから。

 説明や後押し、感想や迷いに同調するのは、店員としての一つのやり方。
 でも、最後にそれを持ち帰るのかを決めるのは、誰でもなく、お客本人だ。
 この考えは、おそらく「本選び」だけに限った話でもない。
 その人が、これからどんな人生を歩むのか。助言や力添えをすることはあれど、足を進めるのは誰でもない本人だ。

 ただし。それこそが正しい、そのほかが全て間違い、だなんてことはない。ただの考え方の方向の違いだ。
 接客にも、その人それぞれに十人十色のやり方や志し、大切だと思うことも違ってくる。
 きっと、それこそが私の考え方でもある。みんな違うことこそが、なにより良いのだ。



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3. 人の欲なんて

2024-03-16

Category :♦️想い、感じ、伝えること。

この世界では、たくさんのカタチの「情」がある。
 ――戦争とは、全ての感情を踏みにじる最たるものだ。
 ふと思う。何故、人間同士でのいざこざは、戦争に発展するのか。

 「戦争は科学を発展させる」
 「戦争なんて名ではない、もはや殺戮だ」
 それは、決して相容れない言い分となるのだろう。

 それこそ、ドラマや映画、小説などの、「架空の世界」では、闘うことをカッコいいとされるのは、よくあるパターンだ。
 しかしそれは、「架空」に過ぎない。そしてその架空では
「情は捨てろ」
とセリフが入る展開も多い。

 で、あるならば。
 その「情」とはなんだ?
 私たち人間は、感情とともに生きているようなものだ。
 
 戦争に肯定的な人の意見では、必要な戦いだ、と言われることもある。けれど、少なくとも今の日本の年長者、主には戦争を経験した者からすれば。
 ――馬鹿げている。
そう言う人間のほうが圧倒的に多い気がする。何故なら「体験している」からに他ならない。

 知っている人間が、「繰り返してはいけない」と言うのに。
 知らない人間が、それらを「臆病者」と罵るのは、いかがなものか。
 そこにあるのは、野心か欲か。
 ふと、思った。
 身を滅ぼすような欲なら、いっそ無いほうが良いのだろうか、と。
 そもそも、欲にも色々ある。

 人間なんて、日常の些細な欲を見いだせたら、もうそれでいい。
 明日の朝、早起きしていつもより豪勢な朝食にしよう。
 学校にいったら、好きなあのひとからの「おはよう」がもらえると嬉しいな。
 休日には旅行にいくから、その日1日青空であると良い。
 ――そんなの、欲とは言えない?

 なんだって良いのだ、なにを欲と呼ぶかなんて。それこそが、生きているという「時」であり、明日への糧だ。
 そこに、本人が納得することができるのなら。なんの変哲のない、ただの日常こそが一番だ。

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2. 障がい者は皆、善人で弱者?

2024-03-13

Category :♦️想い、感じ、伝えること。

 世の中というのは、間違ったことだらけだ。そして、それを「間違いだ」と主張することで、袋叩きにされることもある。

 ここで一つ、問いかけたい。
 世の中にいる「障がい者」は、みな善人なのか?

 ここから、私のこれまでの経験を少々。
 私には、家族に障がい者がいる。それも生まれつきにだ。
 なのでよく、「特別支援学校」という、主に何かしらの障がいを持つ児童が通っている学校を知っている。子どもの頃には、よく混じって遊んだものだ。
 
 そのうえで。
 障がい児のあいだにも、「いじめ」がある。障がい者だからって、みんなが「良い子」でもないのだ。
 社会だって、そうだ。
 その人が善人か悪人か。又は強者か弱者なのか。そこに、「障がい者だから、弱い者だ」と言うと、怒る人も多いはずだ。

「だったらなんだっていうんだ」
「勝手に決めつけるな」

 意外に思うかしれないが、私たちが思う以上に彼らのなかには、パワフルな人物もいるものだ。
 パワフル過ぎて、どう接していいか分からない、なんてこともあるだろう。
 その反対に、あまり顔に感情が表れにくい児童や、自力で動くのが困難な児童もいる。
 ――そう。所詮は知らないひとからの決めつけだ。
 ただ、立場的には確かに弱者になりやすい。更にはそこにつけこむ悪意も多い。ある意味では、そういった経験がひとを強くさせることもあるが。

 要は、「○○だから××だ」といった発想そのものが決めつけで偏見になることがあると思う。
 事実というのは、そんな単純なものではないかもしれないのだ。



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「はるか、ブレーメン」の紹介

2024-03-12

Category :ラジオで紹介する本

私は、福祉施設の本屋に行ってます。
じつはもう、一年以上は経っていますね。
更にじつはなんですが、本屋の仕事の一つのなかに
「ラジオで本を紹介する」ということもしています。
 といっても、地元のローカルラジオ番組のなかの十数分くらいの時間なのですが。

ちなみに、これまでは「月夢」(つきゆめ)というペンネームで紹介していました。

今月(18日15:20分頃は「はるか、ブレーメン」という本を紹介します。


そのなかで語るかもしれないお話を、少々お話しようと思います。


「ブレーメン・ツアーズ」という変わったツアー会社があります。
会社の仕事は「人生の走馬灯を描く」という、なんだかファンタジーみたいなお仕事。

そんな会社からの依頼を受け、主人公やその幼なじみの心の葛藤や成長などが描かれています。

主人公の遥香こと「はるちゃん」は、高校生の女の子です。なかなか芯のある性格。
(タイトルの「はるか」はたぶん彼女のこと)
 ブレーメン・ツアーズとの出会いをきっかけに、自分が
「人の過去、それも本人も忘れているような過去も込みで見ることができる」
事がわかり。「ブレーメン・ツアーズ」からの依頼を受け、ひとりの女性の「走馬灯作り」のお手伝いをすることになりました。



このお話のなかで、特に印象に残った言葉を
【人は間違えます。間違ったことをしてしまいます。でも、それがとても大切になるときだってあります。間違ったことをすべて切り捨てていったら、大切なことが残らなくなってしまうかもしれない】

間違っても、それも含めての「人生」であること。「間違い」は、決して悪いものではなく、当たり前にあって。そのなかにちゃんと意味がある。

 会社の名前の由来となる童話の「ブレーメンの音楽隊」も、旅の目的は果たせていないんですよ。

 「ゴール」も確かに大事かもしれない。
 でもそれ以上に。
 もしたとえ、ゴールできなくても。
 迷ったり、遠回りする道だって、その人が、そのひとであった「証」として残るんじゃないかな、とも思いました。


↑原稿の一部分を、あちこち消して足して、ってしながらの言葉です。
 さて。来週には、パーソナリティーさんとの対話式でのラジオ、頑張ってみます。
確か、今回でいつの間にか9回目なんですよね。
時の流れは速いものです。




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1. 想いを形にする意味

2024-03-08

Category :♦️想い、感じ、伝えること。

エッセイですね。
前作「思うこと、感じたこと。」より年齢が少し大人になっているので、区切りとしようと思うとともに。
 もっと上手く言葉を紡げるように、という気持ちを持って。


1. 想いを形にする意味

 ずっと、ずっと前に。
【人というのは矛盾する生き物だ】
と、私は言葉を紡いだ。それも、はじめはペンをとり。
 そこから考えると、今はかなり楽に書いたものの修正が利くようになった。これも科学の発展というものか。

 そんな十数年のうちに、あることを悟った。
【ただ考えるだけでは、変えられぬことが多い】
 だからといって、むやみやたらにそれを発信するのが良いことかと言われると、そうとも言えない。場所を選ぶべきだし、反論をされる覚悟が必要なパターンもある。

 これまでの私は、「書いて、たまにそれを見てくれる人がいれば嬉しい」と、自己満足の域をあまり超えていなかった。
 けれど、ふと思った。
【自分の考えや経験を発信することで、何処かの誰かにとどく何かがあるかもしれない】
 それは、決してうぬぼれというわけではないという、一種の自負がある。実際、驚かれることがある。そこまで考えるのか、と。


私は、物心つく頃には、すぐ近くに「しょうがい」や「てんかん」という言葉や、「しょうがいしゃてちょう」というものを見ていた。
 当時は、それらの意味までを知っていたわけでなくとも。
 白い杖にも、車椅子にも。手あるいは足のないひと。鼻にチューブをつけながら、ベッドごとでの移動するひと。
 初対面では意思の疎通がちと難解かと思われるような、寝たきりのひとも。
 あまり驚くことでもなかった。
 その辺り、いわゆる一般的なひとと感性は少々ずれているかもしれない。それも、悪いことだとも思っていないが。
 それなりに虐められてもきた。だから、なのかはなんとも言えないが、私自身も障害者になり、それなりに月日は経つ。
 
 障がいを持つ兄がいるから、世でいう「きょうだい」でもあって。
 がっつりではないかもしれないが、「ヤングケアラー」の側面も持つ。

 この時点で、私は世間一般の「普通」にはならないだろう。
 今現在の世間の「普通の人」は、跳び跳ねる若者や、奇声が聞こえると、きっととてもざわつき、好奇の目を向ける。それらも、私からすればなんてことのない声だ。おそらくせいぜいは。

「なにか楽しくなっちゃったのかな」
「なにかと闘ってるんだな」

と、こんなものだ。

 その十数年で、考え方に確かになってきたものがある。
【ひとはひとだ。そのへんの人でも、訳ありな人でも、そこで生きている。障がい者にも健常者にも等しく善人と悪人がいる。大切なのは「形」ではなく「気持ち」だ】
と。
 そんなことを考える私に、いったいこれから、どんなことが言えるのか?      
 まだ分からない。
 それでも、なにかを伝えたいと、想ってしまうのだ。


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44. 障害者、矛盾する感情

2024-03-08

Category :自分のこと

 私は、これまで何度も見てきた。

 『障がいを持つひとに、優しくしようと思いました。
 困っていたら、助けてあげたいと思います。
 身体の不自由があるのに、こんなに頑張ってて、すごい!
 障がいを持つ子のきょうだいは、きっととても優しい子に育つ。
 障がい児のおかげで、うちは楽しく明るい家庭になった。
 この子がいると、笑いが絶えない。』


 あちらこちらで、何度も耳にした言葉たち。良くも悪くも、たくさん聞いた。
 でも、あまり響かないのはなぜか。
 おそらくそれは、作者自身が障害者を「特別視」していないのが大きい。

 そもそも、この世の中。
 いつ、誰が、どんなことがあって本人が障害者になってもおかしくはないのだ。病気とも言える形も含めて。
 そもそも、「障害」と「病気」の違いを聞かれて、何か答えられる人がどれほどの数いるものなのか。それも怪しいところではある。
 先天性、後天性の違いはあれど。

 もっと嫌いなのは、
「自分(あの子)は障がい者だ、もっと優遇されるぺき人間なんだ!!」
 と、特別扱いを声高らかに強要することだ。
 他人がそう言うのも少々首をかしげるし、本人や家族が言うのは、もっと疑問に思う。

 努力は、単純に凄いと思う。
 その人が居ることで成り立つ空気感もあるだろう。
 その人ひとり一人へ対するケアや配慮も、時に大切だとも思う。
 しかし、そこでそれを
「特別なことだ」、あるいは「これくらい当然の措置だ」
などと驕るのは、何か違う気がする。
 
 配慮は、その個人に適したものであることを望むが、その人だけの特権ではない。
 そこに対する感謝を忘れたり、おざなりになってはいけない。

 こう見ていくと、誰かに
「矛盾している」
と言われてしまいそうだが。
 元来、人間の「感情」というもの自体が矛盾を秘めているものだと、私は思う。

 赤子の泣く声を、
「微笑ましい」と思っていたら、声が大きくなってくると
「ちょっと静かにならないものか」
なんて、思う人もいるもので。

 作者にも、この題材らの「答え」というべきものは分からない。
 分からないから、分かりたいと願う。
 
 ──そう。人というのは、矛盾する生き物だ。
 きっと私のその考え方は、このシリーズを書き始めた10代の頃とそう変わらないのでは、と思うのだ。

 私たちは「矛盾」と共に生きている。
 「綺麗」が好きなわりに、「綺麗事」は疎む。

 なんとも単純なような、気難しいような、不思議な生き物だ。


【完】
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最近始めたこと

2023-03-25

Category :書くこと

こんにちは。
スマホのアプリって、時々いきなり使えなくなる事がありますよね。

ちょっと困った事に。
スマホになった頃からずっと使い続けていたメモのアプリが、なぜだか使えなくなってしまったのですよ😅

で、代わりのアプリを色々探していたら。
「書く習慣-毎日一つのお題 思い浮かんだことを書いてみて」
というアプリがありまして。

要は、お題に沿って文章を書く、というものですね。
短くても長くても良くて。
ジャンルも問わず(たぶん)
書くのも読むのも、義務ではなくて。
でも、色んな書き方の文章がある。

面白いじゃないですか!

書いてみました、一作目。


「バカみたい」

小学校の運動会、〇〇メートル走。
だいたい一人くらいからは、最後になりたくないからって
「一緒に走ろう?」
って、声かけられる。
いわれるがままに、そうしてた。

「一緒に走ろう」

ほんと、なんでそうしてたんだろう。

で、中学生になり。
さすがに「一緒に走ろう」は誰からも言われなくなった。

よし、好きに走ろうっと。


結果は、今はちゃんとは覚えてないけど、たしか1位か2位にはなってた。
うん、走るの楽しい!

ほんと、なんで遅く走って、どんくさい人認定されてたんだろう。
バカみたいだよね。



こんな感じです。
もし、興味があれば。
「書く習慣-毎日一つのお題 思い浮かんだことを書いてみて」
で、検索しますと、ヒットすると思いますよ。
ではでは、また。



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中村哲医師について 本を読み終えて感じたこと

2023-03-09

Category :本屋の話

武器ではなく命の水をおくりたい 
中村哲医師の生き方(宮田律さん)
を読んで


 
 彼──中村哲医師──は、今は亡き方。暗殺されたのだ。
彼は常日ごろから、武器では戦争は終わらないこと。本当に大切なのは、「衣・食・住」の、特に水だと、主張する。
 きれいな水が出ないから、ケガも治らず悪化させる。雑菌だらけの水を飲めば、体の内側から病に侵される。
 例えば。
食べ物を買うお金がないから、スリをする。
これは言い換えれば、お腹が満たされれば、窃盗なんてする必要はないんだ。
 これは本に直接的に描かれてはいないことだけど、きっと間違いではない。

 彼は、アフガニスタンに命を捧げたと言ってもいい。
井戸を掘る計画をたてチームをつくり、それを現地の人たちとともに行動にうつして、そしてきれいな水を得た。
 そして日本の文化の、農業のノウハウも使い広めた。きれいな水の用水路も引いた。
 そして、現地では窃盗や戦争に加わるのではなく、畑を耕して生活をする。そんな生活に変わるのを望んだ。
 日本では、「農家さんの日常」かもしれないけど。それがアフガニスタンでの日常になるには沢山のひとの手が加わり、知恵があり、共同作業があり、今に至っているのだろう。

沢山のひとが、平和を得るために。

 だからこそ、アフガニスタンの人々は、彼を忘れないのだろう。
 

 私たちは知らない。
 「戦争をしない」ことが、どれだけ他の国からしたらプラスに映るのか。
 私たちは知らない。
 戦争に直接加わらなくとも、日本が武器の提供をすることで、もう誰かの死が決まってしまうのを。それも、一番に犠牲になるのは決まって、何もしていない一般人だ。

 私たちは知らなきゃいけない。
 「平和」の重さも、脆さも。
 必要なのは、争いではなく、人がそこに在るための対話だ、と。


そんな感想を抱きました。
では、また。


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手紙と笑顔

2023-03-08

Category :自分のこと

私には、次男のような愛嬌も無ければ、長男のように数字に強い訳でもない。
「自分には何もない」
それをずっと、思って生きてきた。

でも、一つならあった。

「言葉」

ちょっとした出来事があって。
日用品、そして私から、謝罪と日頃の感謝の手紙を書いて、ご近所さんに渡して数日。


「手紙読んだよー。ありがとうね」

そう言って、おじさんがあんなに笑ってる顔を、なんだか久しぶりに見たな。


そういえば、と。
わりと私、ここ近年でちょこちょこ手紙を書いた。
前の作業所の利用者さんとか、退職する職員さんとかに渡すことがあって。
そうすると目の前で読まれると泣かれたり。
後にこちらの予想を遥かに超えて喜ばれたり。


……うん。そうなんだ。
兄たちには兄たちの。
私には私の、コミュニティがあり、長所があり。行動範囲も違う。
完全に割り切れるかと言われると、その時その時で変わるかもしれないけど。

私たちは。違うんだ。
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まだ人を殺していません(小林由香さん) 本の感想

2023-03-07

Category :本屋の話

まだ人を殺していません 小林由香さん

 義兄「南雲勝矢」が、人を殺したとして逮捕された。
「葉月翔子」は姉夫婦の息子である「良世」とともに生活することになる。
 そこから、子を育てることに不安を持つ翔子と、殺人鬼の息子となった良世との、言葉に表わせないような日々が始まるのだった──。


 この本は、単純な「殺人犯の息子の話」ではないと感じたのは、読み始めてすぐでした。
 というのも、預かる側の翔子は、娘を交通事故で亡くしたのをきっかけに離婚しています。そして娘を守れなかった自分を責めている。

 前半は、とにかく良世の行動の一つ一つの真意が分からない。

 後半でだんだんと、良世が抱えている問題や、周りの人たちの本当の感情。なぜ父親が殺人犯になってしまったのか。
 そこに触れることで、初めて良世の強さと脆さが見えてくるかな、と。
 ですが、やっぱり一番に感じたことは
「人は、善悪だけで生きてはいない」
ということでした。
 何より「南雲勝矢」が殺人鬼になってしまった理由が、私は切なく思いました。

 でも最後には、良世の心の解れが視えて、とても安心しました。
 重たい話ですが、ちゃんと収まるところには収まっているので、読み応えがあります。
 ぜひ、たくさんの方に読んでいただきたいです。



 どうにも。殺人犯の家族、親戚、とかとなると、
「殺人犯の息子なんて、恐いわ」
「いつか子供も同じことするんじゃないの?」
とか思われて。
何もしていなくても。
「害」だと、思われがちなんですかね、世間ってのは。悲しいかな。

でもね。
「加害者の背景」ってのが、実は一番スポットが当たらないくせに、そこに一番大きな「理由」がある人も多いと、私は思いました。
(もちろんそれで正当化はできないけど)

この本の加害者である「南雲勝矢」も、きっと本当は、
     「家族で笑うこと」
願ったのがただそれだけ、だったのかもしれません。
でも、宗教がそれを助けてはくれないし。
死者を蘇らせることは、できないんですよね。
 全部ぜんぶ、生きてる人たちに残されることなんです。

このあたりの話には「?」となるかと思いますが、それも読んでみると納得できるかなと、思います。


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本屋の店員になりました

2023-03-07

Category :本屋の話

ご無沙汰です。

昨年は、個人的にいろんな事がありました。
これまでは、「就労移行支援B型」の作業所にほぼ1年、通所していました。
そのなかで、別の作業所に興味はないのかという話になり
「そういえば、本屋に行った人がいたらしい」
と聞いてみたら。
なんとびっくり、私でも行ける施設がちゃんとあるのですよ!

見学、お試しの期間を経て。
昨年の12月から、正式にとある本屋の店員になりました。

今のところ、主にしているのは、本のポップ、いわば紹介の紙の制作です。
なので、まずはポップ用の本を探し、読み終えて…という感じです。


読むと、なかにはポップに収まりきれないくらい感想が溢れることもあるので、ちょっとスペースが足りない……。

ということで。勝手ながら。
ちょこちょこと、感想が溢れた本の紹介もこちらに書いてみようかと思います。

いろいろグダグダで、本当に申し訳ありません。
記事を整理するにも、応援してくださったものを削除するのももったいなくて、上手くいきませんね。

ではでは。まずは近況報告?でした。

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41.  「かわいそう」を本人に言って良いものか

2022-06-26

Category :♦思うこと、感じたこと。

 作者の通所している施設には、それぞれ何かしらの障がいを抱えるひとが通所している。

 精神の人もいれば、発達の人もいる。
 気持ちが不安定になりやすいひと、コミュニケーションが得意でないひと。
車椅子のひと、はっきり言葉を紡ぐのが苦手なひと。
 彼らも、自分に出来る範囲のことを。そして時に、周りからの助けを借りることもありながら日々を生きている。
 それらのなかには、身体に麻痺があるひともいる。
 今回はその「彼」にまつわった話。


 とある日。
 ある女性から、彼は質問を受けていた。体のことについてだ。
 最初は、「どうして麻痺があるのか」に近いことを聞かれていた。
 女性は、話すことは大好きなのだが、多少話し過ぎる傾向がある。そして時に、周りからすれば「失礼」に値することを言うひとでもある。
 その日も、それは起こった。

「体が不自由なの、かわいそうですね」

 手が一瞬止まった。この流れはあまり良くない気がする。
 なので、向かいに座っていた私は、
「でも、○○さんとっても器用なんですよね」
と、密かな応戦をしてみれば。
「うん……。器用になるしかなかったんだよね」
「…………」
 そう言われると、なんと言葉をかけるべきか。
 
 当人の前でゴタゴタ言うのは控えたが。
 本当に器用なひとなのだ。彼は、様々なことを片手でこなす事ができる。
 食事はもちろん。施設での仕事だって、両手のひとでも難ある作業も、慣れさえすれば彼も失敗せず取り組める。
 そのために、「どうすればやりやすいか」をスタッフと探って、最終的には自身の力でこなす。

 確かに、「器用になるしかなかった」とも言えるが。
 ひとは、甘えや驕り、怠けや諦めもする。
 彼のような障がいがあるひとのなかには
「動けないんだから仕方ない」
 と言う人間もたくさんいる。
 それを簡単に「良いか悪いか」での判断はできない。少なくとも、他人にできる判断ではないと思う。ましてや「かわいそう」と、思うのは勝手だが、それを本人に言うのはどうだろう、と。

 だから、彼が「器用」であることを「当たり前」のように。「かわいそう」だと第三者が言うことは。それはきっと違うと、私は思う。


 作者の周りには、当たり前でない日常が溢れているのだ。
 けれど、その人たちをただただ憐れみの眼で見るのは、相手に対して逆に失礼になると。
 発達障害者を兄に持ち、精神障害者である身としては、日常でふいにそう感じている。



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次男のこれからのために

2022-06-18

Category :家族とのこと

ご訪問、ありがとうございます。
今回は次男の話をメインに。


少し前に、福祉施設(入居、デイサービス)の見学をするにあたり、そちらの職員さんが家に訪問されまして。
父、母、次男とで、ご挨拶をしました。

その来た勢いのままに、
次男本人を施設に連れ出せるか、とのところにまで話が進んだとか。

しかし。次男には「精神病院への入院」をした時のトラウマがたぶん根強く。
 
きっと、
「どこに連れて行かれるの!?」
「ぼくなにされるの!?」
みたいな心境だったんじゃないかな。

結局、本人を案内することは叶わず……。
(思った通りの出来事)




日を跨いで、今日。
次男の日課である「コンビニでの買い物」は、ずーっと前から父とふたりで歩いてるんですけどね。
今年くらいから、たまーに父の代わりを私がやってる日があるんです。

 そんな今日は、日課+寄り道をしてきました。
 (コンビニ+スーパー)


ちなみに父のときの場合、この「寄り道」がなかなかできずにいるそう。
 毎日、まったく同じ道を歩く。だから「日課」なんでしょうけど。
 ↑父がこうなので、なかなか進歩がなかった


これは、この手のあるあるかとは思いますが。
次男にとって、「いつもと違うことをする、歩く」のは、ちょっとした冒険なのかもしれませんよね。
なにせ皆さん、変化には弱い!



私、「きょうだい」としての気持ちは中立くらいなんですよ。
「ベタベタとするのは嫌だし、そんなに過保護にもならない。でも嫌いでもないし、一定の配慮はする」

矛盾がありますね。笑


 次男の場合、ちょっと誰かと手を繋いでないと進んでくれないので…。そこは仕方なく。
だからといってこちらが引っ張るのでなく、あくまでも本人の足で歩かせたい。でも階段や段差等は声かけして、様子を見る。
そんな感じです。


そんな彼が、いつもと違う場所にまで歩いて、その建物の中では手を離した。
 なんだ、出来るじゃん!

人が変われば、また何かが変わるということなのだろうか…?
そんなことがあったりしたので。
もし、施設の見学をすることになる話がまとまってきたら。
私がついて行くことが、「ない」
とは言い切れないくらいには、風向きが父よりも私になってきている気がしてます。

 さて、どうなることやら。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
お嫌でなければまたお付き合いくださると幸いです。

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この半年の中で起きた事

2022-06-03

Category :就労継続B型(作業場)でのこと

辿りついてくださり、ありがとうございます。


私事として。
実は、私にとっての仕事場が、変わりました!

といっても、同じ建物内、同じ系列の別のフロアです。

長らく、「地域活動支援センター」に属していたのですが。
すぐ隣の、「就労継続B型」でやってみないか? と提案を受けたのですが。

ちょっとした事情で、そのさらにお隣のフロアの「就労移行」という場で2ヶ月だけ、所属することに…。

それが、昨年の11月の終わりのこと。

12月から就労継続B型、私たちは略して「B型」と呼んでいる場に変わったのです。



それとわりと同じ頃に。
前からちょこちょこと話題になっていた、次男の将来の話も、動き出しまして。
 (長男や私の将来のこともありますが、一番支援や介護が必要になるのが次男なので)

うちを支援してくださっている方に、入居施設を紹介していただき、実際に両親で訪れてみたりとして。
 ただ、コロナのこともあり、なかなか見学やらがちょっと難しい時。
 そうとんとん拍子には、決まるわけはないのですよね…😅



長男の将来も、安心はできなくて。
だって彼、数字にはめちゃめちゃ強いから、昔から電車とかバスとか、一人で新幹線にも乗ってるんですが。

 そのぶん、とでも言うのか。
文字の読み書きは、大の苦手なんですね。
 数字も、「1」は読めるけれど、人の声で「いち」というと、すんごい「??」って、なるんです。

音と字の一致ができてないのですよね、きっと。
ちなみに、我が家の住所や、電話番号も、覚えてないです。
(それでよく、新幹線乗れるのなあ)
 本人から聞き出した気持ちとしては

「なんでそんなに覚えなくちゃいけないの。別に困らないのに。…とか、思ってる?」

と聞くと。

「こくり」

と、頷かれてしまった……。こっちが困った😓


あ、また長くなったかも。
すみません💦
今後に、考えることは山積みではあるのですが。
「今」の我が家はそんな感じですね。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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最近の料理事情

2022-06-02

Category :一品料理

最近、一品料理がだいぶ適当になってきました。
(良い意味で)

前は、もうちょっと調べて調理していたんですが。
ここ最近は、ほぼ「カン」に近いものに……😅


ただ、家では「変わり種」の料理であるのは変わりないせいもあるのか、しっかりと平らげてくれるんですよね。
てなことで。
一挙大公開です!

「あつあげの梅合わせ」
16541208580.jpeg


「チンゲンサイの酢漬け煮」
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「ナスとしらたき、魚肉ソーセージの煮込み」
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「なんちゃってゴーヤチャンプル」
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「パプリカとしめじ、魚肉ソーセージの、コンソメ煮」

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「とうがんとかぼちゃの鶏がらスープ煮込み」
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「しいたけの肉詰め」
16541227760.jpeg



以上です。
(写真撮ってなかったらほぼ何作ったか忘れてそう)
最後までお付き合いくださりありがとうございます。またとうぞ、よろしくお願い致します。
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40. 終戦の、本当の終わりは

2022-05-31

Category :♦思うこと、感じたこと。

 つくづく、戦争によるひとへのダメージとは深いものがある。

 令和4年の5月末。
 世界が「戦争犯罪」という言葉に様々な反応をしているなかの、とある話。

 北海道の海の、とある位置にて。
 観光船が沈む事件が起きた。
 
  その「とある位置」には、過去の戦争にて命を落としたたくさんの魂が眠っている。
 その当時は、戦争目下ということもあり骨を拾ってくれるなんてこともなく。
 家族には、紙一枚の知らせで、それは「終わった」ことにされてしまう。
 しかし、家族にとっては到底「終わった話」になることはなく。
 そこに続くのは、紙一枚への悲しみと怒り。

 そして、現在。
 家族は思い出す。
 なんの関係もない、同じ場所で起こった事件を聞くことで。
 海に沈みし、戦争の犠牲となった魂を。

 ──そう。消えるなんてことはないのだ。

 戦争により傷を負った心は、ほんの少しのことでも簡単に、無関係に思えることとも繋ぎ合わせることができ、思い出す。
 当時のことを鮮明に思い出し、怒りや悲しみは
「憎悪」という、より強い感情になるひとも多くいる。
 その憎悪は、きっと「忘れる」ことは求めていない。どんなに暗い、重い感情なれど。
 時の波の中でもひとは想い、伝えていく。
 
 ──忘れるな。戦地に赴き、殺し殺され、最後には無残に散りし我らの魂を。
 こんな想いを繰り返すことを、決して許すな。


 きっと、海の底からそう訴えていることだろう。
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39. 障害年金の申請の際の「病歴・就労状況申立書」について

2022-05-31

Category :自分のこと

 障害年金とは、国民年金法、厚生年金保険法等に基づき、疾病又は負傷によって、所定の障害の状態になった者に対して支給される公的年金の総称となります。
 基礎年金で1〜2級
 厚生年金では、1〜3級。
 これは、障害者手帳とはまた別の制度ではありますが、こちらのほうが審査は厳しいものになります。

 私本人は、精神障害者手帳では3級です。

 そのため、障害年金の申請をしても、獲れるのかは多少「賭け」にも近いものがありました。
 結果としては、無事にその賭けには勝ったわけですが、そこに至るには、様々な助け(主治医からの診断書など)も受けました。
 申請に必要な書類に
「病歴・就労状況申立書」
というものがあります。
 内容をザクッと説明すると、「なぜ、いつ、何があって病気になり、何に困っているのか。(なぜ就労できない状態になったのか)」等を書くことです。
 これは、手書きでもパソコンに書式をダウンロードしてでもできますが、私はパソコンで打ち込みました。

 ※今回の話は、私が実際に経験したことでありますが、あくまでも参考程度に読んでいただきたいです。

特に気をつけて書いたことは、

1,自分の「感情」ばかりを書かない
2,客観的に、且つ短く要点を正確に
3,主治医が書いた診断書の内容とある程度合致させる

それぞれ、説明させていただきます。


【自分の「感情」ばかりを書かない】
 例えば、「いじめ」が原因であるときに、
「悪口を言われて、辛い気持ちになった」
と書くと、どうにも読み取るための部分が浅い。
「辛い」だけであれこれを理解するのは無理です。
 これは案外、「辛い気持ちになったから、どうなったのか」のほうが大切なのかと、個人として思いました。
 
【客観的に、且つ短く要点を正確に】
 自分の言動が、周りからみてどう見えていたのか。その頃に、実際にはどんな状態になっていたのかも、考えました。


【主治医が書いた診断書の内容とある程度合致させる】
別の言い方で言うなら、診断書とまったく違う内容にならないようにすること。


 私の場合、大まかには、
「暴力を受けたり、差別的発言をされ(中略)自分は醜いんだとの思考になる(中略)
「自分の存在意義とはなんだろう」と、不安感が芽生えていく。
それに伴い、思考力の低下や、成績も下がり、ぼーっとすることも多くなった」
 といった感じで、初めのところはそう書きました。

 そして通った審査では、2級16号。


 以上のことは、障害年金の申請の際の
「病歴・就労状況申立書」を提出するにあたり、私が個人的に調べ、模索し、何度も作り直しをした末の結末となります。
 誰かの、なにかの助けになれば幸いと思い、書いてみました。
 ここまで拝読いただき、誠にありがとうございます。




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障害年金の申請

2022-05-29

Category :自分のこと

とてもとても、お久しぶりです。
少し前に、27歳の誕生日をむかえました。

今年は、初っ端からいろいろな手続き(の準備)をしました。

「障害年金」

元々精神障害者手帳は3級を持っているのてすが、今回は障害年金の申請をしました。

本当は昨年の終わりに、診断書はいただいたのですが、なんだかんだと提出は遅れに遅れ、3月に……。
 その際には、
数人から
「え、まだ申請してないの!?」
と、驚かれるのも当たり前ですよね😓

 一番苦労したのは、やっぱり
「病歴・就労状況申立書」という、これまでに何があり、何に困っていて、どうして就労できないのか等を申立てするための書類です。

私の場合は、書式をパソコンにダウンロードして、最終的にはパソコンで作成しました。


そして、審査は

2級16号


通りました! 良かった。


おかげさまで、なんとかなりました。
これからは、少し書き方を短めにしてみようかと思いますが、まずは、こんな報告で。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
できればまた、お付き合いいただけるとありがたいです。


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12. 悠也の脱走劇

2021-09-15

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 小さな頃。兄妹の中でも特に悠也は。
 何をするにしても、どこへ行くにしても。ちょっと目を離すとすぐに。
 ――いなくなる。
 
 スーパーでいなくなる時、大抵の場合どこに行くのか、ある時真陽は気づいた。
 要は、悠也の興味のあるものの場所だ。

 店内でいなくなると、まず真陽は、出入口へ向かう。ほとんどの場合は、自動ドアで遊んでいることが多い。
 しかし、そこにもいないとなると。次は、おもちゃやお菓子のあるコーナーだ。
 けれど、そこにもいない。となると、もう最終的に。
 ――店の外へ、行ったかもしれない。
 しかも、はいはいやらつかまり立ちくらいで、道路を横断することもあったくらいだ。


 その日も。
「……あれ、悠也は?」
「え、またいなくなった?」
 とあるスーパーに、家族で買い物に出かけた日。またもや悠也が、いなくなった。
 という時には。
「じゃあ、探してくるね!」
 タッタッタッ、と真陽は現在地のすぐそばの、 お菓子コーナーへと向かう。
 ひょこっと、コーナーを覗いてもいない。
「……また、自動ドアかな」
 と、自動ドアのある出入口へ向かっても。
「ゆうー? どこ〜?」
 なかなか見つからず、店内もひと回り。それでも見つからない。
 もしかして、と。
「ねえ、どこにもいないよ?」
 七瀬たちと合流して、うーんと、考える。
 こういう時、父の雅司は、あまり役に立たない。というか、呑気なのだ。
「そこら辺にいるだろう」
 しかし、なんとなく嫌な予感がする。
 「……ちょっと、外見てこようか」
 真陽の提案に、七瀬は頷く。ちなみに、旭はこういう時には「我関せず」を貫く。

 外へ二人で出る。
 見つからない。
 ……――いや、いた!
「あ! あれってゆうだよね!?」
「ん? え、うそ!?」
 なんと、この時も。道路をまたいだ先の道にいた。
 信号も無いところなのに。車も多い中、どうしてそこにいるのかはわからないが。
 とにかく、見つけたことに安堵する二人だった。

 ――拝啓、悠也へ。
 一体どうしたら、そんなところまで行っちゃうのかな。
 ゆうも、あさもケロッとしてるし、父さんは能天気だし……。
 ちゃんと見ているつもりだったんだけどな。たぶん、ナゾはナゾのまま、なんだろうね。あなたの考えることは。




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11. 真陽の最凶の出会い、弐

2021-09-15

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 真陽が思うに。
 梨子は、大人に甘やかされて育ったのだろうなと、思える子だった。
「おばあちゃんがね、何か欲しいものはないかって、うるさいの。ふふっ」
 そして、かなり攻撃的だ。
 小学校の、いつもの遠回りな帰り道。
 雨上がり、傘を振り回して何をしたいのかと、思っていたら。なぜか真陽から傘を奪い取って。

 ――投げた。道路へ。
 
 しかもそれは、保護者パトロールで、母の七瀬が一緒の時ですらしたのだから、驚きを通り越して、呆れる。それと、遠回りの道へと強引に連れて行かれるのもいつもと変わらない。
 もう一つ。
 雨上がりの日は、傘は「剣」になるらしく、梨子は剣を振り回す。そして、真陽へとぶつけてくるものだから、仕方なく真陽も「剣」で防御するしかなかった。
 その光景は、七瀬にはなかなか衝撃的だった。
 その様子を、梨子の母にそれとなく電話で伝える。
 しかし。
「あら、そうなの? でもきっと、他意はないわよ。子供の遊びでしょ」
 そんな風に、返された。

 つくづく、井浦梨子という人物が、どれだけ甘やかされて育ったのかが裏づけされる。
 けれど当時、真陽には「自覚なきいじめ」という発想がなかった。


 今でこそ、真陽は洋服や持ち物に、ピンクや赤など、女性らしい色を好んで持つようになったが。
 当時よく、こうも言われた。
「まひるには、明るい色は似合わないよ。ピンクもオレンジも、もっと元気さがないと! わたしみたいに!」
 ピンク色の傘を手にしながら、梨子はそう言った。
 運動嫌いがなにを言うか、と。思わなくもなかったが、歯向かうと後が痛い。だから、はいはいと大人しく頷いて、従っていた。

 学校の帰り道は、今思うと散々なものだったと思う。
 自分の、本当の通学路なのに、そこを通らせてもらえなかったのだから。かなりの遠回りだった。

 真陽にとっての、何よりもの救いは、高校での出逢いだったろう。
 その話は、また今度。

 ――拝啓、…………。
 やっばりいいや。もう疲れた。
 さっさと寝よう。



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10. 真陽の最凶の出会い、壱

2021-09-15

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 一緒にいるうちに、その井浦梨子という少女は、だんだんと持ち前のワガママさを発揮しだした。

 例えば、小学校の帰りの通学路。
 真陽が自分の道を帰ろうとすれば。
「わたし、この後ずっと1人になるんだけど」
 それは、お互いさまのはずなのだが。
「じゃあ、わたしが不審者に攫われてもいいの!?」
 そうまで言われては、何も返せない。しかも、二人の家が中途半端に歩けなくない距離だったのも悪い。けれど、梨子の通学路は、真陽にとってはひとふた周りほどの遠回りな道だ。
 けっきょく、梨子の押しに負けたのだった。


 その当時、梨子はこんなことを言っていた。
「わたし、いつか死ぬから」
 とは言うが、言葉ほどに切羽詰まった感じではなかった。少なくとも真陽はそう感じた。
 とはいえ。
 ちょっとしたきっかけで、その言葉を、その当時の担任に言うと。
「井浦は、死にたいって言ったんだぞ!!」
 と、いわば公開説教を成した。
 それを機に、梨子も女子の輪に入れるようになった。そこで自信がついたのか、なんなのか。

 真陽の後ろから、グルリと前に回ってきて、こんなことを言うようになった。
「わたし、この子の通訳です!」





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9. 泣くのも笑うのもやめた子

2021-09-15

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 ――今思えば。
 あの頃で既に、真陽の精神状態は何らかの「ケア」があった方が良かったのかもしれない。


 小さい頃は。ごくごく当たり前に。
 楽しければ笑うし、悲しければ泣く。
 それが、いつからか。真陽は、笑うのも泣くのも、人前ではほとんどしなくなった。
 
 どうにも、真陽はいじめっ子からすれば、格好の餌食になりやすいタチだったらしい。
 元々は泣き虫だったのだが。
 泣けば泣いたで
「泣けばいいってもんじゃないんだよ!」
 ちょっと笑っただけで
「なにニヤニヤしてんだよ、気持ちわりぃ」
 と、毎回同じ男子から睨まれる日々。
 それに加え、彼女は声が通るほうでなかった。 なのでよく、何かを言っても、あまり気付かれない。声が聞こえても結局は
「なに? 聞こえなかった」
 そんな日々だった。


 そんな真陽に、ある一つの出会いがあった。
 その少女は、真陽よりも更に広い範囲の子どもたちから、遠ざけられていた。
「あいさつをしない」
「お礼も言わない」
 といったことを聞いていた。のだが。
 その時の真陽は、ただ「知りたかった」のだ。その少女が、本当にそこまで言われるほどの人間なのかを。

 ――それが、「自覚のないいじめ」に繋がる第一歩だとは、思わずに。




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8. 真陽の障がいへの認識

2021-09-15

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 真陽が小学生になるあたりでは。
 わりと毎年、兄たちの通っていた特別支援学校の行事を、両親とともに見学に行っていた。
 運動会、文化祭はもちろんのこと。
 土曜日にやっていた授業参観も、親と一緒に見学したのだって、一度や二度じゃなかった。

 そんなわけもあって。
 七瀬と同じくらいかには、兄たちの交友関係もなんとなく、聞いている。時がたった今でも、名前を覚えているひとも何人か。
 真陽の、当時のイメージでは。
 二人の通った支援学校には、クラスの分け方は、年齢、性別や、障がいの度合いはバラバラだったかのように覚えている。
 ただ、その生徒の障がいの度合いや、元々の特性等によりなのか。生徒1人に、担当が2人以上付いていた子も少なくない。

「あさくん、ゆうちゃんの妹さん」
「音無さんのところの妹ちゃん」

 そんな感じで、比較的周りからも、真陽のことは知られていた。それが関係あるのかないのか。ふいに話かけられることもあった。
 おそらく、物心つく頃から連れられていたせいか。
 そのあたりは、真陽はあまり物怖じしない子どもだった。
 反応も、「ごくごく普通」に。
 学園内で
「こ、んにち、はぁ」
 なんて、たどたどしく声をかけられても。
「あ、こんにちは〜」
 と。いたって驚きも怯えなどもなく、挨拶していた。
 中には、大きな声で、独り言を言う子どもや、目がギョロギョロとした子どももいたような気がする。でも、それも特に「変なひと」とも「怖いな」という感情もなかった。
 それもおそらく。
 支援学校よりも前、療育医療センターでの「慣れ」ようなものもある。

 ――療育医療センター。
 そこにも、たくさんの「声」がある。
 泣き叫ぶような声が多いが、野太いうめき声も聞こえる。あとは、奇声とも言える叫び声に、「キャハハ」と笑う声も。
 そういうのをよく知っていることもあり、慣れっこだ。怖くはない。
 むしろ、成立していない会話すら逆に楽しんでいたふしもある。


 ――拝啓、神さまへ。
 どうして周りは「ふつう」で在りたがるんでしょう。
 どうして、神さまは「ふつう」と「そうでないもの」をつくったの?
 人はなんで、「違う」ことを恐れるのかな。
 本当は「みんなそれぞれ違う」のが、当たり前なのに。



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我が家のコロナワクチン事情

2021-09-13

Category :家族とのこと

今日の午後3時、私は2度目のワクチン接種をしてきました。
そんな今回は、コロナワクチンについてのお話を。

まず一番には、父から接種券がきて、近所の病院で接種してきました。
父は、症状としては。ちょっと腫れたり痛みがでるくらいで、それほど深刻に「辛い」というほどには見えなかった記憶があります。
 

長男は、ワクチン接種を拒否しました。
「打てない」のではなく「打ちたくない」ということです。
本人いわく、痛いのは嫌だ、こわい! と。
出かけるのが大好きで、それは誰にも止めることが出来ない長男。
父が、何度か声をかけても、拒否されて。
 一時は、一見なんでもないはずの、でも含みのある言葉に反応して、反抗されていました…。

 例えば、長男が外へ出かけるときに、父が
「コロナに気をつけてね~」
と言うと。玄関のドアに八つ当たりを。
そのうちおうちコワレルヨ…。
(それを本人に言うと逆効果)

 父も父で、微妙に圧のかかった言葉を投げるので、どうにも空気がピリピリしてました。

今は、職場にも「打たない」という回答をしてることもあり、それなりに落ち着きを取り戻した、と言えるでしょうか😅

次男は、どうにもできない相手です。
歯の親知らずを抜くのさえ、いつもの歯医者では、対応できとなり、専門の所で全身麻酔をして、やっとこ取れた、といった感じなので。
 (大人の男性5人かかりでも、暴れるのを完全には抑えられない)
そもそも彼、おさえられるのとか、自由を奪われることが大の苦手です。

しかし、父は諦めが悪い。どうにか接種してもらえないかと言うので、ここで母と若干のビリビリ。

かかりつけの病院にて、担当医の先生からも、
「無理です」
と言われても、まだ諦めきれていないようです。



母と私も、父と同じ病院で打ってもらいました。
 母はやはり、2度目の接種がかなり辛そうでした。
腕が上がらない、熱がでる、クラクラする。

母の2度目に、私の1度目のワクチン接種。
もう動けないな状態だったので、その週はお弁当とか、冷凍食品とかの、調理済みの品で対応。
 
さてさて。私には、どんな反応がでるのやら。
現時点では、何かとなると、ちょっとしためまい、立ちくらみと、微熱。腕は上がります💪

 副反応は、一時的なものなのでしょうが、無理をすると本当に体調を崩しかねません。


 皆様も、それぞれ色んな事情を抱えたご家庭がおありでしょうが、ワクチン接種はいまのところは「本人の意思」にとどまっています。
そう、「義務」とまでは言われてはいません。
 接種するにも拒否するにも、よくよく考えてくださいね。

では、また。



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マスクとの格闘(主に次男)

2021-09-12

Category :日々のこと

おはようございます。


もう、日常のなかでマスクは欠かせないアイテムとなっていますが。
なかには、そのマスクが苦手な方もいるとは思います。
耳の形が…とか、マスクの意味が分かってなくて…とか。どうしても苦しくて…とか。
そして、付けることが出来ても、すぐにはずしちゃう、なんて方もいるかと思いますが。
 
我が家の場合、問題となるのは次男です。
「耳からはずしちゃう」とまではいかないんですが。
ずり下ろされてしまうんです、鼻や口の下まで😅。


休みの日、スーパーへの買い物に付いて行くのが日課なのですが…。
ふと見ると、鼻又は口まで出てる…!
となると、バッと周りからの視線が……。

母や私が直しても、また出す…。
彼は、いつも口呼吸だから、マスクはなおのこと息苦しいんだとは思います。
そういうこともあり、土日の買い出しはちと困ったものです。


余談ですが。
父も、口呼吸なんですよ、たぶん。
で。
マスクがどこにも売られてない、となっていたころから、ハンカチをヒモで耳にかける「ハンカチマスク」をしていたのですが。
 今でも、ハンカチを洗濯後に返すとそれをするんですね、なぜか。
 なので。父にはハンカチを返していない、という結論に至っています😅
頑固なので、言っても聞かないんですよあの人。
ではでは、また。



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31. 言葉がないから、不仲なの?

2021-09-09

Category :♦思うこと、感じたこと。

 よく、世間の話では、こんな現象がある。
 「あの芸能人のおめでたい話に、彼はコメントを出していない」
「実は、あのグループは不仲なんじゃないか」
「あの人とあの人は、実はあんまり仲良くないのかもしれない」

 そう。
 芸能人で、コメントを出していないのは、仲が悪いからなのか。
 本当は、あの二人は、犬猿の仲なのでは?
 よく、そういう憶測が、ネットでは特に、飛び交っているものだ。
 しかし、なかには。

「肩を組んでいないから」
「目が合っている感じがないから」
 
 そんな、興味のない人間からすれば、「そんなことで?」というくらい些細なことでできる不仲説もある。
 その説を立てられるのは、バンドやら、コンビやら、グループでなど、多種多様だ。
 また、芸能人に限った話でもないだろう。学校でも、職場だのでもあるものだ。

 けれど。その説に振り回されるのは、意外と当人同士でもある。
 風の噂だとかの、影でのコソコソ話は、案外巡りに巡って、本人の耳にまでたどり着くことも多い。
 すると。
 「不仲説」のせいで、妙に意識してしまい、「ちょっと合わない」くらいの間柄だったのが、本当に不仲になることもあるかもしれない。
 ひとは、そういう話を好む生き物なのか。
 そうなった時に、誰も責任なんてとれないのに。


 ――最初の話に戻ろう。

 例えば。
 とある、A氏の結婚に。
 たくさんの人から、お祝いのコメントが「発表」されても。
 同じグループの中の、B氏からのコメントは発表されていない。ほかのメンバーからのコメントはあったのに。
 とすると。
 「A氏とB氏は仲が悪い」という説が、世に出る。
 けれど。B氏は思う。

 「ちゃんと、本人に伝えたいことを伝えたから、それでいい」

 ――そう。
 ちゃんとB氏は、A氏を祝っている。ただ、「テレビ向けの発表」を、していないだけの話だ。
 こんなようにして、「誤解」が生まれることもあると思う。
 巷の「憶測」は、外部からの評価であり、それが本当に「真実」とは限らないのだ。
 それに、私達は「感情」で生きている生き物。
 ちょっとやそっとの衝突は、つきものだろう。
 
 そして、「心」というものも、時を持って移り変わるもの。それを、人工的に制御出来るかというと、そういう計算式のものでもない。
 だからこそ。
 日々のあれこれを。もっと大切に、抱えて生きるのも、悪くはないと私は思う。
 ……まあ。抱えすぎて、疲れてしまわないようにすることも大切だと、常日頃思うけれど。




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30. 椅子を投げたひと、逃げなかったひと

2021-09-09

Category :♦思うこと、感じたこと。

 その子どもは、小学校に入ってすぐから卒業に至るまで、学年の「問題児」扱いをされていた。
 
 それで、日頃何をしていたかといえば。
 物を壊す、投げる、そして、ベランダへと出る。
 ベランダで何をするかというと。

「ここから飛び降りてやるぞ!?」

 それが、よく言うセリフだった。
 これだけだと、本当に一人の「問題児」という認識になるけれど。
 見るひとが見れば、それだけでなさそうなのが、分かるのではないか、と思う。
 

 ここからは、「みるひと」からの目線でいこう。
 少年――太郎は、単純に沸点が低い。つまりは怒りっぽい所がある。
 加えて、勉強は得意でない。だから、宿題を授業の時に、生徒たちで答え合わせしようものなら、
「おい、太郎! お前宿題穴だらけじゃねーか!」
と、宿題をやってないのか、あるいは分からなかったのか。よくブーイングが飛んでいた。

 運動も、得意でない。そして逆上がりなんて、とても回らない。
 なぜ、逆上がりをマスターする必要があったのやら。義務教育とは、よく分からないものだ。
 
「飛び降りてやるぞ!」
と言うと、数人の男子たちは
「出来るものなら、やってみろよ~」
というものだから。
 学年が上がり、教室が5階、6階へと上がるにつれ、そのやり取りにヒヤヒヤ度も上がるというもの。
 そして、その「お馴染みのやり取り」に、周りも多少思考が麻痺していた気もする。

 なんとなく、兄たちの通う特別支援学校の生徒を見ていた自分としては、「何か持ち」だろうなと、感ずいてはいた。
 しかし、特別に気にかけるという程もなければ、周りとともに「問題児」としての扱いでもなく。
 ただの、「目立ちやすい同級生」というくらいの認識だった。
 
 ただ、「周りが煽るのが一番悪い」という感情はあった。
 彼は短期で、意地っ張りなところがある。だから強気に出た手前、ちょっと引っ込みがつかないのだ。
 自分の行動を後で後悔するし、特に誰かに意地悪をしているつもりでもない。

 そして、その事件は起きた。
「いつものように」彼は怒りだした。 ――おそらくはパニックになっただろう、その子どもは、椅子を持ち上げた。
 当たり前だが、周りは「またか」と、すぐさま悲鳴とともに教室の端へと逃げる。
 そのままの勢いで、彼は椅子を投げた。
 そこに、何故か自分はいたのだ。まあ、行動が周りよりワンテンポ遅かったのだろう。あとは、危機感のなさも多少はあるか。
 そして。

 ――椅子はものの見事に、自分の眉間にぶつかってきたのだ。

 そこから、記憶は保健室までほぼ飛んだ。
 ぎりぎり覚えてる限りで。ポカンとした本人とは対照的に、教室内は悲鳴と怒声じみた声で溢れた。
 幸い、椅子の足の、クッションの部分でもあったのと、鼻筋のちょっと上、本当に眉間のあたりにぶつかっていたらしい。
 とはいえ、傷にはなっていて。 
ちょっとした大事では、あったらしい。あとちょっと横にズレていたら、失明していたかもしれない、ということだった。
 本人は、未だにそんな自覚を持ってはいないけれど。


 家に帰宅して、母になにも言われなかったから、
(ああ、そんなに目立つ傷じゃないんだな)
と、謎の一安心も束の間。
 担任から、電話がきた。
 対応した母いわく、泣きながらの謝罪だったとか。
 しかし、母はそれを、本人からはまったく聞いていないものだったから、すぐには話について行けなかった。
 事の経由と、謝罪を聞き、母が何を思ったかは、子どもには分からない。
 後に、とても驚いた、とは聞いた。
 
 その後に、少年の両親からも電話がきて、謝罪と、傷の心配をし、治療費
は払う、とまで言っていたとか。
 その後、どのくらいかで、その傷も綺麗になくなったから、問題はない。


 電話で謝り倒された後日。
「ほんとうに、すまなかった……!」
 椅子を投げた本人からの謝罪に、こちらは、なんでもないことのように、
「大丈夫だよ、気にしてないから」
 と、返していた気がする。
 それは、わりと本心だった。
 逆に、自分が逃げなかったせいで、また更に周りからの目が「問題児化」してしまったのだろうなという、こちらはこちらで少々、申し訳ない気持ちがあった。

 もう、今となってはそうめったに会うこともないが。
 彼が、明るい未来を掴んでいれば良い。ただ、そう思う。


 子どもというのは、無邪気で、でもだからこそ時に残酷だ。
 大人達は、それをわかった上で。
「そうなることには、きっと、なにか理由がある」
と、教える必要があると思う。
 もしかしたら、とてもくだらない理由かもしれない。理不尽な言い訳になるのかもしれない。「理由」とは言えないような、残酷なこともあるかもしれない。
 ――それでも。
 ひとは、最初から何もかも、考えることを簡単に放棄してはいけないことが、世の中にはある。
 
「そのひとの気持ちになって、考えてみる」

 それを、子どものうちに、もっと真剣に考えられるようになっていれば。
 ――この世界も、今よりもっと、優しくなれるような気がする。
 そんなふうに、なると良い。
 とても、そう思う。 



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考えすぎて更新が…

2021-09-08

Category :自分のこと

お久しぶりです。

あまりにも、更新したのが前だったこともあり、
「何を書けばいいのか……?」
と、なっていたのですが。


先日、クリニックのカウンセリングにて、こんな話をされました。

「月凪さんの場合、なにか1つのことでも、すごく深く考えるんでしょうね」
 に続いて
「大抵のひとは、そこまで考えてないですよ」

私にとっては、ちょっとした衝撃でした。
それを、作業所のスタッフさんに話すと。
「あ~、そっかぁ……」
なぜだか、納得されてしまい。

それを、母にも話したところ、
「そうなんだろうね」
と、母にも納得されてしまいました。

……いえ。べつに、自分は単純な人間だと言いたいわけでもないんですけど。苦笑

こんな近況報告で、すみません。
ではまた。今度は(たぶん)近いうちに……!



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29. どうしても、マスクを着けられないひともいること

2021-05-03

Category :♦思うこと、感じたこと。

 ――2021年。
 新型コロナウイルスの感染拡大により、より手洗いや消毒やら、気をつけることの多くなっている今日この頃。
 もはや、日常で欠かせなくなっている物の一つに「マスク」がある。
 人々の中には、それをしていないと、注意する人もいるだろう。
 どうやら、そういう相手は「マスク警察」と呼ばれるらしい。
 注意の対象となるのが、「ちゃんと」マスクをしていない人だ。
 マスクをしていない人はもちろん。 マスクが顎まで下がっている人や、鼻がでている人も、対象となる。
 更には、「布マスク」では、対策が弱いと言う人もいるとか。


 しかし人間、様々な特性を持つ人がいるもので。
 例えば、「感覚過敏」のひととか。
 感覚過敏とは、触覚などの五感が、敏感に反応してしまうことを指す。
 たぶん、想像だけれど。
 花粉症のひと相手に「くしゃみをするな」などと要求するのと、対して差はないと思う。どうしても辛い。もはや不可抗力だ。

 そしてその感覚過敏は、発達障がい者に多いとされている。
 感覚過敏とは違う発達障がい者のなかにも、マスクをつけるのが困難な人は多い。
 むしろ、マスクを難なく着けられるひとの方が少ないかもしれない。

 単純に、「着ける意味が理解できない」ということからのひともいるし。
 呼吸器を必要とすることのあるひとは、マスクをすると、ほかのひとよりもっと、息苦しさがあるのだと思う。
 あと、耳が変形、または極端に小さいなど、物理的にマスクを着けるのが難しい、または痛くなる、という人もいる。
 
 発達障がい、感覚過敏、皮膚の病気、呼吸器の病気など、さまざまな原因で、「着けたくない」のではなく、「着けられない」のだ。

 そういうひとがいることを知って、理解してほしい。


 それと。
 そういう相手に、寄り添おうとしてくれる人々も、実は、ちゃんといる。
 とある区や、市など、全国の中の、どこかだったり、個人でも、あるものを作った人々がいる。
 それが。
「マスクをつけられません」
 というバッチや、カードだ。
 たぶん、「ヘルプマーク」について理解しているひとは、想像しやすい。
 
 「誰かが、理解してくれている」
というのが、いつの日か
 「みんなが、分かってくれている」
に、変化してくれるようにと、私は願うばかりだ。
 それは。
 
「差別のない世の中になること」

 そう、在りたいと思う。
 そんな、志しで溢れるような、世界だといい。







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28. 「頑張って」と「無理しないで」

2021-05-03

Category :♦思うこと、感じたこと。

 ひとは時に
「頑張って」
と、言って良い瞬間と、悪い瞬間がある人がいる。
 例えば。
 もう頑張り切っていて、疲れているひと。
 身体が動いている。呼吸ができている。それが奇跡のようなことで、精一杯に頑張っているひと。

 私は、よく考えてしまう。
頑張って、と言いたい場面だけど、そう言っても大丈夫なのだろうか、と。
 このひとは、それを言っても良いひとなのか、と。

 そして、同時に。
「無理しないでくださいね」
 よく、使う言葉ではあるけれど。
 それを言われた相手としては、その言葉もよく言われているのかもしれない、と。
 聞き飽きた言葉だ、と。
 そして。
 そう言われて、素直に「頑張らない」で「無理をせず」にいるひとは、どれくらいいるのだろう、と。


――現在、2021年、3月11日。
 今から10年前のこと。
 地震から始まり。
 津波、地割れや液状化に、原子力発電所の事故など、日本にとって忘れられない災害があった。
 それらを合わせて、「東日本大震災」と、後から呼ばれることになった出来事。
 「3.11」としても知られている、その瞬間。
 きっと、その当時にはたくさんの
「頑張って」と
「無理しないで」
 が、あちこちで使われたと思う。

 きっと、それと同じくらい。いや、それ以上にか。
 不安や絶望に押し潰されるひとも多くいただろう。
 大切なひとと連絡のつかないこと、探しにも行けないことへの歯痒さ。
 なかには、目の前でひとが津波に流される瞬間を見て、悲しみと恐怖に涙するひとも、少なくないような。そんな状況だったのだと思う。
 そうして、心がボロボロのズタズタに傷ついたひとに、どんな言葉をかけられるのだろう。

 その言葉探しに、正解も見つからなければ、きっとそれを不正解なのだとも、言いきれない。

 「頑張って」も「無理しないで」も、人によっては糧になるし、逆に負担になってしまう場合もあるだろう。

 それらの「言葉」を手探りしながら、人々は助け合い、生きていくしかない。
 きっとそれも、亡くなったひとに、天国で安心してもらうための方法の一つだと、私は想う。

 ――貴方の発したその言葉は、刃物という凶器ですか? 毛布という名の労りですか?
 どうか、世界に少しでも、相手をそっと包み込むような。そんな風に優しくなれる人が、多く在りますように。





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27. 寄り添うということ

2021-05-03

Category :♦思うこと、感じたこと。

 どうすれば、いいのだろう。
 どうしたら、そのひとの痛みに、寄り添うことができるのだろう。


 ひとのなかには、その「心に寄り添う」ことが、いとも容易く出来る人もいれば、逆に困難を極める人もいる。
 そのつもりはないのに、いつの間にか結果として「寄り添って」いたというひともいるし、頑張って、一生懸命近づいているつもりでも、実際はなかなか上手くいかない、なんてひともいるだろう。

 ふと、私は思う。
 「頑張って寄り添おう」と言ううちは、まだ無理だ。そこは、力むところではない気がする。
 ただまずは、「聞く」だけでもいいんだ。
 そして、それを想像して、自分の事のように感じてみる。
 そうして。
「大変だったんだね」
「頑張ったね」
「無理しなくていいんだよ」
 そんな、簡単な言葉でも、いいんだ。あとは、感情が表情に追いついてくる。


 そう言うと、「それが難しいんだ」と、声が聞こえそうだけれど。
 だから、日頃から「想像力」を高めるのも、1つの大事な手だ。
 まるでそれが、自分の身に起こった事のように喜んで、怒って、悲しんで、笑う。それを日頃から、ちょっとだけオーバー気味に感じるのも良い。
 その「喜怒哀楽」を見せるだけでも、時には容易く、ひとの心を揺り動かすこともあるのだから。
 そういうのは、意外と伝染する事も多いものだ。
 たぶん、この話に関しては、頭で考えるだけじゃ上手くいかないと思う。

「寄り添う」

 難しいようで、思うよりは単純。
 身近な言葉のくせに、一筋縄ではいかないこともある。
 どろどろとした、ひとの嫉妬。
 きらきらとした、子どもの眼。
 ぽろぽろと落ちる、誰かの涙。
 たくさんの音で奏でる、笑い声。
 それは、人間が「感情」を司る生き物である所以だろう。





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26. 想像と偏見

2021-05-03

Category :♦思うこと、感じたこと。


 作者が子どもの頃、兄たちの障がいについてを、それほど、ものすごく極秘にはしていなかった。その相手によって、話の深さを、本人なりには考えていたと思う。
 兄がいる、までの相手。
 その年齢までを言う相手。
 ちょっと変わった兄がいる、と伝える相手。
 訳ありの兄がいる、と伝える相手。

 小中学生くらいまでだと、「障がい持ちの兄がいる」と改めて伝える相手までは、なかなかいない。
 そもそも、障害とはなにか、を知らない相手も多い。また、下手に知って、その人によって偏見もある。

 ただ作者は、「障がいがある」のをさほど「悪」とも「恥」とも考えていない。かといって「特別な子」というほどに持ち上げてもいなかった。
 子どもながらに、いや。子どもだからか。


 その「障がい」について。
 作者はそれがすぐそばにあったから、スラスラと思い浮かべられる。
 でも、その周りは?
 「知らない」ひとなら。どんなに大人でも、間違った見方を持つ人もいる。それを偏見とも呼ぶだろう。
 例えば。
 言葉を話せない人はみんな、まず手話を覚えるもんだ、とか。
 手が使えない人はみんな、自力では何一つ出来ない、とか。
 我が家の、言葉が出ない兄は、途中で手話を覚えるのをやめた。それでも得意ではないが、人とのコミュニケーションは好きな方だ。
 みんなではないが、手の代わりに足を使って食事をしたり、中には家事をこなす人もいる。
 

 そういう、想像の考えが「偏見」なのだと思わせるには、どうすれば良いのか。
 たぶん、一番分かりやすく伝えることが出来るのは「メディアの力」だと思う。
 ただなぜか。
「喜怒哀楽」の中で言えば、「喜」と「楽」しか映さない、だとか。「一部分」や、頑張っても「側面」までが多い。あとは「ご想像にお任せします」だ。
 それが、どれもが悪いとは言わないが。限界があろうことも事実。

 誰かと一緒のご飯をあまり好まず、基本は一人が好き。でも、ご飯の後、話したいことがある時は、沢山話したい、という人もいるし。
 ひとが大好きで、自分の話を聞いてほしい。でも、相手の話には、あまり興味がなく、しつこくされるのは嫌いだ、という人もいる。
 「自分勝手」だと言われればそれまでだけど、本当にいるから、こればっかりは仕方ない。
 時によって楽しくもなれば、疲労もする。


 要は、どんな人間でもしっかりとした「性格」があり、そこに障がいやら病気やらの特性がくっついてきて。
そういうのも全部含めて「その人」が出来上がるものだ。
 さて。
 貴方の「想像」には、いくつの「本当」があって、いくつの「偏見」があるだろうか。






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7. 運動会の珍百景

2021-01-19

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 それは、旭と悠也の通っている特別支援学校での、運動会にて。


 運動会というのは。子どもたちの特性が出やすいイベントだ。
 真陽がまだ小学生以下時。旭、悠也は小学2、3年生としよう。そして、走る項目があったとしよう。
 そういう時には、二人は互いが真逆の行動をする。
 旭は、普段通りなら比較的速く走れる。だが、家族の、特に母親を見つけると、途端に走る速度が下がる。いっそ徒競走のごとくだ。

 反対に、悠也はというと。
 甘えん坊な悠也は、家族の、こちらも特に母親を見つけると。
 ――走りだす、しかも七瀬に向かって一直線に。
 そんなものだから、その時になると、家族はどこか、または誰かの後ろにでも、隠れなくてはならなくなるのだ。


 ちなみに、真陽はというと。
 彼女は、そういう時に限って、よく転んでいる。大抵は慣れっこのため、すぐに起き上がって再び走りだす。
 その後に、友人に説得されて、渋々と保健室へと。


 ――拝啓、自分の足と兄たちへ。
 なぜ、ああいう時に私は転ぶかな。
 で。なんで二人は、あそこまで真逆の行動をするの。
 見ている方からすると、面白いのかもしれないけど、母さんは特に、大変だな。




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6. 「やってみようよ」

2021-01-18

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 真陽は、小さい頃からなんでも自分でやろうとする子どもだった。
 それは何故か。
 本人としては、
「人の手を煩わせたくない」
という気持ちが強い。
 幼稚園でも。年中か年長生でもう、母からひもゴムをぶんどって、自分でツインテールにしていた。
 後に聞いた話で。
 赤子の頃から、はいはいやら、つかみ立ちなどの行動の成長が早かったとか。
 まあ、旭と悠也と比べれば、当然とも言えるが。

 直接的な理由として。
 母、七瀬の苦悩を近くで見ていたのが大きい。毎日のように、小言を言われる日々。
 七瀬が悪いわけではないけれど、「責任」として。旭のこと、悠也のこと。

 特に、本当に小さい頃に、目に見えて手のかかる子だったのは、悠也だった。
 いったい、いくつになれば朝、布団が濡れている事が無くなるのか。
 もう、毎日が七瀬にとっては戦争だ。
 だから。
 真陽は一歩、また一歩と、母から離れた。そうしながら。
 悠也相手には、様々なことをやらせてみた。
 窓拭きや、洗濯物のたたみ方に、自分で服を脱ぎ着することも。
 真陽がひらがなを覚えれば、それを悠也にも教えてみたり。
 いつもそれは、
「一緒にやろうよ!」
から始まっていた。
 
 真陽は、悠也が、その気になる「テンション」をなんとなく掴んでいる。
(自覚はまだなかったが)
 だから、大人たちがどれだけ誘っても動かないことでも、真陽の呼びかけになら、簡単に乗っかることも多かった。
 そこには、彼女なりの「闘志」が込められている。

 大人たちは、悠也に対してのことを
「どうせそんなの出来ない」
 そう思っているのが、透けて視えるのだ。
 それが。
 その「諦められた」眼差しが、真陽はとてつもなく、嫌だった。
 だから。
 そんなことないんだ。
 やれば。やってみれば、もしかしたら。
 ヘタかもしれない。合格点には程遠いかもしれないけど。それでも。
 「何にもできない」なんてことはないんだよ。

 それを、その身で表現したかった。
 まだ、その当時は「障がい」がどんなものかも、よく分かっていない。
 でも。あきらめて、全部任せることが。
 本当に、悠也のためなのか。


 もしかしたら。
 その「正解」はないのかもしれない、とさえ思う。
 
 本当に「正解」は一つだけなのだろうか。
 
 いや、そうとも言いきれないはずだ。
 ……まあ、その頃の真陽がそんな深いところまで考えを巡らせていたかといえば、それほどでもないけれど。


 ――拝啓、身近な大人のひとたちへ。
 あさも、ゆうも。
 大人たちが「出来ない」って言うから、ほんとに出来なくされているんじゃないの?
 「やってみること」は。
 確かに教えるのはちょっと疲れる。でも、何でもかんでもこっちがやるのが、二人のため、なのかな。
 私は、そうじゃないと思う。
 ……本当に、「何が良いか」なんて、私も知らない。
 でも、本人がやる気になるなら。それは価値になる。
 やってみても、悪くはないと思うんだ。



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5. 破壊魔の襲来

2021-01-18

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 長男、旭は。ある頃からどのくらいか、よく物を壊していた。

 一番初めは、なんだったろうか。
 そう、確かベランダからおもちゃや絵本を落とすことから始まり。
 (悠也はそれを見て、ケタケタと笑っていた)
 家の中のガラス戸のガラスを、一枚、また一枚と割っていく。
 一番困ったろうと思うのは、テレビだった。
 壊されて、新しく買って。それをまた壊されて。
 そんな事もあって。家に一台もテレビがなかったという時もあった。
 大切なものも、たくさん壊していった。
 おそらく、その最たるは。七瀬と雅司の結婚式のテープだと思う。
 ビリビリの粉々にされたらしく。それはもう、何があっても取り戻すことは出来ないであろうものたち。
 もちろん、真陽は一度も見た事も聞いた事もない。今はもう生きていない人達の肉声や、歌声は聴きたかったと思っても、それは叶わないだろう。


 そんな旭に対して、真陽は「恐怖」を感じていた。その頃はとてもじゃないが、彼を「お兄ちゃん」なんて呼ぶ勇気はなかった。
 むしろ、どう呼ぶのが正しいのかがわからなかったくらいだ。
 その頃の真陽からすれば、旭は「こわい人」というのが、一番気持ちに正直な形だった。
 
 まさか、「今」のように、ごく普通に彼を「あさ」と呼ぶ日がくるとは。
 そして話を聞いたり、時に厳しい言葉を放つような日も、その頃は想像出来なかった。

 ――拝啓、兄へ。
 どうして、そんなに物を壊して、暴れて、意地悪もして。
 あなたは、どうしたいの?
 まだ、今は怖いとしか思えないけれど。
 ――いつか。
 それが解る日がくるのかな。
 その時、私たちはどんな風に話しているんだろう。
 まだまだ、今は出来そうにはないけど。
 いつか、本当にいつか。
 「今」のことを、「そんなこともあったね」なんて、笑えるような日が、……いやいや。笑い事でもないけど。
 もうちょっとでも、打ち解けるといいかな。




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3. 涙の誓い

2021-01-18

Category :♦アリアへ捧げる終わりの唄

 子どもは、その瞳いっぱいに涙をためて、縋っていた。その目に映るのは、力のない笑みを浮かべる女性。
「……っ。お母さま、死なないで……! 私だけ、置いていかないでっ……!」
 城下町育ちで、王の妃となった彼女は、敵が多い。毒を盛られることなど、よくあること。
 けれどその日は、毒に高度な魔法がかかっていたためか、誰もそれに気づくことはなかった。
 女性の夫ーーこの国の王が、敵と相討ちとなり、亡くなってから、その日で一年の月日が流れた。
 その一年の間に、王妃とその子どもの敵は、格段に増えた。誰が味方なのかもわからなくなってくるほどに。
「……ごめん……さい、ルナ。最近、泣か…‥て、ばかり、で……」
 たどたどしい声は、今にも途切れてしまいそうで。
「いや、いや、お母さま……! 置いていかないで。一人に、しないでっ……」
「いや……ね、一人じゃな……いでしょう? ……ダン、が帰ってきたら、あなたたちは……負け無し、じゃないの?」
 かつて、弟が言っていた言葉。
 弟は、「外の世界が見たい」と、国から離れた身だ。どこにいるのか、そもそも生きているのかも、確かではない。
「だって、そんなの……。帰ってくるか、わからないのに」
 そう言うと、彼女はどこか楽しげに、笑みを浮かべた。
「大丈夫……よ。あい…つが、ちゃんと見守って、るわ。あなただって、知ってる……でしょ? あの子が図太い、のは……」
「……あいつ?」
「………………」 
その問いに、彼女が答えることなく、――唐突に、別れが訪れたのだった。
 最後は苦しかったはずなのに、彼女はほのかに、笑みを浮かべていた。
 その時、ルナはあることを胸に誓った。
 ――強い風が吹いていた、秋の終わりのできごとだった。





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2. 神話の王国

2021-01-17

Category :♦アリアへ捧げる終わりの唄

 神話の終わりの、別れた四つの大陸は、七千年の時のうちに、大陸ごとに、それぞれ発展を遂げた。
 そのうちの一つは、北の果てに。
 東西南北の、北の地は、極寒の地なり。なれば、人間が生きられる地は、限られる。
 限られた土地で、二つの国が発展を遂げた。
 今回の物語の舞台は、北の果ての果てにありし、レファリス王国。
 主は、夜空の姫君と、闇色の風使い。そして、彼女らを守護する者らの――終わりと、再生の物話。



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1, 楽園の崩壊

2021-01-17

Category :♦アリアへ捧げる終わりの唄

 その昔、この世界は、たった一つの大きな大陸だった。
 名を、プロエレスフィ。ギリシア語――この世界の、古代語と呼ばれる言葉で「原書」を意味する。
 四つの国々が、それぞれ協力し合い、まるで楽園のような世界を築いていた。
 けれど、楽園の崩壊までの時間は、それほどかからなかった。
 平和な世界は、人々の心の「闇」を呼び覚まし、その闇はやがて形をとり、いつしか自分らの世界をつくろうと、様々な種族や、精霊と対立するようになった。
 種はすぐに育ち、争いを招いた。
 その争いのうちに、今まで協力しあっていたはずの人間と精霊との、その関係に変化が訪れた。
 古代の人間には、精霊と心を通わせる能力が、誰にでも、生まれつきに備わっていた。
 彼らは、一人の精霊と契約をし、精霊の持つ力を借りる代わりに、契約した精霊の命を守るという義務を持つ。そして、精霊の力を借り、彼らとともに働く者らを「能力使い」と、人々は呼んでいた。
 それが今では、強い力を持つ精霊ほど人を毛嫌いし、力の弱い精霊は、人に使役されることでしか長く生きられない。
 そして人々は、精霊と戯れることを忘れ、その瞳に映すこともできない者が増えていった。
 そして、精霊を使役する者らは「魔法使い」と、そう呼ばれるようになった。
 神聖動物と呼ばれる、光を纏いし動物や、エルフにドワーフなどの種族は、どこか人間を見下すようになった。
 ――楽園は、混沌の世と化した。


 神々に、決断の時が迫る。
 この世界には、大きく分けて三体の神がいる。
 大地と海を司りしは、――終焉の王竜。
 空と天候を司りしは、――黎明の神鳥。
 精霊の森を守護し、精霊達の長を務めるは、――幻妖の精霊王。
 迫る決断は、終焉か、はたまた黎明か。

 ――そして世界は、四つに別れた。



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埋もれかけた物語

2021-01-17

Category :♦アリアへ捧げる終わりの唄

あらすじ

――全ての紐解きは、ここから始まるのだ。
「原書」の名のもとに繰り広げられてきた、神話の物語の。
 これは、世界が四つに別れた後の、七千年経った頃。それぞれの大陸ごとが、繋がる前の、物語。

 はじめの国は、レファリス王国にて。
 この地に潜む「アリア」たちの。
 ――そこに迫るは、終焉と、黎明か――。
 さあ、試されし風使いよ。
 今こそ、夜空の少女の手を引く時が来たれり。
 決断の時まで、彼の者を導かん――。


まだ10代の頃に創った話なので、生かされてない、謎の設定とかもありますが、ご容赦を。




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25. 「知らない」で済まされては困ること

2021-01-17

Category :♦思うこと、感じたこと。

つくづく、人間というのは視野が狭い生きものだと思う。私もそうだ。
 自分にとって未知の領域に対して、単純に疑問に思う者もいれば、怖気付く者、無関心を貫く者もいる。いや、大抵は興味なんて持たないのか。
 「解らない」からと、「見たことがない」と、反発する者もいるのだろう。

 身体も心も、たったひとつだけなのだ。
 そんなに簡単に、この世の中にある「全て」をその身で感じることは難しいとも思う。
 テレビや新聞、雑誌等の中の項目で。
 「政治、経済、国際、学問、福祉、心理、生命、芸能、音楽」とかの項目があったとして。
 音楽家が、例えば「ウミガメがどうして、誰のせいで絶滅危惧種に指定されているのか」を、魂込めて熱ーく語る番組だとか。少なくとも私は見たことはない。
 ――そう。
 人というのは、得意不得意があるのと同じ様に。
 熱の入るものと、それほどでないもの、いっそまったく、興味のないもの。
 そういうものがあるのは、当然っちゃ当然なのだろう。
 
 でも。その物事の「当事者」にとっては、「知らないで済まされては困る事」もある。
 例えば。怪我をした人への正しい応急処置が、どれほどありがたいのか。
 「自分は他人だから」と、救急車すら呼ばずに素通りされるのが、どれほど恨めしく感じられるのか。



 100歩譲って、誰よりも積極的になれ。とまでは言わない。
 でも、誰一人とも声をかけなかったから。誰も何も行動を起こさなかったから。
 それで怪我人の容体が急変して、呼吸が止まって。最悪の場合に、死に至る。
 それは、一体誰が、何がいけなかったのか。

 時には、勇気をだしてほしい。自分ひとりが怖ければ、知らない人相手でも巻き込めばいい。それか、いっそ交通機関を頼るのもいいだろう。

 「日本人は、優しい」
 それは、あくまでも「比べると」だと思う。
 世の中、日本人だって優しいひとばかりじゃない。
 いざ、その窮地に自分がなると、「なんて、人は冷たいんだ」と思うかもしれない。
 もちろん、「ああ、こんなにも優しいひとがいるものなのか」という体験もあるかもしれない。

 「ひとから感謝されたいから」
 「自分に救える何かがあるなら」

 偽善だと、言われるかもしれない。
 でも、私はそれが「悪いこと」だとは思わない。
 「夢」というのは、時に誰かを見て、その人のようになりたい、という気持ちから出てくることも多いはずだ。
 世の中にある「表と裏」の、どちらにも好かれたい、なんて。とても難しいことなんだと思う。

 大切なのは、自分の想いだ。それに問いかけて、行動を起こすこと。
 誰に何を言われようと、それは出来るだけ、無くさないようにしたい。




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24. その手をとること

2021-01-16

Category :♦思うこと、感じたこと。

「戦争なんてない方がいい」
「自分たちの平和のためには、戦争も仕方ない」

 とても残念なことに、世界には自国の平和のために、あるいは立場を優位にするために、戦争をしている国は、いくつもある。

 もっと残念なことに、戦争に勝つことで平穏を得た、と言うひともいる。事実、そういう国もある。
 「どんな」国とも、仲良く手を繋いで、共に歩く。
 それは、とても難しいのだろう。
 でもだからといって。
 意見が違うことで、武器を持って、血を流す。
 極端だ。
 手を取れないなら、いっそ下手に関わることもないような気がする。

「あいつとはそりが合いそうもない。少し距離感を考えよう」
 人間関係には、そういうこともあるものだ。

 よく、ひとは「勝ち負け」を気にするけれど。
 戦争で、自国の勝利のためだけに、大切なひとの声に耳を傾けることもしないのか。
 大切なひとのために、勝ち負けにこだわるのをやめるのか。
 民の犠牲の上の勝利に、さほどの拍手はあるのか。どころか、恨まれるのを覚悟しなければいけない。
 犠牲のない負けに、憤る者もなかにはいることだろう。でも、だいたいの一般人にとって、大切なひとの命より、優先するものはなんだろう。

 もちろん、国同士の「勝ち負け」は、そんな単純な話ではないのも、さすがに分かる。
 でも、そこで「戦うのは仕方ない」と諦めては、なんの道も開けない。
 
 どれだけ有能な人間でも、後についてくる者や、味方になる者が一人でもいなければ、意味はあるだろうか。
 能が無いと言われても、背中を預ける相手や、支える者がいれば、志しは高くいられる気がする。

 それは、歴史を動かしていた偉人たちが証明してくれているのではないかと思う。

 ――8月14日。
 夢をみた。銃で2発、撃たれる夢。
 凄く、印象に残っていたのは。
 「熱い」
 「痛み」よりも熱量を感じた。
 ひたすら、怖かった。
 どこまで本当の感覚なのかは分からないけれど。
 実際には、そんな経験はしていない。しなくて良い。したいとも思わない。
そんな世の中にする為に、しなくてはいけないことがあるのだろう。

 でもきっと、それは独りで出来ることではないから。たくさんの人と人とが、助け合い支え合い、初めてできることなんだ。
 「ひとは、独りでは生きていけない」
 それは、色んな意味で本当のことなんだろう。
 綺麗事だと言われても、それの何が悪い?
 ひとは理想や夢を持つから、頑張れることもある。
 ひとは、なんだかんだ言っても、綺麗が好きな生き物なんだと思う。
 ただ、「綺麗」の定義はそれぞれ違うのが、当たり前なのも忘れてはならない。



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23. ことばの綾

2021-01-16

Category :♦思うこと、感じたこと。

 ひとの言語は、本当に難しいと思う。たった1文字違うだけでも、まったく違う意味になることも多い。更には、同じ言葉でも、違う意味になることもある。

「障がいを持つひとがいなくなればいい」

 そう言うと、大抵の人間は「障がい者を否定する言葉」だと感じるかと思う。
 でも、これには語弊がある。

 例えば、夫婦の間に新たな家族が宿るときに
「元気に、健康に産まれてきてほしいね」
 それと、意味合いは一緒だ。


 障がい児として生まれることで、一般的な「ふつう」ではない経験を積むのは、本人も、その周りもだろう。良くもなるかもしれないし、悪い時もあるかもしれない。

 どんなひとも、どんな生き物も、健康に越したことはない。
 「障がい」というのは。何かしら、誰かしらの葛藤を生むものだと思う。
 それは同時に、「健康」は当たり前などではないことも指す。

 けれどひとのチカラで、意図的に障がい児を無くすのは、きっとできない。
 それはもう、「生命の神秘」とか「神の領域」とかいうやつかもしれない。

 だからきっと。
「健康が一番だよ」
 その言葉に、偽りはないけれど。
「日常は当たり前ではない」のも、偽りの無い言葉だろう。

「当たり前ではない」、「いつかはそうなる」

 ひとの考え方は、千差万別だ。ともに、単純明快とは言えないし、複雑怪奇なのかというと、そうとも言いきれない。

 こんな風に書いているけれど。
 私は決して、障がい者を否定したいのでも、障がい者だからと、贔屓したいのとかでもなくて。
 だからといって、障がい者「だから」誰でも無条件に「善」だとは限らないとも思うし、その誰もが、特別扱いをしてほしいと思っている人ばかりでもない。
 そのあたりは、本人の性格も大きく関係すると思う。

 「この子は一生、歩くことは出来ないだろう」
 産まれてすぐ、そう言われたけれど、一生懸命練習したら、歩けるようになった。

 「この子は、言葉を発することはおそらくないでしょう」
 だったらなんだ。「声」がダメでも「手足」や「文字」がある。それを「不便」と言ってしまっては、私たちはなにも出来ないじゃないか。

「生まれつきの難病で、平均は13歳前後くらいまでしか、生きることはないらしい」
 その難病の少女は、17歳まで生きた。彼女はひとに、自分のことを「不幸」だとは言わなかったらしい。


 歳をとれば。何かのきっかけさえあらば。
 肩が上がらない。――四十肩だ。
 腰を打った。――椎間板ヘルニアのようだ。
 心臓が締め付けられる。――がんと診断された。

 それらは、「違う」と言われれば、そうなのかもしれない。しかし、それぞれに「同じ」ことがある。
 ――そのひとひとりの、「替わり」はいない。
1が2と違うのは、ある意味「当たり前」なのだ。
 仕事に関してだとかの、役職の「代え」は、案外すぐ埋まることもある。

 たった1人といない「替わり」と探せばいることも多い「代え」
 おそらく、ひとにより漢字の意味の受け取り方にも、違いがあるとも思う。漢字には、同じ字で、違う意味を持つものも、その逆もとても多い。
 どこまでが正解なのか。


 ――言葉というのは、糸だ。
 私たちは、いろんな角度から、おのおのが、それの綾とりをしているようなものなのだろう。
 
 それははたして、絡ませるためなのか、解くためなのか。
 こたえは、一つとは限らない。だから、言葉というのは面白い。
 ――ただし。
 剣となり、傷を与えることもあれば、効果絶大な特効薬にもなれるのだ。
 使い方には、十分に気をつけなければいけない。
 ――さあ、今日も言葉の綾とりをしよう。傷つけるためではなく、理解をするために。


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4. ママと呼んだ日

2020-10-07

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 次男、悠也は幼い頃は。
「バナナは何色?」
 と聞かれても。大抵、正解の答えにはならなかった。
 だから、旭以上に
「これは黄色」
とか、
「この形はさんかく」、「目はどこ? 口はどこ?」
 そんな練習をしに、病院へ通い続けた。
 その中でも、一番の難関が
「歩くこと」だった。

 悠也は、生まれた時には「超」のつく未熟児だった。
 医師からは
「彼は一生、歩くことはないでしょう」
 それは、どん底に突き落とされたようなものだったろう。
 しかし、七瀬はそこで諦めなかった。
 七瀬の母、久絵の協力のもと、歩行訓練が成された。久絵は、毎日のように音無家へと通い続けた。彼女が旭のことを見ている間に、七瀬は悠也を連れて病院へと。
 それは、長い時を有した。
 しかしそれは。旭と七瀬の時間があまり設けられなかったことも指す。
 そんな、ある日に。


 いつも通り、七瀬の実家から旭を迎えに行った時のこと。
 その日はなぜか、家へ帰ることを旭がぐずった。
 言葉は出ず、首を振ってイヤイヤと主張する旭に、悠也のことで多少疲れもあった七瀬は。
「……わかったよ。また明日、迎えにくるから」
 旭が思っていたよりも、あっさりとした返答なのだった。
 改札を抜けて、去っていく母と弟の背中。
 その時、ふと旭は言葉を紡いだ。
 ――ママ、と。
 おそらく、その言葉は最初で最後だったろう。
 その切なさの残る声を聞いたのは、七瀬でも悠也でもなく、久絵ただ一人だった。

 それ以降、旭が言葉をちゃんと話したのを、少なくとも真陽は一度も聞いたことはない。

 子どもの頃、「寂しい」と思ったことがあるのは、なにも真陽だけでもなかったのだと、ふと気づく。
 きっと一生。
 七瀬の耳に「ママ」という、旭の声が届けられることは、無いのだろう。



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3. 兄妹3人、 川の字に眠る

2020-10-01

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 真陽がまだ産まれていなかった頃。
 旭と悠也は、あまりテレビアニメや子ども向け番組に、興味を持っていなかった。
 それが。
 真陽が生まれ、そういうものを見るようになってから、だんだん変わっていったとか。
 今では、真陽などよりずっと熱心に見ている。不思議なものだ。

 旭と悠也は、いわゆる「年子」だ。
 二人と真陽では、歳が片手の指の数ほどは離れている。
 
 「妹」という存在は、両親やその周りが思う以上に、二人に大きな影響を与えていた。
 長男、旭は彼女を、わりとちゃんと「妹」なのだというのを認識している。
 しかし、次男の悠也は。どちらかというと「珍しいおもちゃ」のような感覚に近いのかもしれなかった。うっかりすると、ベビーベッドから落としかねない。
 そんな、「妹の危機」に立ち上がるのは、意外にも旭だった。
 悠也がちょっかいをかけようとすれば、出ない声を頑張って張り、弟を威嚇して。
 真陽が「はいはい」をできるようになれば。
 彼女の進行方向にある、ありとあらゆる「敵」となるもの。例えば、悠也本人だとかも。
 それはもう、一生懸命に体を張って。
 まるで、彼なりに
「自分がこの子を守らねば!」
 という程のものだった。


 そのうち。
 なんとなく、悠也も真陽という「人間の赤ちゃん」を、恐らくは認識したのだろう。
 真陽が先か、悠也が先か。
 二人がごろりと、布団で寝転び。そのうちにスヤスヤと寝息をたてる。
 するとそこに、旭がやって来る。そして。

 文字通りの「川の字」になって、三人で眠る。

 そんな事が、わりと日常的だったとか。
 ……今となっては、昔の話。




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2. 障がいがあること

2020-10-01

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

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1. 音無家の3兄妹

2020-09-28

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 音無家は基本、「早寝早起き」を地で行く家だ。
 大抵は、母の七瀬か末っ子の真陽が一番に動きだす。その後、父雅司と次男悠也が。とびきり朝を苦手としている長男の旭は、毎回一番最後だ。
 しかし。
 一番に家を出て行くのは、旭だ。もちろん、仕事のため。
 彼は、昔から動物を苦手としている。
 そのためもあってか、家の近所の犬の吠える声が聞こえない道を歩く。そのため、時々妹に先を越される日も、あったりなかったり。
 その後に、次男の悠也がバスの送迎を使い、彼も半日は仕事場へ。
 真陽が高校生のころは、兄妹の中では彼女が最初に出て、最後に帰宅していた日も多かった。

 父、雅司はすでに退職している。
 母、七瀬は専業主婦として、これまでも家族を支えてきていた。


 そんな音無家は、ちょっと周りと違った部分がある。
 まず、長男の旭。
 彼は、「自閉症」という障がいを背負っている。ほとんど言葉を話せないし、人とのコミュニケーションも、それほど得意とは言えない。
 しかし。一度自分の懐に入れた相手に対しては、とても積極的だ。

 次男の悠也は、よく喋る。本当に、よく。
 ただ、あまり内容は多くない。
 彼も自閉症だが、旭とはタイプが違う。動物に対してで言えば、恐れているほどではないが、「触りたい」という気持ちも薄い。
 好きな物は、とことん好きだ。食べ物で言うと、人参なんかは、生でも食べかねない。
 
 末っ子の真陽は、健常児で育ってきていたが、ある事がきっかけで、精神の病を持ってしまったのだが、それはまた別の話としよう。

 旭と悠也のように、「自閉症」というものでも、人によりそれぞれまったく変わることが多い。
 生まれつきに障がいを背負って育つ二人の兄を、健常児で妹の真陽は、ずっとそばで見てきた。
 彼女のように、障がい等を抱えているひとの兄弟姉妹を、「きょうだい児」と呼ぶ。
 「きょうだい」については、あまり世間ではピックアップされることは少ない。
 ここも、意外と闇が深かったりもする。
 
 そんな真陽は、少し先の自分に対してだったりもしたりしながら、言葉を残している日がある。

 ――拝啓、少し先の自分へ。
 今日は、帰りにコンビニに寄って帰ったら、そのレシートをゆう(悠也)が見たがってうるさかった。でも、渡せば不思議なくらいに機嫌が良くなる。単純だな。
 あと、いつも見てたアニメの最終回だったのに、あさ(旭)にリモコン取られた。
 ……ちょっとダメージくらった。
 それを母さんに話したら、そこからグチグチ大会に。
 ……レシート、次はもっと上手くやろう。ぜったい。
 うん。やってみなくちゃ分からないけど。
 






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新たな試みを

2020-09-28

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

お久しぶりです。

最近、ちょっと思いました。
「思うこと、感じたこと。」では、あまり触れているようで、そうでもない話があるな、と。

これまで、ちょっと硬い言葉だったり、ちょっとした、家族との話は、ブログでも話しましたが。



この、「拝啓、音無家は今日も。」では。
 「音無家」の出来事として、障がいや病気を抱える家庭での「日常の一コマ」を、
その家の末っ子「音無真陽(おとなしまひる)」の目線で、綴っていくもの、のつもりです。
  まあ、わりと私の実体験も多く登場するんでしょうけど。笑

手探りですが、ちゃんとした物語になるように考えます。


あらすじは、こんな感じ

音無家の末っ子、真陽。
3人兄妹の中で唯一、元気に生まれた彼女は、自閉症という障がい持ちの兄である、旭と悠也ばかりが、ひとの目に立つことに、時々うんざりしていた。
同時に、そのように考えてしまう自分にも、自己嫌悪してもいた。兄達への嫉妬だ。
 嫌いだから、そう思うというより、自分も何かしたいという気持ちが強い。
 家族は大切だが、甘やかすだけが全てでもないとも思っている。
そんな真陽が、兄たちの障がいに体当たりでぶつかっていく様を描いたものが、この物語の軸となる。

 先天性の障がいを持つ兄それぞれへの、きょうだいである妹の関わり方。彼女の心の脆さ。
 何気なくかけられる声への、喜びや寂しさ等。
 
フィクションとノンフィクションが混ぜられた、人と人との物語です。
 



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プロフィール

月凪あゆむ

Author:月凪あゆむ
二人、兄がいますが。二人とも発達障がい者です。年齢的にはいい大人ですが、脳年齢的には子どもです。私は「統合失調型障害」という精神疾患の持ち主となりました。
現在は、小さな本屋の店員になりました。
よろしくお願いします。

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