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2022-08

41.  「かわいそう」を本人に言って良いものか

2022-06-26

Category :♦思うこと、感じたこと。

 作者の通所している施設には、それぞれ何かしらの障がいを抱えるひとが通所している。

 精神の人もいれば、発達の人もいる。
 気持ちが不安定になりやすいひと、コミュニケーションが得意でないひと。
車椅子のひと、はっきり言葉を紡ぐのが苦手なひと。
 彼らも、自分に出来る範囲のことを。そして時に、周りからの助けを借りることもありながら日々を生きている。
 それらのなかには、身体に麻痺があるひともいる。
 今回はその「彼」にまつわった話。


 とある日。
 ある女性から、彼は質問を受けていた。体のことについてだ。
 最初は、「どうして麻痺があるのか」に近いことを聞かれていた。
 女性は、話すことは大好きなのだが、多少話し過ぎる傾向がある。そして時に、周りからすれば「失礼」に値することを言うひとでもある。
 その日も、それは起こった。

「体が不自由なの、かわいそうですね」

 手が一瞬止まった。この流れはあまり良くない気がする。
 なので、向かいに座っていた私は、
「でも、○○さんとっても器用なんですよね」
と、密かな応戦をしてみれば。
「うん……。器用になるしかなかったんだよね」
「…………」
 そう言われると、なんと言葉をかけるべきか。
 
 当人の前でゴタゴタ言うのは控えたが。
 本当に器用なひとなのだ。彼は、様々なことを片手でこなす事ができる。
 食事はもちろん。施設での仕事だって、両手のひとでも難ある作業も、慣れさえすれば彼も失敗せず取り組める。
 そのために、「どうすればやりやすいか」をスタッフと探って、最終的には自身の力でこなす。

 確かに、「器用になるしかなかった」とも言えるが。
 ひとは、甘えや驕り、怠けや諦めもする。
 彼のような障がいがあるひとのなかには
「動けないんだから仕方ない」
 と言う人間もたくさんいる。
 それを簡単に「良いか悪いか」での判断はできない。少なくとも、他人にできる判断ではないと思う。ましてや「かわいそう」と、思うのは勝手だが、それを本人に言うのはどうだろう、と。

 だから、彼が「器用」であることを「当たり前」のように。「かわいそう」だと第三者が言うことは。それはきっと違うと、私は思う。


 作者の周りには、当たり前でない日常が溢れているのだ。
 けれど、その人たちをただただ憐れみの眼で見るのは、相手に対して逆に失礼になると。
 発達障害者を兄に持ち、精神障害者である身としては、日常でふいにそう感じている。



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次男のこれからのために

2022-06-18

Category :家族とのこと

ご訪問、ありがとうございます。
今回は次男の話をメインに。


少し前に、福祉施設(入居、デイサービス)の見学をするにあたり、そちらの職員さんが家に訪問されまして。
父、母、次男とで、ご挨拶をしました。

その来た勢いのままに、
次男本人を施設に連れ出せるか、とのところにまで話が進んだとか。

しかし。次男には「精神病院への入院」をした時のトラウマがたぶん根強く。
 
きっと、
「どこに連れて行かれるの!?」
「ぼくなにされるの!?」
みたいな心境だったんじゃないかな。

結局、本人を案内することは叶わず……。
(思った通りの出来事)




日を跨いで、今日。
次男の日課である「コンビニでの買い物」は、ずーっと前から父とふたりで歩いてるんですけどね。
今年くらいから、たまーに父の代わりを私がやってる日があるんです。

 そんな今日は、日課+寄り道をしてきました。
 (コンビニ+スーパー)


ちなみに父のときの場合、この「寄り道」がなかなかできずにいるそう。
 毎日、まったく同じ道を歩く。だから「日課」なんでしょうけど。
 ↑父がこうなので、なかなか進歩がなかった


これは、この手のあるあるかとは思いますが。
次男にとって、「いつもと違うことをする、歩く」のは、ちょっとした冒険なのかもしれませんよね。
なにせ皆さん、変化には弱い!



私、「きょうだい」としての気持ちは中立くらいなんですよ。
「ベタベタとするのは嫌だし、そんなに過保護にもならない。でも嫌いでもないし、一定の配慮はする」

矛盾がありますね。笑


 次男の場合、ちょっと誰かと手を繋いでないと進んでくれないので…。そこは仕方なく。
だからといってこちらが引っ張るのでなく、あくまでも本人の足で歩かせたい。でも階段や段差等は声かけして、様子を見る。
そんな感じです。


そんな彼が、いつもと違う場所にまで歩いて、その建物の中では手を離した。
 なんだ、出来るじゃん!

人が変われば、また何かが変わるということなのだろうか…?
そんなことがあったりしたので。
もし、施設の見学をすることになる話がまとまってきたら。
私がついて行くことが、「ない」
とは言い切れないくらいには、風向きが父よりも私になってきている気がしてます。

 さて、どうなることやら。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
お嫌でなければまたお付き合いくださると幸いです。

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この半年の中で起きた事

2022-06-03

Category :就労継続B型(作業場)でのこと

辿りついてくださり、ありがとうございます。


私事として。
実は、私にとっての仕事場が、変わりました!

といっても、同じ建物内、同じ系列の別のフロアです。

長らく、「地域活動支援センター」に属していたのですが。
すぐ隣の、「就労継続B型」でやってみないか? と提案を受けたのですが。

ちょっとした事情で、そのさらにお隣のフロアの「就労移行」という場で2ヶ月だけ、所属することに…。

それが、昨年の11月の終わりのこと。

12月から就労継続B型、私たちは略して「B型」と呼んでいる場に変わったのです。



それとわりと同じ頃に。
前からちょこちょこと話題になっていた、次男の将来の話も、動き出しまして。
 (長男や私の将来のこともありますが、一番支援や介護が必要になるのが次男なので)

うちを支援してくださっている方に、入居施設を紹介していただき、実際に両親で訪れてみたりとして。
 ただ、コロナのこともあり、なかなか見学やらがちょっと難しい時。
 そうとんとん拍子には、決まるわけはないのですよね…😅



長男の将来も、安心はできなくて。
だって彼、数字にはめちゃめちゃ強いから、昔から電車とかバスとか、一人で新幹線にも乗ってるんですが。

 そのぶん、とでも言うのか。
文字の読み書きは、大の苦手なんですね。
 数字も、「1」は読めるけれど、人の声で「いち」というと、すんごい「??」って、なるんです。

音と字の一致ができてないのですよね、きっと。
ちなみに、我が家の住所や、電話番号も、覚えてないです。
(それでよく、新幹線乗れるのなあ)
 本人から聞き出した気持ちとしては

「なんでそんなに覚えなくちゃいけないの。別に困らないのに。…とか、思ってる?」

と聞くと。

「こくり」

と、頷かれてしまった……。こっちが困った😓


あ、また長くなったかも。
すみません💦
今後に、考えることは山積みではあるのですが。
「今」の我が家はそんな感じですね。

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最近の料理事情

2022-06-02

Category :一品料理

最近、一品料理がだいぶ適当になってきました。
(良い意味で)

前は、もうちょっと調べて調理していたんですが。
ここ最近は、ほぼ「カン」に近いものに……😅


ただ、家では「変わり種」の料理であるのは変わりないせいもあるのか、しっかりと平らげてくれるんですよね。
てなことで。
一挙大公開です!

「あつあげの梅合わせ」
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「チンゲンサイの酢漬け煮」
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「ナスとしらたき、魚肉ソーセージの煮込み」
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「なんちゃってゴーヤチャンプル」
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「パプリカとしめじ、魚肉ソーセージの、コンソメ煮」

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「とうがんとかぼちゃの鶏がらスープ煮込み」
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「しいたけの肉詰め」
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以上です。
(写真撮ってなかったらほぼ何作ったか忘れてそう)
最後までお付き合いくださりありがとうございます。またとうぞ、よろしくお願い致します。
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40. 終戦の、本当の終わりは

2022-05-31

Category :♦思うこと、感じたこと。

 つくづく、戦争によるひとへのダメージとは深いものがある。

 令和4年の5月末。
 世界が「戦争犯罪」という言葉に様々な反応をしているなかの、とある話。

 北海道の海の、とある位置にて。
 観光船が沈む事件が起きた。
 
  その「とある位置」には、過去の戦争にて命を落としたたくさんの魂が眠っている。
 その当時は、戦争目下ということもあり骨を拾ってくれるなんてこともなく。
 家族には、紙一枚の知らせで、それは「終わった」ことにされてしまう。
 しかし、家族にとっては到底「終わった話」になることはなく。
 そこに続くのは、紙一枚への悲しみと怒り。

 そして、現在。
 家族は思い出す。
 なんの関係もない、同じ場所で起こった事件を聞くことで。
 海に沈みし、戦争の犠牲となった魂を。

 ──そう。消えるなんてことはないのだ。

 戦争により傷を負った心は、ほんの少しのことでも簡単に、無関係に思えることとも繋ぎ合わせることができ、思い出す。
 当時のことを鮮明に思い出し、怒りや悲しみは
「憎悪」という、より強い感情になるひとも多くいる。
 その憎悪は、きっと「忘れる」ことは求めていない。どんなに暗い、重い感情なれど。
 時の波の中でもひとは想い、伝えていく。
 
 ──忘れるな。戦地に赴き、殺し殺され、最後には無残に散りし我らの魂を。
 こんな想いを繰り返すことを、決して許すな。


 きっと、海の底からそう訴えていることだろう。
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39. 障害年金の申請の際の「病歴・就労状況申立書」について

2022-05-31

Category :自分のこと

 障害年金とは、国民年金法、厚生年金保険法等に基づき、疾病又は負傷によって、所定の障害の状態になった者に対して支給される公的年金の総称となります。
 基礎年金で1〜2級
 厚生年金では、1〜3級。
 これは、障害者手帳とはまた別の制度ではありますが、こちらのほうが審査は厳しいものになります。

 私本人は、精神障害者手帳では3級です。

 そのため、障害年金の申請をしても、獲れるのかは多少「賭け」にも近いものがありました。
 結果としては、無事にその賭けには勝ったわけですが、そこに至るには、様々な助け(主治医からの診断書など)も受けました。
 申請に必要な書類に
「病歴・就労状況申立書」
というものがあります。
 内容をザクッと説明すると、「なぜ、いつ、何があって病気になり、何に困っているのか。(なぜ就労できない状態になったのか)」等を書くことです。
 これは、手書きでもパソコンに書式をダウンロードしてでもできますが、私はパソコンで打ち込みました。

 ※今回の話は、私が実際に経験したことでありますが、あくまでも参考程度に読んでいただきたいです。

特に気をつけて書いたことは、

1,自分の「感情」ばかりを書かない
2,客観的に、且つ短く要点を正確に
3,主治医が書いた診断書の内容とある程度合致させる

それぞれ、説明させていただきます。


【自分の「感情」ばかりを書かない】
 例えば、「いじめ」が原因であるときに、
「悪口を言われて、辛い気持ちになった」
と書くと、どうにも読み取るための部分が浅い。
「辛い」だけであれこれを理解するのは無理です。
 これは案外、「辛い気持ちになったから、どうなったのか」のほうが大切なのかと、個人として思いました。
 
【客観的に、且つ短く要点を正確に】
 自分の言動が、周りからみてどう見えていたのか。その頃に、実際にはどんな状態になっていたのかも、考えました。


【主治医が書いた診断書の内容とある程度合致させる】
別の言い方で言うなら、診断書とまったく違う内容にならないようにすること。


 私の場合、大まかには、
「暴力を受けたり、差別的発言をされ(中略)自分は醜いんだとの思考になる(中略)
「自分の存在意義とはなんだろう」と、不安感が芽生えていく。
それに伴い、思考力の低下や、成績も下がり、ぼーっとすることも多くなった」
 といった感じで、初めのところはそう書きました。

 そして通った審査では、2級16号。


 以上のことは、障害年金の申請の際の
「病歴・就労状況申立書」を提出するにあたり、私が個人的に調べ、模索し、何度も作り直しをした末の結末となります。
 誰かの、なにかの助けになれば幸いと思い、書いてみました。
 ここまで拝読いただき、誠にありがとうございます。




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障害年金の申請

2022-05-29

Category :自分のこと

とてもとても、お久しぶりです。
少し前に、27歳の誕生日をむかえました。

今年は、初っ端からいろいろな手続き(の準備)をしました。

「障害年金」

元々精神障害者手帳は3級を持っているのてすが、今回は障害年金の申請をしました。

本当は昨年の終わりに、診断書はいただいたのですが、なんだかんだと提出は遅れに遅れ、3月に……。
 その際には、
数人から
「え、まだ申請してないの!?」
と、驚かれるのも当たり前ですよね😓

 一番苦労したのは、やっぱり
「病歴・就労状況申立書」という、これまでに何があり、何に困っていて、どうして就労できないのか等を申立てするための書類です。

私の場合は、書式をパソコンにダウンロードして、最終的にはパソコンで作成しました。


そして、審査は

2級16号


通りました! 良かった。


おかげさまで、なんとかなりました。
これからは、少し書き方を短めにしてみようかと思いますが、まずは、こんな報告で。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
できればまた、お付き合いいただけるとありがたいです。


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12. 悠也の脱走劇

2021-09-15

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 小さな頃。兄妹の中でも特に悠也は。
 何をするにしても、どこへ行くにしても。ちょっと目を離すとすぐに。
 ――いなくなる。
 
 スーパーでいなくなる時、大抵の場合どこに行くのか、ある時真陽は気づいた。
 要は、悠也の興味のあるものの場所だ。

 店内でいなくなると、まず真陽は、出入口へ向かう。ほとんどの場合は、自動ドアで遊んでいることが多い。
 しかし、そこにもいないとなると。次は、おもちゃやお菓子のあるコーナーだ。
 けれど、そこにもいない。となると、もう最終的に。
 ――店の外へ、行ったかもしれない。
 しかも、はいはいやらつかまり立ちくらいで、道路を横断することもあったくらいだ。


 その日も。
「……あれ、悠也は?」
「え、またいなくなった?」
 とあるスーパーに、家族で買い物に出かけた日。またもや悠也が、いなくなった。
 という時には。
「じゃあ、探してくるね!」
 タッタッタッ、と真陽は現在地のすぐそばの、 お菓子コーナーへと向かう。
 ひょこっと、コーナーを覗いてもいない。
「……また、自動ドアかな」
 と、自動ドアのある出入口へ向かっても。
「ゆうー? どこ〜?」
 なかなか見つからず、店内もひと回り。それでも見つからない。
 もしかして、と。
「ねえ、どこにもいないよ?」
 七瀬たちと合流して、うーんと、考える。
 こういう時、父の雅司は、あまり役に立たない。というか、呑気なのだ。
「そこら辺にいるだろう」
 しかし、なんとなく嫌な予感がする。
 「……ちょっと、外見てこようか」
 真陽の提案に、七瀬は頷く。ちなみに、旭はこういう時には「我関せず」を貫く。

 外へ二人で出る。
 見つからない。
 ……――いや、いた!
「あ! あれってゆうだよね!?」
「ん? え、うそ!?」
 なんと、この時も。道路をまたいだ先の道にいた。
 信号も無いところなのに。車も多い中、どうしてそこにいるのかはわからないが。
 とにかく、見つけたことに安堵する二人だった。

 ――拝啓、悠也へ。
 一体どうしたら、そんなところまで行っちゃうのかな。
 ゆうも、あさもケロッとしてるし、父さんは能天気だし……。
 ちゃんと見ているつもりだったんだけどな。たぶん、ナゾはナゾのまま、なんだろうね。あなたの考えることは。




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11. 真陽の最凶の出会い、弐

2021-09-15

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 真陽が思うに。
 梨子は、大人に甘やかされて育ったのだろうなと、思える子だった。
「おばあちゃんがね、何か欲しいものはないかって、うるさいの。ふふっ」
 そして、かなり攻撃的だ。
 小学校の、いつもの遠回りな帰り道。
 雨上がり、傘を振り回して何をしたいのかと、思っていたら。なぜか真陽から傘を奪い取って。

 ――投げた。道路へ。
 
 しかもそれは、保護者パトロールで、母の七瀬が一緒の時ですらしたのだから、驚きを通り越して、呆れる。それと、遠回りの道へと強引に連れて行かれるのもいつもと変わらない。
 もう一つ。
 雨上がりの日は、傘は「剣」になるらしく、梨子は剣を振り回す。そして、真陽へとぶつけてくるものだから、仕方なく真陽も「剣」で防御するしかなかった。
 その光景は、七瀬にはなかなか衝撃的だった。
 その様子を、梨子の母にそれとなく電話で伝える。
 しかし。
「あら、そうなの? でもきっと、他意はないわよ。子供の遊びでしょ」
 そんな風に、返された。

 つくづく、井浦梨子という人物が、どれだけ甘やかされて育ったのかが裏づけされる。
 けれど当時、真陽には「自覚なきいじめ」という発想がなかった。


 今でこそ、真陽は洋服や持ち物に、ピンクや赤など、女性らしい色を好んで持つようになったが。
 当時よく、こうも言われた。
「まひるには、明るい色は似合わないよ。ピンクもオレンジも、もっと元気さがないと! わたしみたいに!」
 ピンク色の傘を手にしながら、梨子はそう言った。
 運動嫌いがなにを言うか、と。思わなくもなかったが、歯向かうと後が痛い。だから、はいはいと大人しく頷いて、従っていた。

 学校の帰り道は、今思うと散々なものだったと思う。
 自分の、本当の通学路なのに、そこを通らせてもらえなかったのだから。かなりの遠回りだった。

 真陽にとっての、何よりもの救いは、高校での出逢いだったろう。
 その話は、また今度。

 ――拝啓、…………。
 やっばりいいや。もう疲れた。
 さっさと寝よう。



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10. 真陽の最凶の出会い、壱

2021-09-15

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 一緒にいるうちに、その井浦梨子という少女は、だんだんと持ち前のワガママさを発揮しだした。

 例えば、小学校の帰りの通学路。
 真陽が自分の道を帰ろうとすれば。
「わたし、この後ずっと1人になるんだけど」
 それは、お互いさまのはずなのだが。
「じゃあ、わたしが不審者に攫われてもいいの!?」
 そうまで言われては、何も返せない。しかも、二人の家が中途半端に歩けなくない距離だったのも悪い。けれど、梨子の通学路は、真陽にとってはひとふた周りほどの遠回りな道だ。
 けっきょく、梨子の押しに負けたのだった。


 その当時、梨子はこんなことを言っていた。
「わたし、いつか死ぬから」
 とは言うが、言葉ほどに切羽詰まった感じではなかった。少なくとも真陽はそう感じた。
 とはいえ。
 ちょっとしたきっかけで、その言葉を、その当時の担任に言うと。
「井浦は、死にたいって言ったんだぞ!!」
 と、いわば公開説教を成した。
 それを機に、梨子も女子の輪に入れるようになった。そこで自信がついたのか、なんなのか。

 真陽の後ろから、グルリと前に回ってきて、こんなことを言うようになった。
「わたし、この子の通訳です!」





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9. 泣くのも笑うのもやめた子

2021-09-15

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 ――今思えば。
 あの頃で既に、真陽の精神状態は何らかの「ケア」があった方が良かったのかもしれない。


 小さい頃は。ごくごく当たり前に。
 楽しければ笑うし、悲しければ泣く。
 それが、いつからか。真陽は、笑うのも泣くのも、人前ではほとんどしなくなった。
 
 どうにも、真陽はいじめっ子からすれば、格好の餌食になりやすいタチだったらしい。
 元々は泣き虫だったのだが。
 泣けば泣いたで
「泣けばいいってもんじゃないんだよ!」
 ちょっと笑っただけで
「なにニヤニヤしてんだよ、気持ちわりぃ」
 と、毎回同じ男子から睨まれる日々。
 それに加え、彼女は声が通るほうでなかった。 なのでよく、何かを言っても、あまり気付かれない。声が聞こえても結局は
「なに? 聞こえなかった」
 そんな日々だった。


 そんな真陽に、ある一つの出会いがあった。
 その少女は、真陽よりも更に広い範囲の子どもたちから、遠ざけられていた。
「あいさつをしない」
「お礼も言わない」
 といったことを聞いていた。のだが。
 その時の真陽は、ただ「知りたかった」のだ。その少女が、本当にそこまで言われるほどの人間なのかを。

 ――それが、「自覚のないいじめ」に繋がる第一歩だとは、思わずに。




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8. 真陽の障がいへの認識

2021-09-15

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 真陽が小学生になるあたりでは。
 わりと毎年、兄たちの通っていた特別支援学校の行事を、両親とともに見学に行っていた。
 運動会、文化祭はもちろんのこと。
 土曜日にやっていた授業参観も、親と一緒に見学したのだって、一度や二度じゃなかった。

 そんなわけもあって。
 七瀬と同じくらいかには、兄たちの交友関係もなんとなく、聞いている。時がたった今でも、名前を覚えているひとも何人か。
 真陽の、当時のイメージでは。
 二人の通った支援学校には、クラスの分け方は、年齢、性別や、障がいの度合いはバラバラだったかのように覚えている。
 ただ、その生徒の障がいの度合いや、元々の特性等によりなのか。生徒1人に、担当が2人以上付いていた子も少なくない。

「あさくん、ゆうちゃんの妹さん」
「音無さんのところの妹ちゃん」

 そんな感じで、比較的周りからも、真陽のことは知られていた。それが関係あるのかないのか。ふいに話かけられることもあった。
 おそらく、物心つく頃から連れられていたせいか。
 そのあたりは、真陽はあまり物怖じしない子どもだった。
 反応も、「ごくごく普通」に。
 学園内で
「こ、んにち、はぁ」
 なんて、たどたどしく声をかけられても。
「あ、こんにちは〜」
 と。いたって驚きも怯えなどもなく、挨拶していた。
 中には、大きな声で、独り言を言う子どもや、目がギョロギョロとした子どももいたような気がする。でも、それも特に「変なひと」とも「怖いな」という感情もなかった。
 それもおそらく。
 支援学校よりも前、療育医療センターでの「慣れ」ようなものもある。

 ――療育医療センター。
 そこにも、たくさんの「声」がある。
 泣き叫ぶような声が多いが、野太いうめき声も聞こえる。あとは、奇声とも言える叫び声に、「キャハハ」と笑う声も。
 そういうのをよく知っていることもあり、慣れっこだ。怖くはない。
 むしろ、成立していない会話すら逆に楽しんでいたふしもある。


 ――拝啓、神さまへ。
 どうして周りは「ふつう」で在りたがるんでしょう。
 どうして、神さまは「ふつう」と「そうでないもの」をつくったの?
 人はなんで、「違う」ことを恐れるのかな。
 本当は「みんなそれぞれ違う」のが、当たり前なのに。



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我が家のコロナワクチン事情

2021-09-13

Category :家族とのこと

今日の午後3時、私は2度目のワクチン接種をしてきました。
そんな今回は、コロナワクチンについてのお話を。

まず一番には、父から接種券がきて、近所の病院で接種してきました。
父は、症状としては。ちょっと腫れたり痛みがでるくらいで、それほど深刻に「辛い」というほどには見えなかった記憶があります。
 

長男は、ワクチン接種を拒否しました。
「打てない」のではなく「打ちたくない」ということです。
本人いわく、痛いのは嫌だ、こわい! と。
出かけるのが大好きで、それは誰にも止めることが出来ない長男。
父が、何度か声をかけても、拒否されて。
 一時は、一見なんでもないはずの、でも含みのある言葉に反応して、反抗されていました…。

 例えば、長男が外へ出かけるときに、父が
「コロナに気をつけてね~」
と言うと。玄関のドアに八つ当たりを。
そのうちおうちコワレルヨ…。
(それを本人に言うと逆効果)

 父も父で、微妙に圧のかかった言葉を投げるので、どうにも空気がピリピリしてました。

今は、職場にも「打たない」という回答をしてることもあり、それなりに落ち着きを取り戻した、と言えるでしょうか😅

次男は、どうにもできない相手です。
歯の親知らずを抜くのさえ、いつもの歯医者では、対応できとなり、専門の所で全身麻酔をして、やっとこ取れた、といった感じなので。
 (大人の男性5人かかりでも、暴れるのを完全には抑えられない)
そもそも彼、おさえられるのとか、自由を奪われることが大の苦手です。

しかし、父は諦めが悪い。どうにか接種してもらえないかと言うので、ここで母と若干のビリビリ。

かかりつけの病院にて、担当医の先生からも、
「無理です」
と言われても、まだ諦めきれていないようです。



母と私も、父と同じ病院で打ってもらいました。
 母はやはり、2度目の接種がかなり辛そうでした。
腕が上がらない、熱がでる、クラクラする。

母の2度目に、私の1度目のワクチン接種。
もう動けないな状態だったので、その週はお弁当とか、冷凍食品とかの、調理済みの品で対応。
 
さてさて。私には、どんな反応がでるのやら。
現時点では、何かとなると、ちょっとしためまい、立ちくらみと、微熱。腕は上がります💪

 副反応は、一時的なものなのでしょうが、無理をすると本当に体調を崩しかねません。


 皆様も、それぞれ色んな事情を抱えたご家庭がおありでしょうが、ワクチン接種はいまのところは「本人の意思」にとどまっています。
そう、「義務」とまでは言われてはいません。
 接種するにも拒否するにも、よくよく考えてくださいね。

では、また。



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マスクとの格闘(主に次男)

2021-09-12

Category :日々のこと

おはようございます。


もう、日常のなかでマスクは欠かせないアイテムとなっていますが。
なかには、そのマスクが苦手な方もいるとは思います。
耳の形が…とか、マスクの意味が分かってなくて…とか。どうしても苦しくて…とか。
そして、付けることが出来ても、すぐにはずしちゃう、なんて方もいるかと思いますが。
 
我が家の場合、問題となるのは次男です。
「耳からはずしちゃう」とまではいかないんですが。
ずり下ろされてしまうんです、鼻や口の下まで😅。


休みの日、スーパーへの買い物に付いて行くのが日課なのですが…。
ふと見ると、鼻又は口まで出てる…!
となると、バッと周りからの視線が……。

母や私が直しても、また出す…。
彼は、いつも口呼吸だから、マスクはなおのこと息苦しいんだとは思います。
そういうこともあり、土日の買い出しはちと困ったものです。


余談ですが。
父も、口呼吸なんですよ、たぶん。
で。
マスクがどこにも売られてない、となっていたころから、ハンカチをヒモで耳にかける「ハンカチマスク」をしていたのですが。
 今でも、ハンカチを洗濯後に返すとそれをするんですね、なぜか。
 なので。父にはハンカチを返していない、という結論に至っています😅
頑固なので、言っても聞かないんですよあの人。
ではでは、また。



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31. 言葉がないから、不仲なの?

2021-09-09

Category :♦思うこと、感じたこと。

 よく、世間の話では、こんな現象がある。
 「あの芸能人のおめでたい話に、彼はコメントを出していない」
「実は、あのグループは不仲なんじゃないか」
「あの人とあの人は、実はあんまり仲良くないのかもしれない」

 そう。
 芸能人で、コメントを出していないのは、仲が悪いからなのか。
 本当は、あの二人は、犬猿の仲なのでは?
 よく、そういう憶測が、ネットでは特に、飛び交っているものだ。
 しかし、なかには。

「肩を組んでいないから」
「目が合っている感じがないから」
 
 そんな、興味のない人間からすれば、「そんなことで?」というくらい些細なことでできる不仲説もある。
 その説を立てられるのは、バンドやら、コンビやら、グループでなど、多種多様だ。
 また、芸能人に限った話でもないだろう。学校でも、職場だのでもあるものだ。

 けれど。その説に振り回されるのは、意外と当人同士でもある。
 風の噂だとかの、影でのコソコソ話は、案外巡りに巡って、本人の耳にまでたどり着くことも多い。
 すると。
 「不仲説」のせいで、妙に意識してしまい、「ちょっと合わない」くらいの間柄だったのが、本当に不仲になることもあるかもしれない。
 ひとは、そういう話を好む生き物なのか。
 そうなった時に、誰も責任なんてとれないのに。


 ――最初の話に戻ろう。

 例えば。
 とある、A氏の結婚に。
 たくさんの人から、お祝いのコメントが「発表」されても。
 同じグループの中の、B氏からのコメントは発表されていない。ほかのメンバーからのコメントはあったのに。
 とすると。
 「A氏とB氏は仲が悪い」という説が、世に出る。
 けれど。B氏は思う。

 「ちゃんと、本人に伝えたいことを伝えたから、それでいい」

 ――そう。
 ちゃんとB氏は、A氏を祝っている。ただ、「テレビ向けの発表」を、していないだけの話だ。
 こんなようにして、「誤解」が生まれることもあると思う。
 巷の「憶測」は、外部からの評価であり、それが本当に「真実」とは限らないのだ。
 それに、私達は「感情」で生きている生き物。
 ちょっとやそっとの衝突は、つきものだろう。
 
 そして、「心」というものも、時を持って移り変わるもの。それを、人工的に制御出来るかというと、そういう計算式のものでもない。
 だからこそ。
 日々のあれこれを。もっと大切に、抱えて生きるのも、悪くはないと私は思う。
 ……まあ。抱えすぎて、疲れてしまわないようにすることも大切だと、常日頃思うけれど。




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30. 椅子を投げたひと、逃げなかったひと

2021-09-09

Category :♦思うこと、感じたこと。

 その子どもは、小学校に入ってすぐから卒業に至るまで、学年の「問題児」扱いをされていた。
 
 それで、日頃何をしていたかといえば。
 物を壊す、投げる、そして、ベランダへと出る。
 ベランダで何をするかというと。

「ここから飛び降りてやるぞ!?」

 それが、よく言うセリフだった。
 これだけだと、本当に一人の「問題児」という認識になるけれど。
 見るひとが見れば、それだけでなさそうなのが、分かるのではないか、と思う。
 

 ここからは、「みるひと」からの目線でいこう。
 少年――太郎は、単純に沸点が低い。つまりは怒りっぽい所がある。
 加えて、勉強は得意でない。だから、宿題を授業の時に、生徒たちで答え合わせしようものなら、
「おい、太郎! お前宿題穴だらけじゃねーか!」
と、宿題をやってないのか、あるいは分からなかったのか。よくブーイングが飛んでいた。

 運動も、得意でない。そして逆上がりなんて、とても回らない。
 なぜ、逆上がりをマスターする必要があったのやら。義務教育とは、よく分からないものだ。
 
「飛び降りてやるぞ!」
と言うと、数人の男子たちは
「出来るものなら、やってみろよ~」
というものだから。
 学年が上がり、教室が5階、6階へと上がるにつれ、そのやり取りにヒヤヒヤ度も上がるというもの。
 そして、その「お馴染みのやり取り」に、周りも多少思考が麻痺していた気もする。

 なんとなく、兄たちの通う特別支援学校の生徒を見ていた自分としては、「何か持ち」だろうなと、感ずいてはいた。
 しかし、特別に気にかけるという程もなければ、周りとともに「問題児」としての扱いでもなく。
 ただの、「目立ちやすい同級生」というくらいの認識だった。
 
 ただ、「周りが煽るのが一番悪い」という感情はあった。
 彼は短期で、意地っ張りなところがある。だから強気に出た手前、ちょっと引っ込みがつかないのだ。
 自分の行動を後で後悔するし、特に誰かに意地悪をしているつもりでもない。

 そして、その事件は起きた。
「いつものように」彼は怒りだした。 ――おそらくはパニックになっただろう、その子どもは、椅子を持ち上げた。
 当たり前だが、周りは「またか」と、すぐさま悲鳴とともに教室の端へと逃げる。
 そのままの勢いで、彼は椅子を投げた。
 そこに、何故か自分はいたのだ。まあ、行動が周りよりワンテンポ遅かったのだろう。あとは、危機感のなさも多少はあるか。
 そして。

 ――椅子はものの見事に、自分の眉間にぶつかってきたのだ。

 そこから、記憶は保健室までほぼ飛んだ。
 ぎりぎり覚えてる限りで。ポカンとした本人とは対照的に、教室内は悲鳴と怒声じみた声で溢れた。
 幸い、椅子の足の、クッションの部分でもあったのと、鼻筋のちょっと上、本当に眉間のあたりにぶつかっていたらしい。
 とはいえ、傷にはなっていて。 
ちょっとした大事では、あったらしい。あとちょっと横にズレていたら、失明していたかもしれない、ということだった。
 本人は、未だにそんな自覚を持ってはいないけれど。


 家に帰宅して、母になにも言われなかったから、
(ああ、そんなに目立つ傷じゃないんだな)
と、謎の一安心も束の間。
 担任から、電話がきた。
 対応した母いわく、泣きながらの謝罪だったとか。
 しかし、母はそれを、本人からはまったく聞いていないものだったから、すぐには話について行けなかった。
 事の経由と、謝罪を聞き、母が何を思ったかは、子どもには分からない。
 後に、とても驚いた、とは聞いた。
 
 その後に、少年の両親からも電話がきて、謝罪と、傷の心配をし、治療費
は払う、とまで言っていたとか。
 その後、どのくらいかで、その傷も綺麗になくなったから、問題はない。


 電話で謝り倒された後日。
「ほんとうに、すまなかった……!」
 椅子を投げた本人からの謝罪に、こちらは、なんでもないことのように、
「大丈夫だよ、気にしてないから」
 と、返していた気がする。
 それは、わりと本心だった。
 逆に、自分が逃げなかったせいで、また更に周りからの目が「問題児化」してしまったのだろうなという、こちらはこちらで少々、申し訳ない気持ちがあった。

 もう、今となってはそうめったに会うこともないが。
 彼が、明るい未来を掴んでいれば良い。ただ、そう思う。


 子どもというのは、無邪気で、でもだからこそ時に残酷だ。
 大人達は、それをわかった上で。
「そうなることには、きっと、なにか理由がある」
と、教える必要があると思う。
 もしかしたら、とてもくだらない理由かもしれない。理不尽な言い訳になるのかもしれない。「理由」とは言えないような、残酷なこともあるかもしれない。
 ――それでも。
 ひとは、最初から何もかも、考えることを簡単に放棄してはいけないことが、世の中にはある。
 
「そのひとの気持ちになって、考えてみる」

 それを、子どものうちに、もっと真剣に考えられるようになっていれば。
 ――この世界も、今よりもっと、優しくなれるような気がする。
 そんなふうに、なると良い。
 とても、そう思う。 



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考えすぎて更新が…

2021-09-08

Category :自分のこと

お久しぶりです。

あまりにも、更新したのが前だったこともあり、
「何を書けばいいのか……?」
と、なっていたのですが。


先日、クリニックのカウンセリングにて、こんな話をされました。

「月凪さんの場合、なにか1つのことでも、すごく深く考えるんでしょうね」
 に続いて
「大抵のひとは、そこまで考えてないですよ」

私にとっては、ちょっとした衝撃でした。
それを、作業所のスタッフさんに話すと。
「あ~、そっかぁ……」
なぜだか、納得されてしまい。

それを、母にも話したところ、
「そうなんだろうね」
と、母にも納得されてしまいました。

……いえ。べつに、自分は単純な人間だと言いたいわけでもないんですけど。苦笑

こんな近況報告で、すみません。
ではまた。今度は(たぶん)近いうちに……!



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29. どうしても、マスクを着けられないひともいること

2021-05-03

Category :♦思うこと、感じたこと。

 ――2021年。
 新型コロナウイルスの感染拡大により、より手洗いや消毒やら、気をつけることの多くなっている今日この頃。
 もはや、日常で欠かせなくなっている物の一つに「マスク」がある。
 人々の中には、それをしていないと、注意する人もいるだろう。
 どうやら、そういう相手は「マスク警察」と呼ばれるらしい。
 注意の対象となるのが、「ちゃんと」マスクをしていない人だ。
 マスクをしていない人はもちろん。 マスクが顎まで下がっている人や、鼻がでている人も、対象となる。
 更には、「布マスク」では、対策が弱いと言う人もいるとか。


 しかし人間、様々な特性を持つ人がいるもので。
 例えば、「感覚過敏」のひととか。
 感覚過敏とは、触覚などの五感が、敏感に反応してしまうことを指す。
 たぶん、想像だけれど。
 花粉症のひと相手に「くしゃみをするな」などと要求するのと、対して差はないと思う。どうしても辛い。もはや不可抗力だ。

 そしてその感覚過敏は、発達障がい者に多いとされている。
 感覚過敏とは違う発達障がい者のなかにも、マスクをつけるのが困難な人は多い。
 むしろ、マスクを難なく着けられるひとの方が少ないかもしれない。

 単純に、「着ける意味が理解できない」ということからのひともいるし。
 呼吸器を必要とすることのあるひとは、マスクをすると、ほかのひとよりもっと、息苦しさがあるのだと思う。
 あと、耳が変形、または極端に小さいなど、物理的にマスクを着けるのが難しい、または痛くなる、という人もいる。
 
 発達障がい、感覚過敏、皮膚の病気、呼吸器の病気など、さまざまな原因で、「着けたくない」のではなく、「着けられない」のだ。

 そういうひとがいることを知って、理解してほしい。


 それと。
 そういう相手に、寄り添おうとしてくれる人々も、実は、ちゃんといる。
 とある区や、市など、全国の中の、どこかだったり、個人でも、あるものを作った人々がいる。
 それが。
「マスクをつけられません」
 というバッチや、カードだ。
 たぶん、「ヘルプマーク」について理解しているひとは、想像しやすい。
 
 「誰かが、理解してくれている」
というのが、いつの日か
 「みんなが、分かってくれている」
に、変化してくれるようにと、私は願うばかりだ。
 それは。
 
「差別のない世の中になること」

 そう、在りたいと思う。
 そんな、志しで溢れるような、世界だといい。







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28. 「頑張って」と「無理しないで」

2021-05-03

Category :♦思うこと、感じたこと。

 ひとは時に
「頑張って」
と、言って良い瞬間と、悪い瞬間がある人がいる。
 例えば。
 もう頑張り切っていて、疲れているひと。
 身体が動いている。呼吸ができている。それが奇跡のようなことで、精一杯に頑張っているひと。

 私は、よく考えてしまう。
頑張って、と言いたい場面だけど、そう言っても大丈夫なのだろうか、と。
 このひとは、それを言っても良いひとなのか、と。

 そして、同時に。
「無理しないでくださいね」
 よく、使う言葉ではあるけれど。
 それを言われた相手としては、その言葉もよく言われているのかもしれない、と。
 聞き飽きた言葉だ、と。
 そして。
 そう言われて、素直に「頑張らない」で「無理をせず」にいるひとは、どれくらいいるのだろう、と。


――現在、2021年、3月11日。
 今から10年前のこと。
 地震から始まり。
 津波、地割れや液状化に、原子力発電所の事故など、日本にとって忘れられない災害があった。
 それらを合わせて、「東日本大震災」と、後から呼ばれることになった出来事。
 「3.11」としても知られている、その瞬間。
 きっと、その当時にはたくさんの
「頑張って」と
「無理しないで」
 が、あちこちで使われたと思う。

 きっと、それと同じくらい。いや、それ以上にか。
 不安や絶望に押し潰されるひとも多くいただろう。
 大切なひとと連絡のつかないこと、探しにも行けないことへの歯痒さ。
 なかには、目の前でひとが津波に流される瞬間を見て、悲しみと恐怖に涙するひとも、少なくないような。そんな状況だったのだと思う。
 そうして、心がボロボロのズタズタに傷ついたひとに、どんな言葉をかけられるのだろう。

 その言葉探しに、正解も見つからなければ、きっとそれを不正解なのだとも、言いきれない。

 「頑張って」も「無理しないで」も、人によっては糧になるし、逆に負担になってしまう場合もあるだろう。

 それらの「言葉」を手探りしながら、人々は助け合い、生きていくしかない。
 きっとそれも、亡くなったひとに、天国で安心してもらうための方法の一つだと、私は想う。

 ――貴方の発したその言葉は、刃物という凶器ですか? 毛布という名の労りですか?
 どうか、世界に少しでも、相手をそっと包み込むような。そんな風に優しくなれる人が、多く在りますように。





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27. 寄り添うということ

2021-05-03

Category :♦思うこと、感じたこと。

 どうすれば、いいのだろう。
 どうしたら、そのひとの痛みに、寄り添うことができるのだろう。


 ひとのなかには、その「心に寄り添う」ことが、いとも容易く出来る人もいれば、逆に困難を極める人もいる。
 そのつもりはないのに、いつの間にか結果として「寄り添って」いたというひともいるし、頑張って、一生懸命近づいているつもりでも、実際はなかなか上手くいかない、なんてひともいるだろう。

 ふと、私は思う。
 「頑張って寄り添おう」と言ううちは、まだ無理だ。そこは、力むところではない気がする。
 ただまずは、「聞く」だけでもいいんだ。
 そして、それを想像して、自分の事のように感じてみる。
 そうして。
「大変だったんだね」
「頑張ったね」
「無理しなくていいんだよ」
 そんな、簡単な言葉でも、いいんだ。あとは、感情が表情に追いついてくる。


 そう言うと、「それが難しいんだ」と、声が聞こえそうだけれど。
 だから、日頃から「想像力」を高めるのも、1つの大事な手だ。
 まるでそれが、自分の身に起こった事のように喜んで、怒って、悲しんで、笑う。それを日頃から、ちょっとだけオーバー気味に感じるのも良い。
 その「喜怒哀楽」を見せるだけでも、時には容易く、ひとの心を揺り動かすこともあるのだから。
 そういうのは、意外と伝染する事も多いものだ。
 たぶん、この話に関しては、頭で考えるだけじゃ上手くいかないと思う。

「寄り添う」

 難しいようで、思うよりは単純。
 身近な言葉のくせに、一筋縄ではいかないこともある。
 どろどろとした、ひとの嫉妬。
 きらきらとした、子どもの眼。
 ぽろぽろと落ちる、誰かの涙。
 たくさんの音で奏でる、笑い声。
 それは、人間が「感情」を司る生き物である所以だろう。





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26. 想像と偏見

2021-05-03

Category :♦思うこと、感じたこと。


 作者が子どもの頃、兄たちの障がいについてを、それほど、ものすごく極秘にはしていなかった。その相手によって、話の深さを、本人なりには考えていたと思う。
 兄がいる、までの相手。
 その年齢までを言う相手。
 ちょっと変わった兄がいる、と伝える相手。
 訳ありの兄がいる、と伝える相手。

 小中学生くらいまでだと、「障がい持ちの兄がいる」と改めて伝える相手までは、なかなかいない。
 そもそも、障害とはなにか、を知らない相手も多い。また、下手に知って、その人によって偏見もある。

 ただ作者は、「障がいがある」のをさほど「悪」とも「恥」とも考えていない。かといって「特別な子」というほどに持ち上げてもいなかった。
 子どもながらに、いや。子どもだからか。


 その「障がい」について。
 作者はそれがすぐそばにあったから、スラスラと思い浮かべられる。
 でも、その周りは?
 「知らない」ひとなら。どんなに大人でも、間違った見方を持つ人もいる。それを偏見とも呼ぶだろう。
 例えば。
 言葉を話せない人はみんな、まず手話を覚えるもんだ、とか。
 手が使えない人はみんな、自力では何一つ出来ない、とか。
 我が家の、言葉が出ない兄は、途中で手話を覚えるのをやめた。それでも得意ではないが、人とのコミュニケーションは好きな方だ。
 みんなではないが、手の代わりに足を使って食事をしたり、中には家事をこなす人もいる。
 

 そういう、想像の考えが「偏見」なのだと思わせるには、どうすれば良いのか。
 たぶん、一番分かりやすく伝えることが出来るのは「メディアの力」だと思う。
 ただなぜか。
「喜怒哀楽」の中で言えば、「喜」と「楽」しか映さない、だとか。「一部分」や、頑張っても「側面」までが多い。あとは「ご想像にお任せします」だ。
 それが、どれもが悪いとは言わないが。限界があろうことも事実。

 誰かと一緒のご飯をあまり好まず、基本は一人が好き。でも、ご飯の後、話したいことがある時は、沢山話したい、という人もいるし。
 ひとが大好きで、自分の話を聞いてほしい。でも、相手の話には、あまり興味がなく、しつこくされるのは嫌いだ、という人もいる。
 「自分勝手」だと言われればそれまでだけど、本当にいるから、こればっかりは仕方ない。
 時によって楽しくもなれば、疲労もする。


 要は、どんな人間でもしっかりとした「性格」があり、そこに障がいやら病気やらの特性がくっついてきて。
そういうのも全部含めて「その人」が出来上がるものだ。
 さて。
 貴方の「想像」には、いくつの「本当」があって、いくつの「偏見」があるだろうか。






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7. 運動会の珍百景

2021-01-19

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 それは、旭と悠也の通っている特別支援学校での、運動会にて。


 運動会というのは。子どもたちの特性が出やすいイベントだ。
 真陽がまだ小学生以下時。旭、悠也は小学2、3年生としよう。そして、走る項目があったとしよう。
 そういう時には、二人は互いが真逆の行動をする。
 旭は、普段通りなら比較的速く走れる。だが、家族の、特に母親を見つけると、途端に走る速度が下がる。いっそ徒競走のごとくだ。

 反対に、悠也はというと。
 甘えん坊な悠也は、家族の、こちらも特に母親を見つけると。
 ――走りだす、しかも七瀬に向かって一直線に。
 そんなものだから、その時になると、家族はどこか、または誰かの後ろにでも、隠れなくてはならなくなるのだ。


 ちなみに、真陽はというと。
 彼女は、そういう時に限って、よく転んでいる。大抵は慣れっこのため、すぐに起き上がって再び走りだす。
 その後に、友人に説得されて、渋々と保健室へと。


 ――拝啓、自分の足と兄たちへ。
 なぜ、ああいう時に私は転ぶかな。
 で。なんで二人は、あそこまで真逆の行動をするの。
 見ている方からすると、面白いのかもしれないけど、母さんは特に、大変だな。




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6. 「やってみようよ」

2021-01-18

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 真陽は、小さい頃からなんでも自分でやろうとする子どもだった。
 それは何故か。
 本人としては、
「人の手を煩わせたくない」
という気持ちが強い。
 幼稚園でも。年中か年長生でもう、母からひもゴムをぶんどって、自分でツインテールにしていた。
 後に聞いた話で。
 赤子の頃から、はいはいやら、つかみ立ちなどの行動の成長が早かったとか。
 まあ、旭と悠也と比べれば、当然とも言えるが。

 直接的な理由として。
 母、七瀬の苦悩を近くで見ていたのが大きい。毎日のように、小言を言われる日々。
 七瀬が悪いわけではないけれど、「責任」として。旭のこと、悠也のこと。

 特に、本当に小さい頃に、目に見えて手のかかる子だったのは、悠也だった。
 いったい、いくつになれば朝、布団が濡れている事が無くなるのか。
 もう、毎日が七瀬にとっては戦争だ。
 だから。
 真陽は一歩、また一歩と、母から離れた。そうしながら。
 悠也相手には、様々なことをやらせてみた。
 窓拭きや、洗濯物のたたみ方に、自分で服を脱ぎ着することも。
 真陽がひらがなを覚えれば、それを悠也にも教えてみたり。
 いつもそれは、
「一緒にやろうよ!」
から始まっていた。
 
 真陽は、悠也が、その気になる「テンション」をなんとなく掴んでいる。
(自覚はまだなかったが)
 だから、大人たちがどれだけ誘っても動かないことでも、真陽の呼びかけになら、簡単に乗っかることも多かった。
 そこには、彼女なりの「闘志」が込められている。

 大人たちは、悠也に対してのことを
「どうせそんなの出来ない」
 そう思っているのが、透けて視えるのだ。
 それが。
 その「諦められた」眼差しが、真陽はとてつもなく、嫌だった。
 だから。
 そんなことないんだ。
 やれば。やってみれば、もしかしたら。
 ヘタかもしれない。合格点には程遠いかもしれないけど。それでも。
 「何にもできない」なんてことはないんだよ。

 それを、その身で表現したかった。
 まだ、その当時は「障がい」がどんなものかも、よく分かっていない。
 でも。あきらめて、全部任せることが。
 本当に、悠也のためなのか。


 もしかしたら。
 その「正解」はないのかもしれない、とさえ思う。
 
 本当に「正解」は一つだけなのだろうか。
 
 いや、そうとも言いきれないはずだ。
 ……まあ、その頃の真陽がそんな深いところまで考えを巡らせていたかといえば、それほどでもないけれど。


 ――拝啓、身近な大人のひとたちへ。
 あさも、ゆうも。
 大人たちが「出来ない」って言うから、ほんとに出来なくされているんじゃないの?
 「やってみること」は。
 確かに教えるのはちょっと疲れる。でも、何でもかんでもこっちがやるのが、二人のため、なのかな。
 私は、そうじゃないと思う。
 ……本当に、「何が良いか」なんて、私も知らない。
 でも、本人がやる気になるなら。それは価値になる。
 やってみても、悪くはないと思うんだ。



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5. 破壊魔の襲来

2021-01-18

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 長男、旭は。ある頃からどのくらいか、よく物を壊していた。

 一番初めは、なんだったろうか。
 そう、確かベランダからおもちゃや絵本を落とすことから始まり。
 (悠也はそれを見て、ケタケタと笑っていた)
 家の中のガラス戸のガラスを、一枚、また一枚と割っていく。
 一番困ったろうと思うのは、テレビだった。
 壊されて、新しく買って。それをまた壊されて。
 そんな事もあって。家に一台もテレビがなかったという時もあった。
 大切なものも、たくさん壊していった。
 おそらく、その最たるは。七瀬と雅司の結婚式のテープだと思う。
 ビリビリの粉々にされたらしく。それはもう、何があっても取り戻すことは出来ないであろうものたち。
 もちろん、真陽は一度も見た事も聞いた事もない。今はもう生きていない人達の肉声や、歌声は聴きたかったと思っても、それは叶わないだろう。


 そんな旭に対して、真陽は「恐怖」を感じていた。その頃はとてもじゃないが、彼を「お兄ちゃん」なんて呼ぶ勇気はなかった。
 むしろ、どう呼ぶのが正しいのかがわからなかったくらいだ。
 その頃の真陽からすれば、旭は「こわい人」というのが、一番気持ちに正直な形だった。
 
 まさか、「今」のように、ごく普通に彼を「あさ」と呼ぶ日がくるとは。
 そして話を聞いたり、時に厳しい言葉を放つような日も、その頃は想像出来なかった。

 ――拝啓、兄へ。
 どうして、そんなに物を壊して、暴れて、意地悪もして。
 あなたは、どうしたいの?
 まだ、今は怖いとしか思えないけれど。
 ――いつか。
 それが解る日がくるのかな。
 その時、私たちはどんな風に話しているんだろう。
 まだまだ、今は出来そうにはないけど。
 いつか、本当にいつか。
 「今」のことを、「そんなこともあったね」なんて、笑えるような日が、……いやいや。笑い事でもないけど。
 もうちょっとでも、打ち解けるといいかな。




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3. 涙の誓い

2021-01-18

Category :♦アリアへ捧げる終わりの唄

 子どもは、その瞳いっぱいに涙をためて、縋っていた。その目に映るのは、力のない笑みを浮かべる女性。
「……っ。お母さま、死なないで……! 私だけ、置いていかないでっ……!」
 城下町育ちで、王の妃となった彼女は、敵が多い。毒を盛られることなど、よくあること。
 けれどその日は、毒に高度な魔法がかかっていたためか、誰もそれに気づくことはなかった。
 女性の夫ーーこの国の王が、敵と相討ちとなり、亡くなってから、その日で一年の月日が流れた。
 その一年の間に、王妃とその子どもの敵は、格段に増えた。誰が味方なのかもわからなくなってくるほどに。
「……ごめん……さい、ルナ。最近、泣か…‥て、ばかり、で……」
 たどたどしい声は、今にも途切れてしまいそうで。
「いや、いや、お母さま……! 置いていかないで。一人に、しないでっ……」
「いや……ね、一人じゃな……いでしょう? ……ダン、が帰ってきたら、あなたたちは……負け無し、じゃないの?」
 かつて、弟が言っていた言葉。
 弟は、「外の世界が見たい」と、国から離れた身だ。どこにいるのか、そもそも生きているのかも、確かではない。
「だって、そんなの……。帰ってくるか、わからないのに」
 そう言うと、彼女はどこか楽しげに、笑みを浮かべた。
「大丈夫……よ。あい…つが、ちゃんと見守って、るわ。あなただって、知ってる……でしょ? あの子が図太い、のは……」
「……あいつ?」
「………………」 
その問いに、彼女が答えることなく、――唐突に、別れが訪れたのだった。
 最後は苦しかったはずなのに、彼女はほのかに、笑みを浮かべていた。
 その時、ルナはあることを胸に誓った。
 ――強い風が吹いていた、秋の終わりのできごとだった。





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2. 神話の王国

2021-01-17

Category :♦アリアへ捧げる終わりの唄

 神話の終わりの、別れた四つの大陸は、七千年の時のうちに、大陸ごとに、それぞれ発展を遂げた。
 そのうちの一つは、北の果てに。
 東西南北の、北の地は、極寒の地なり。なれば、人間が生きられる地は、限られる。
 限られた土地で、二つの国が発展を遂げた。
 今回の物語の舞台は、北の果ての果てにありし、レファリス王国。
 主は、夜空の姫君と、闇色の風使い。そして、彼女らを守護する者らの――終わりと、再生の物話。



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1, 楽園の崩壊

2021-01-17

Category :♦アリアへ捧げる終わりの唄

 その昔、この世界は、たった一つの大きな大陸だった。
 名を、プロエレスフィ。ギリシア語――この世界の、古代語と呼ばれる言葉で「原書」を意味する。
 四つの国々が、それぞれ協力し合い、まるで楽園のような世界を築いていた。
 けれど、楽園の崩壊までの時間は、それほどかからなかった。
 平和な世界は、人々の心の「闇」を呼び覚まし、その闇はやがて形をとり、いつしか自分らの世界をつくろうと、様々な種族や、精霊と対立するようになった。
 種はすぐに育ち、争いを招いた。
 その争いのうちに、今まで協力しあっていたはずの人間と精霊との、その関係に変化が訪れた。
 古代の人間には、精霊と心を通わせる能力が、誰にでも、生まれつきに備わっていた。
 彼らは、一人の精霊と契約をし、精霊の持つ力を借りる代わりに、契約した精霊の命を守るという義務を持つ。そして、精霊の力を借り、彼らとともに働く者らを「能力使い」と、人々は呼んでいた。
 それが今では、強い力を持つ精霊ほど人を毛嫌いし、力の弱い精霊は、人に使役されることでしか長く生きられない。
 そして人々は、精霊と戯れることを忘れ、その瞳に映すこともできない者が増えていった。
 そして、精霊を使役する者らは「魔法使い」と、そう呼ばれるようになった。
 神聖動物と呼ばれる、光を纏いし動物や、エルフにドワーフなどの種族は、どこか人間を見下すようになった。
 ――楽園は、混沌の世と化した。


 神々に、決断の時が迫る。
 この世界には、大きく分けて三体の神がいる。
 大地と海を司りしは、――終焉の王竜。
 空と天候を司りしは、――黎明の神鳥。
 精霊の森を守護し、精霊達の長を務めるは、――幻妖の精霊王。
 迫る決断は、終焉か、はたまた黎明か。

 ――そして世界は、四つに別れた。



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埋もれかけた物語

2021-01-17

Category :♦アリアへ捧げる終わりの唄

あらすじ

――全ての紐解きは、ここから始まるのだ。
「原書」の名のもとに繰り広げられてきた、神話の物語の。
 これは、世界が四つに別れた後の、七千年経った頃。それぞれの大陸ごとが、繋がる前の、物語。

 はじめの国は、レファリス王国にて。
 この地に潜む「アリア」たちの。
 ――そこに迫るは、終焉と、黎明か――。
 さあ、試されし風使いよ。
 今こそ、夜空の少女の手を引く時が来たれり。
 決断の時まで、彼の者を導かん――。


まだ10代の頃に創った話なので、生かされてない、謎の設定とかもありますが、ご容赦を。




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25. 「知らない」で済まされては困ること

2021-01-17

Category :♦思うこと、感じたこと。

つくづく、人間というのは視野が狭い生きものだと思う。私もそうだ。
 自分にとって未知の領域に対して、単純に疑問に思う者もいれば、怖気付く者、無関心を貫く者もいる。いや、大抵は興味なんて持たないのか。
 「解らない」からと、「見たことがない」と、反発する者もいるのだろう。

 身体も心も、たったひとつだけなのだ。
 そんなに簡単に、この世の中にある「全て」をその身で感じることは難しいとも思う。
 テレビや新聞、雑誌等の中の項目で。
 「政治、経済、国際、学問、福祉、心理、生命、芸能、音楽」とかの項目があったとして。
 音楽家が、例えば「ウミガメがどうして、誰のせいで絶滅危惧種に指定されているのか」を、魂込めて熱ーく語る番組だとか。少なくとも私は見たことはない。
 ――そう。
 人というのは、得意不得意があるのと同じ様に。
 熱の入るものと、それほどでないもの、いっそまったく、興味のないもの。
 そういうものがあるのは、当然っちゃ当然なのだろう。
 
 でも。その物事の「当事者」にとっては、「知らないで済まされては困る事」もある。
 例えば。怪我をした人への正しい応急処置が、どれほどありがたいのか。
 「自分は他人だから」と、救急車すら呼ばずに素通りされるのが、どれほど恨めしく感じられるのか。



 100歩譲って、誰よりも積極的になれ。とまでは言わない。
 でも、誰一人とも声をかけなかったから。誰も何も行動を起こさなかったから。
 それで怪我人の容体が急変して、呼吸が止まって。最悪の場合に、死に至る。
 それは、一体誰が、何がいけなかったのか。

 時には、勇気をだしてほしい。自分ひとりが怖ければ、知らない人相手でも巻き込めばいい。それか、いっそ交通機関を頼るのもいいだろう。

 「日本人は、優しい」
 それは、あくまでも「比べると」だと思う。
 世の中、日本人だって優しいひとばかりじゃない。
 いざ、その窮地に自分がなると、「なんて、人は冷たいんだ」と思うかもしれない。
 もちろん、「ああ、こんなにも優しいひとがいるものなのか」という体験もあるかもしれない。

 「ひとから感謝されたいから」
 「自分に救える何かがあるなら」

 偽善だと、言われるかもしれない。
 でも、私はそれが「悪いこと」だとは思わない。
 「夢」というのは、時に誰かを見て、その人のようになりたい、という気持ちから出てくることも多いはずだ。
 世の中にある「表と裏」の、どちらにも好かれたい、なんて。とても難しいことなんだと思う。

 大切なのは、自分の想いだ。それに問いかけて、行動を起こすこと。
 誰に何を言われようと、それは出来るだけ、無くさないようにしたい。




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24. その手をとること

2021-01-16

Category :♦思うこと、感じたこと。

「戦争なんてない方がいい」
「自分たちの平和のためには、戦争も仕方ない」

 とても残念なことに、世界には自国の平和のために、あるいは立場を優位にするために、戦争をしている国は、いくつもある。

 もっと残念なことに、戦争に勝つことで平穏を得た、と言うひともいる。事実、そういう国もある。
 「どんな」国とも、仲良く手を繋いで、共に歩く。
 それは、とても難しいのだろう。
 でもだからといって。
 意見が違うことで、武器を持って、血を流す。
 極端だ。
 手を取れないなら、いっそ下手に関わることもないような気がする。

「あいつとはそりが合いそうもない。少し距離感を考えよう」
 人間関係には、そういうこともあるものだ。

 よく、ひとは「勝ち負け」を気にするけれど。
 戦争で、自国の勝利のためだけに、大切なひとの声に耳を傾けることもしないのか。
 大切なひとのために、勝ち負けにこだわるのをやめるのか。
 民の犠牲の上の勝利に、さほどの拍手はあるのか。どころか、恨まれるのを覚悟しなければいけない。
 犠牲のない負けに、憤る者もなかにはいることだろう。でも、だいたいの一般人にとって、大切なひとの命より、優先するものはなんだろう。

 もちろん、国同士の「勝ち負け」は、そんな単純な話ではないのも、さすがに分かる。
 でも、そこで「戦うのは仕方ない」と諦めては、なんの道も開けない。
 
 どれだけ有能な人間でも、後についてくる者や、味方になる者が一人でもいなければ、意味はあるだろうか。
 能が無いと言われても、背中を預ける相手や、支える者がいれば、志しは高くいられる気がする。

 それは、歴史を動かしていた偉人たちが証明してくれているのではないかと思う。

 ――8月14日。
 夢をみた。銃で2発、撃たれる夢。
 凄く、印象に残っていたのは。
 「熱い」
 「痛み」よりも熱量を感じた。
 ひたすら、怖かった。
 どこまで本当の感覚なのかは分からないけれど。
 実際には、そんな経験はしていない。しなくて良い。したいとも思わない。
そんな世の中にする為に、しなくてはいけないことがあるのだろう。

 でもきっと、それは独りで出来ることではないから。たくさんの人と人とが、助け合い支え合い、初めてできることなんだ。
 「ひとは、独りでは生きていけない」
 それは、色んな意味で本当のことなんだろう。
 綺麗事だと言われても、それの何が悪い?
 ひとは理想や夢を持つから、頑張れることもある。
 ひとは、なんだかんだ言っても、綺麗が好きな生き物なんだと思う。
 ただ、「綺麗」の定義はそれぞれ違うのが、当たり前なのも忘れてはならない。



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23. ことばの綾

2021-01-16

Category :♦思うこと、感じたこと。

 ひとの言語は、本当に難しいと思う。たった1文字違うだけでも、まったく違う意味になることも多い。更には、同じ言葉でも、違う意味になることもある。

「障がいを持つひとがいなくなればいい」

 そう言うと、大抵の人間は「障がい者を否定する言葉」だと感じるかと思う。
 でも、これには語弊がある。

 例えば、夫婦の間に新たな家族が宿るときに
「元気に、健康に産まれてきてほしいね」
 それと、意味合いは一緒だ。


 障がい児として生まれることで、一般的な「ふつう」ではない経験を積むのは、本人も、その周りもだろう。良くもなるかもしれないし、悪い時もあるかもしれない。

 どんなひとも、どんな生き物も、健康に越したことはない。
 「障がい」というのは。何かしら、誰かしらの葛藤を生むものだと思う。
 それは同時に、「健康」は当たり前などではないことも指す。

 けれどひとのチカラで、意図的に障がい児を無くすのは、きっとできない。
 それはもう、「生命の神秘」とか「神の領域」とかいうやつかもしれない。

 だからきっと。
「健康が一番だよ」
 その言葉に、偽りはないけれど。
「日常は当たり前ではない」のも、偽りの無い言葉だろう。

「当たり前ではない」、「いつかはそうなる」

 ひとの考え方は、千差万別だ。ともに、単純明快とは言えないし、複雑怪奇なのかというと、そうとも言いきれない。

 こんな風に書いているけれど。
 私は決して、障がい者を否定したいのでも、障がい者だからと、贔屓したいのとかでもなくて。
 だからといって、障がい者「だから」誰でも無条件に「善」だとは限らないとも思うし、その誰もが、特別扱いをしてほしいと思っている人ばかりでもない。
 そのあたりは、本人の性格も大きく関係すると思う。

 「この子は一生、歩くことは出来ないだろう」
 産まれてすぐ、そう言われたけれど、一生懸命練習したら、歩けるようになった。

 「この子は、言葉を発することはおそらくないでしょう」
 だったらなんだ。「声」がダメでも「手足」や「文字」がある。それを「不便」と言ってしまっては、私たちはなにも出来ないじゃないか。

「生まれつきの難病で、平均は13歳前後くらいまでしか、生きることはないらしい」
 その難病の少女は、17歳まで生きた。彼女はひとに、自分のことを「不幸」だとは言わなかったらしい。


 歳をとれば。何かのきっかけさえあらば。
 肩が上がらない。――四十肩だ。
 腰を打った。――椎間板ヘルニアのようだ。
 心臓が締め付けられる。――がんと診断された。

 それらは、「違う」と言われれば、そうなのかもしれない。しかし、それぞれに「同じ」ことがある。
 ――そのひとひとりの、「替わり」はいない。
1が2と違うのは、ある意味「当たり前」なのだ。
 仕事に関してだとかの、役職の「代え」は、案外すぐ埋まることもある。

 たった1人といない「替わり」と探せばいることも多い「代え」
 おそらく、ひとにより漢字の意味の受け取り方にも、違いがあるとも思う。漢字には、同じ字で、違う意味を持つものも、その逆もとても多い。
 どこまでが正解なのか。


 ――言葉というのは、糸だ。
 私たちは、いろんな角度から、おのおのが、それの綾とりをしているようなものなのだろう。
 
 それははたして、絡ませるためなのか、解くためなのか。
 こたえは、一つとは限らない。だから、言葉というのは面白い。
 ――ただし。
 剣となり、傷を与えることもあれば、効果絶大な特効薬にもなれるのだ。
 使い方には、十分に気をつけなければいけない。
 ――さあ、今日も言葉の綾とりをしよう。傷つけるためではなく、理解をするために。


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4. ママと呼んだ日

2020-10-07

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 次男、悠也は幼い頃は。
「バナナは何色?」
 と聞かれても。大抵、正解の答えにはならなかった。
 だから、旭以上に
「これは黄色」
とか、
「この形はさんかく」、「目はどこ? 口はどこ?」
 そんな練習をしに、病院へ通い続けた。
 その中でも、一番の難関が
「歩くこと」だった。

 悠也は、生まれた時には「超」のつく未熟児だった。
 医師からは
「彼は一生、歩くことはないでしょう」
 それは、どん底に突き落とされたようなものだったろう。
 しかし、七瀬はそこで諦めなかった。
 七瀬の母、久絵の協力のもと、歩行訓練が成された。久絵は、毎日のように音無家へと通い続けた。彼女が旭のことを見ている間に、七瀬は悠也を連れて病院へと。
 それは、長い時を有した。
 しかしそれは。旭と七瀬の時間があまり設けられなかったことも指す。
 そんな、ある日に。


 いつも通り、七瀬の実家から旭を迎えに行った時のこと。
 その日はなぜか、家へ帰ることを旭がぐずった。
 言葉は出ず、首を振ってイヤイヤと主張する旭に、悠也のことで多少疲れもあった七瀬は。
「……わかったよ。また明日、迎えにくるから」
 旭が思っていたよりも、あっさりとした返答なのだった。
 改札を抜けて、去っていく母と弟の背中。
 その時、ふと旭は言葉を紡いだ。
 ――ママ、と。
 おそらく、その言葉は最初で最後だったろう。
 その切なさの残る声を聞いたのは、七瀬でも悠也でもなく、久絵ただ一人だった。

 それ以降、旭が言葉をちゃんと話したのを、少なくとも真陽は一度も聞いたことはない。

 子どもの頃、「寂しい」と思ったことがあるのは、なにも真陽だけでもなかったのだと、ふと気づく。
 きっと一生。
 七瀬の耳に「ママ」という、旭の声が届けられることは、無いのだろう。



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3. 兄妹3人、 川の字に眠る

2020-10-01

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 真陽がまだ産まれていなかった頃。
 旭と悠也は、あまりテレビアニメや子ども向け番組に、興味を持っていなかった。
 それが。
 真陽が生まれ、そういうものを見るようになってから、だんだん変わっていったとか。
 今では、真陽などよりずっと熱心に見ている。不思議なものだ。

 旭と悠也は、いわゆる「年子」だ。
 二人と真陽では、歳が片手の指の数ほどは離れている。
 
 「妹」という存在は、両親やその周りが思う以上に、二人に大きな影響を与えていた。
 長男、旭は彼女を、わりとちゃんと「妹」なのだというのを認識している。
 しかし、次男の悠也は。どちらかというと「珍しいおもちゃ」のような感覚に近いのかもしれなかった。うっかりすると、ベビーベッドから落としかねない。
 そんな、「妹の危機」に立ち上がるのは、意外にも旭だった。
 悠也がちょっかいをかけようとすれば、出ない声を頑張って張り、弟を威嚇して。
 真陽が「はいはい」をできるようになれば。
 彼女の進行方向にある、ありとあらゆる「敵」となるもの。例えば、悠也本人だとかも。
 それはもう、一生懸命に体を張って。
 まるで、彼なりに
「自分がこの子を守らねば!」
 という程のものだった。


 そのうち。
 なんとなく、悠也も真陽という「人間の赤ちゃん」を、恐らくは認識したのだろう。
 真陽が先か、悠也が先か。
 二人がごろりと、布団で寝転び。そのうちにスヤスヤと寝息をたてる。
 するとそこに、旭がやって来る。そして。

 文字通りの「川の字」になって、三人で眠る。

 そんな事が、わりと日常的だったとか。
 ……今となっては、昔の話。




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2. 障がいがあること

2020-10-01

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

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1. 音無家の3兄妹

2020-09-28

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 音無家は基本、「早寝早起き」を地で行く家だ。
 大抵は、母の七瀬か末っ子の真陽が一番に動きだす。その後、父雅司と次男悠也が。とびきり朝を苦手としている長男の旭は、毎回一番最後だ。
 しかし。
 一番に家を出て行くのは、旭だ。もちろん、仕事のため。
 彼は、昔から動物を苦手としている。
 そのためもあってか、家の近所の犬の吠える声が聞こえない道を歩く。そのため、時々妹に先を越される日も、あったりなかったり。
 その後に、次男の悠也がバスの送迎を使い、彼も半日は仕事場へ。
 真陽が高校生のころは、兄妹の中では彼女が最初に出て、最後に帰宅していた日も多かった。

 父、雅司はすでに退職している。
 母、七瀬は専業主婦として、これまでも家族を支えてきていた。


 そんな音無家は、ちょっと周りと違った部分がある。
 まず、長男の旭。
 彼は、「自閉症」という障がいを背負っている。ほとんど言葉を話せないし、人とのコミュニケーションも、それほど得意とは言えない。
 しかし。一度自分の懐に入れた相手に対しては、とても積極的だ。

 次男の悠也は、よく喋る。本当に、よく。
 ただ、あまり内容は多くない。
 彼も自閉症だが、旭とはタイプが違う。動物に対してで言えば、恐れているほどではないが、「触りたい」という気持ちも薄い。
 好きな物は、とことん好きだ。食べ物で言うと、人参なんかは、生でも食べかねない。
 
 末っ子の真陽は、健常児で育ってきていたが、ある事がきっかけで、精神の病を持ってしまったのだが、それはまた別の話としよう。

 旭と悠也のように、「自閉症」というものでも、人によりそれぞれまったく変わることが多い。
 生まれつきに障がいを背負って育つ二人の兄を、健常児で妹の真陽は、ずっとそばで見てきた。
 彼女のように、障がい等を抱えているひとの兄弟姉妹を、「きょうだい児」と呼ぶ。
 「きょうだい」については、あまり世間ではピックアップされることは少ない。
 ここも、意外と闇が深かったりもする。
 
 そんな真陽は、少し先の自分に対してだったりもしたりしながら、言葉を残している日がある。

 ――拝啓、少し先の自分へ。
 今日は、帰りにコンビニに寄って帰ったら、そのレシートをゆう(悠也)が見たがってうるさかった。でも、渡せば不思議なくらいに機嫌が良くなる。単純だな。
 あと、いつも見てたアニメの最終回だったのに、あさ(旭)にリモコン取られた。
 ……ちょっとダメージくらった。
 それを母さんに話したら、そこからグチグチ大会に。
 ……レシート、次はもっと上手くやろう。ぜったい。
 うん。やってみなくちゃ分からないけど。
 






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新たな試みを

2020-09-28

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

お久しぶりです。

最近、ちょっと思いました。
「思うこと、感じたこと。」では、あまり触れているようで、そうでもない話があるな、と。

これまで、ちょっと硬い言葉だったり、ちょっとした、家族との話は、ブログでも話しましたが。



この、「拝啓、音無家は今日も。」では。
 「音無家」の出来事として、障がいや病気を抱える家庭での「日常の一コマ」を、
その家の末っ子「音無真陽(おとなしまひる)」の目線で、綴っていくもの、のつもりです。
  まあ、わりと私の実体験も多く登場するんでしょうけど。笑

手探りですが、ちゃんとした物語になるように考えます。


あらすじは、こんな感じ

音無家の末っ子、真陽。
3人兄妹の中で唯一、元気に生まれた彼女は、自閉症という障がい持ちの兄である、旭と悠也ばかりが、ひとの目に立つことに、時々うんざりしていた。
同時に、そのように考えてしまう自分にも、自己嫌悪してもいた。兄達への嫉妬だ。
 嫌いだから、そう思うというより、自分も何かしたいという気持ちが強い。
 家族は大切だが、甘やかすだけが全てでもないとも思っている。
そんな真陽が、兄たちの障がいに体当たりでぶつかっていく様を描いたものが、この物語の軸となる。

 先天性の障がいを持つ兄それぞれへの、きょうだいである妹の関わり方。彼女の心の脆さ。
 何気なくかけられる声への、喜びや寂しさ等。
 
フィクションとノンフィクションが混ぜられた、人と人との物語です。
 



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22. 言葉と戦争、時代

2020-07-06

Category :♦思うこと、感じたこと。

 大切なひとに、「大好きだ」と、真正面に向いて言える私たちの時代は、きっと恵まれている。
 
 今から考えると、令和の人たちからすれば、「政略結婚」とか「お見合い結婚」とかを「古い」と思われても、何も言えないくらいには、だんだんと、自由な恋愛を許されてきてはいる。

「お慕い申し上げております」と、「好きです」
 どうやったら、ここまでどストレートな言葉まで、進化したのだろう。これも、先人たちの努力の賜物か。


 しかし、その一方で。
周りに理解されにくい愛もある。
「同性愛者」とか。
 なかには、特定のひとへの「愛」を覚えず一生を終えるひともいるとか。


 これまでの、先人たちの努力の成果を、きっと私たちも引き継いでいくことは、とても「大切」なのだと思う。
 もしかしたらいつか、今の代が「先人たち」になってるときに、
「むかしのひとは、頑張ったな」なんて。
 思われるのも、悪くはないと思う。


 だからこそ。
 私たちが、その「自由」を謳歌しなくてはいけない。
 たくさんのひとが、
「それはおかしい」と言う。
 誰かが
「それはどうかな」と言う。
 きっと最初は、周りに相手にもされない。
 それでも、その誰かは言い続ける。
「それでもいいじゃないのか」と。なんども、何度も。
 言葉には、想いや魂が宿るという。
 それは時には、長い時を有するかもしれない。
 それでも、「誰か」は言い続ける。
 そうすると、別の誰かが
「そうかもしれない」
と、首を傾げる。
 首を傾げるひとが、一人、また一人と現れる。それはいつしかやがて、誰かが誰かを説得させられるほどの、根拠ができあがる日がくる。
 もしかしたら、そういうのも、「改革」というのかもしれない。

 兵器という、物理的な力ではなく。
 言葉という、ひとの内心に呼びかける、改革。

 この先の、人間の未来が。そういう和平的なものだと良い。

 それも、脱線した話の先の、「自由な愛」や、「戦争の無い世界」とか。
 それらに繋がるものがあると良い。

 武力で何か制すると、次の武力に制される。
 大昔の、戦国時代くらいなら、それが「当たり前」であって、誰もが抗うことができない。
 そんな時代だったのかもしれない。

 しかし。今は「令和」という時。
 日本が戦争をすることは、今のところはまずない。きっと、戦争の体験者たちがまず、許さないだろう。
 
 ここでまた、日本が戦争に加わろうものなら。
 原爆ドームを、出来うる限りそのままで遺した職人たちの努力も。
 沖縄のひめゆりの塔で、当時についてを、
「こんなこと、もう二度とあってはならない」
 そう、毎日のように観光客に話しているご婦人方の気持ちも。
 何処へ逝ってしまうのだろうか。

 「お国のため」
 そう言って、大切な人を残しながら。
 呆気なく散ったのだろう命が、どれほどあるか。
 まるで、一種の呪いの言葉だ。その言葉で、残される側は何も言えなくなる。きっと、どちらだって苦しかったと思う。

「戦争をした方がいい」
 それはきっと、やったことがないから、そう言えるんだ。

「ゲームのように、敵を蹴散らしてやりたい」
 どうか、仮想世界の中だけに留まっていてほしい。

 だんだんと、戦争の体験者のひとたちが老いていく。時の流れというのは、なかなかに速い。
 流れとともに。その彼らの意思を、後のひとたちで守らなくてはならない。
 実際に経験してはいないから、迫力あるものにはならないのかもしれないけれど。


 そうして、「誰か」の言葉を、別の誰かが受け継いでいく。
 その、どれくらいかの先に。

「大昔はね、こんな悲しいことを、日本でも
沢山のひとがやらされていたの。きっと、あなたは経験することはないけどね」
 そんなことを、優しくも切ない声で、柔らかく語るひとたちがどこかに。
 
 ――そんな、平和な日本であり、世界であることを願って。
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21. いじめと戦わない勇気

2020-05-26

Category :♦思うこと、感じたこと。

 まずは、私の体験談から。
 
 学生時代の真ん中ごろに、私は「いじめ」と戦った。
 舌打ちやら、蔑みの言葉から始まり。
 私の周りを巻き込んでのいじめ。
 運動靴を隠されたり、上履きにいくつかの画びょうを入れられた。
 テストの悪かった点数を、たくさんの生徒がいるときに、大声で廊下に響くくらいに叫ばれたこともある。

 それでも、私は学校に通った。
 無視をしていれば。
 何食わぬ顔をしていれば。
 ダメージなんて食らっていないと、思わせられれば。
 いつか、きっと出口がどこかにあるんだと、信じていた。

 ――でも、どこにも出口は見つからなかった。

 クラスが変わっても、私にとっては大きな変化は無かった。
 担任は、「しょうがない」と言う。そして、やたらと「いじめ」の事実は隠したがっていた。
 たぶん、よくある
「自分の担当のクラスで、問題が起こった」という事実を、認めたくなかったのだろうか。私には分からないけれど。
 悪口は、ここで終わりにはならないんだ、と。
 学校に、「本当に信じられる人」が正直いない。いたとしても言えないと思う。自分の事だと尚更に。
 そうして、私は「不登校」となり、「死にたい衝動」にかられ、親に連れられ、今通っている心療内科で、「統合失調症」の診断書をいただいた。


 よく、ひとは「逃げたら負け」みたいなことを聞くけれど。「勝たなければ」という心意気を持つけれど。
 「いじめ」に関して言うと。

 ――逃げるのも、立派な勇気だと思う。
 
 自分の心を守るために、目の前から逃げだすのも、時には賢い選択だ。大切だと思う。
 世界には、いじめと向き合って。
 戦って、戦って、疲れ果てたその終わりに。その命の灯火を、自らの手で消しさるひともいる。それもたくさん。

 でも。その元の、加害者側は。きっと何も背負って生きてなんてはくれないのが、大半だとも思う。
 そういう心を持ち合わせるくらいなら、ひとを追い詰めることが、どんなに酷い行いなのかも少しくらいでも分かるんではないのか、と。
 ……だから。

 ――あなたが、消える必要なんてないんだよ。



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20. いじめを見て見ぬふりするひとへ

2020-05-08

Category :♦思うこと、感じたこと。

 私には、後悔したことがいくつもある。
 その中の1つは。

「いじめ」

 学生時代といえば、ありとあらゆるいじめのカタチがある。
 私は「いじめられっ子」側だ、一応。

 こんな話をしよう。
 小学校の頃に、
「あいつはなんかキモイ」「菌がうつる」
 まあ、よくありそうなセリフだけども。
そんな言葉を。大多数の、クラスの女子からコソコソと陰口をたたかれていた男子がいた。
 私の、その頃いた「グループ」の女子たちも、その口だった。
 私自身は、まだまだ弱っちかったから、その陰口に参加も反論もしていなかったけど。
 「無干渉」をできるだけ貫いていた。「当たり障りなく」というやつだ。
 今思えば、どっちつかずにいることで、「自分は関係ない」と思いたかったんだろう。
 
 そして、ついに。
その陰口が、担任の教師の耳に届いた。
「悪口を言ったひとは立て!」
 多数の女子が立ち上がった。私のいたグループの子も、ほぼほぼ立った。
(立たなかった子もいたけれど)
 
「連帯責任」
というと、小学生にしては大人びていたかもしれない。
そんな、「直接ではないが、見て見ぬふりをしてきた」身として、私も立ち上がった。
そして、周りと同じように

「菌と言ってごめんなさい」

と、言ってもいないことを謝った。
 けれど、今ならこう言いたい。

「見て見ぬふりをして関わろうともせず、庇ってあげられなくて、ごめんなさい」


 もしかしたら、相手の男子は不思議に思ったかもしれない。言われていないひとから謝られて。
 不思議に思ったのは、グループの女子もだったらしい。
 なかには、こんな声も聴いた。
「ずっと言ってた〇〇ちゃんは立たなくて、なんで言ってなかったあゆむちゃんが立ってたのかな」

 そう。そういうのは「見ている人は見ている」ものだ。私も、自分をいじめてくる人と、そうしない人は、ちゃんと見ていた。

 だから、「どうして?」って、「なんで誰も助けてくれないんだろう」って、思っていたから。
 それが、だんだん麻痺していって、「いじめるものと、いじめないもの」になっていた。
 実際には、「見て見ぬふりするもの」なんだと思う。
 

 令和二年、5月。
 今現在は、「コロナウイルス」という流行り病が、世界中で人々を苦しめている。
 学校も閉じている。
 コロナがもっと落ち着いたら学校もあるのだろうけど。
 どうにも、「コロナ差別」というものもある。
 大人がそうするように、子ども達の間でも「コロナいじめ」がある。
「親の背を見て子は育つ」
とは、よく言ったものだ。
 そういう、世の中の様々なことが、はやく穏やかになってほしいと、切に、本当に切に願う。
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障がい児だって、いろいろある

2020-04-30

Category :自分以外のこと

おはようございます。

今回もまたまた過去話です。


これを見る方のなかには、障がい児さんを
「天使」とか
「可愛い」とか
「いつも笑ってる」
とか。あるいは。
「よく何か叫んでる」とか
「意味不明な行動をする」
とか。
そんなように思う方もいるでしょう、ええ。
答えは
「人それぞれ」
です。
 なんてったって「人間」ですからね、笑。


今回は。
私の見た、たくさんの「兄たちの同級生」の特徴のご紹介をしてみようと思います。
 ほかの記事を読んでくださってる方は何となく知ってるかと思いますが。
 なにせわたくし。
小学校卒業くらいまでは、かなりの数で特別支援学校の年間行事の
文化祭、クリスマス会、運動会にお楽しみ会やら。
入学式とか卒業式にも行った覚えがあるし、確か授業参観にも、何度かついていってました。

特に、長男の友人関係はだいぶ知ってるかと。
(話だけ)


結論から言いますと。
上記の方々、全部いらっしゃいます。
「天使か」というくらい、いくら何されても「笑ってる」ような子もいます。
 機嫌の良い時は、うちの次男もよく笑っています。
 (しかし彼は、時には悪魔化もする)

唸ってるような声で返事をする子も。
なにかのタイミングで、「キィやー」みたく「叫んでる」子。
 ちょっと周りが目を離すと、すぐ迷い子化してしまうような、「気づくと居なくなりがち」な子も多くいて。
  その子によっては、先生が2、3人くらい付くことも。
 (支援学校では、だいたい一クラスに数人+補助の先生が付きます)


あと、いじわるをしてくる子もいましたね。
といっても。単純に、人のものを取っちゃうというような子もいれば。
 親の前では「いい子」で、同級生相手とかでは、いささか行動が強引な子とかも、実はいました。

 子ども同士で、ウマの合わない、相性の悪い相手。
逆に、とても気が合う、仲の良い相手もちゃんといたりします。

 なかには学校を卒業してからも、なんらかの行事やお祭りのときに会う方々もいますね、長男もそれに当てはまります。

 そうそう。いまや大人になった彼らも、中にはスマホを持ってる方もそう少なくないそうですね。長男の友人話や職場の話を聞いてると。


最初の通り、「障がい児、障がい者」と言えど。
本当に人それぞれで、かなり個人差があります。
知能面もあれば、身体的なこと、精神年齢など。

 寝たきりの状態の方のように、「見た目」で度合いが解る面もありますし、解るというひとにはそれこそ、相手の「顔と雰囲気」で、健常者か障がい者かが分かります。
逆に言えば、それが全然、分かりにくい方もたっくさんいるのです。
 うちの長男はぱっと見は分かりにくく、逆に次男はけっこう分かりやすいとこが多いですね。
 次男については、時には通りすがりの子どもからでも「?」な顔をされてます。

ただ、「性格面」だけで見れば案外、特別なことはないのでは、と私は思います。
 子どもっぽい、いわゆる無邪気なひと。(ちょっとテンションが高すぎる傾向)
落ち着いた、しっかりしたとか、大人っぽいひと。(ちょっと考えてることが読めない傾向)
 もちろん、嫌味っぽかったりいじわるなひともいますしね。
 あ、あと。皆さんやっぱり強いこだわりをお持ちの方が多いです。



自分は健常者だから、障がい者「には」優しくしないと、とか。
また逆に。障がい者だからって、調子に乗るな、とか。
そういうことを言えるのは、それを知っているひとです。よく知りもしないのに、周りに合わせて知ったかぶらないでいただきたい。
 
「どうせ健常者は」、「これだから障害者なんて」
となるので、どっちにも迷惑です。過剰な反応はお断りしたいです。


 とはいえ、これも私の個人的な気持ちなので、もっと違う考えを持つ方もそりゃいるでしょう。
今回は主に「発達障がい者」についてのお話でした。

以上です。ここまでおつき合いいただき、ありがとうございました。



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発達障がいのある子のご家族へ

2020-04-26

Category :自分以外のこと

こんにちは、お久しぶりです。
今回は、私の実体験のことをお話します。

私は、ずっと。

「家の中で、何かしらの役割を果たしてないと、いる意味がない」

そんな考えを、子どもの頃から少しずつ蓄積させていってまして。
 だからこそもあり。
幼いながら兄に対して、いろいろなことを試させてたんです。

床掃除、窓の掃除、洋服のボタンくぐり、お金の数え方、ひらがなの書き方、お皿拭き、缶の開け方、エスカレーターの乗り方、等々。
 とりあえず、
「これが出来ない」
となったことに対して、
「じゃあ、教えるからやってみようよ」

そんなことを繰り返してました、子どもの頃。
 けれど、今となっては頑張っても、それの半分くらいは覚えてはいないでしょう。
 それが、私のなかでは
「あれは意味がなかったのか」と、ちょっと落ち込む要素でした。

しかしちょっと前。
クリニックのカウンセリングの時に。
その時の話をして、役に立たなかったと言うと、先生はこう返してくれました。

「出来た出来ないがあっても、そのことで信頼関係が生まれたり、潜在意識にあったりして、何かしらの「成長」に繋がってるんだと思いますよ」

「役に立たないから居られない、ってことはないですよ」

 そう。
家で母と、特に父は、「どうせこの子には出来ない」
と、どこかやる前から諦めていたのを前にして。
「もしかしたら出来るかもしれない」
と、私のやれる限りのことをして。

「あ、この子でもこんなことができたんだ…!」

そう、母は驚いたそう。
だから、ちょっと自信を持ってもいいのかもしれないなあ、と。


発達障がいの子に対して、
「この子には何を教えても出来ないだろう」

…本当に、そう言いきれる?
まだ、なにもしていないのに?

確かに、向き不向きはあるでしょう。日常のなかで苦手とすることも多い。
でも、それは逆に。

「得意なこと」も、どこかにあるはずなんですよ。
探せばきっと。

やらせてみたら、バソコンが動かせる。
色鉛筆を持たせたら、独創的な色彩の絵を描いた。
実は、こちらが思っていたよりも足が速い。

 そういうこと、あるものですよ。
子どもの可能性を引き出すのは、そんな「ちょっと出来た」からはじまるものなのかな、と思います。

あと。一つの結果がどうなっても、その時点で「ほかのこと」まで諦めるのは、判断が早すぎると思います。

 そして、子どもにもよりますが。
「お世辞」は、どこかで見抜かれているものと思いましょう。
 
ちなみに、そんな私の、「やらせてみた」心境としては、
子ども時代→意外と出来たじゃん(飽きるの早いけど)
現在 →もうちょい出来そうなのに(諦めが早いなあ)

これは、兄二人とも共通です。


コロナウイルス、緊急事態宣伝で、お家にいるなかで。
 ちっちゃいことでいいので、「お願い」してみるのも、ありだと思います。心の余裕と相談で。

相手がノッてきたら、うまーく誘導してみてください。
私はよく、
「もうちょいだって! やってみればできるから!」
 と、過去にも今(余裕ありなら)にも、言
ってるんだと思いますね。笑
 余裕があれば。


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19. 考えるより感じろ

2020-02-22

Category :♦思うこと、感じたこと。

 今現代、人間にも様々な振り分けがされる。
 「健常者、障がい者」は、一番分かりやすいものではないだろうか。
 
 更にはその「障がい者」にも、ちゃんとした振り分けがある。
 身体障害者福祉法では、
「視覚障害」
「聴覚・平衡機能障害」
「音声・言語・そしゃく機能障害」
「肢体不自由」
「内臓機能などの疾患による内部障害」
 の5種類がある。

 そして。
 疾患名では、上げきれないほどに様々な疾患の名がある。
 ためしに調べると。

「アルツハイマー病」
「血管性認知症」
「レビー小体型認知症」
「せん妄」
「アルコール中毒」
「カフェイン中毒」
「麻薬中毒」
「統合失調症」
「うつ病」
「パニック障害」
「自閉症」
「アスペルガー症候群」
「PTSD」
「ADHD」
「双極性障害」
「強迫性障害」
「適応障害」
「解離性障害」
「摂食障害」
「睡眠障害」
「性同一性障害」
「知的障害」
「発達障害」
「チック障害」
「薬物中毒」
「依存症」
「アルコール依存症」
「ギャンブル依存症」
「パーソナリティー障害」
「ひきこもり」
「過食症」
「学習障害」
「器質性精神障害」
「急性ストレス障害」
「拒食症」
「自閉症スペクトラム障害」
「産褥精神病」
「術後精神病」
「症状性精神障害」
「心気症」
「前頭側頭型認知症」
「認知症」
「薬物依存症」
「離人症性障害」
「老年期うつ病」
「老年期精神病」
「トゥレット症候群」
「不安神経症」
「薬物依存」

 ……自分でも驚いた。こんなにあるとまでは。
 気になった項目は、是非ともご自分で確かめていただきたい。
そして、「きょうだい児」
 きょうだい児とは、障がいや病気をもった子の兄弟姉妹のことだ。


 さて、ここまできて何だが。
どの疾患を抱えていても、最終的には、「人間」であることに変わりはなくて。
 そこを、見誤ったり、忘れてはいけないような気がする。

完全な「平等」はできないのはわかる。けれども。
「困ってる人がいたら、手を差し伸べてあげましょう」
 学校で、そうは習わなかっただろうか。
「福祉」は、その延長線上にあるようにも思える。
 「落ち込んでるひとには、元気をあげましょう」
 スポーツも、その役割をどこまでか担っていると思う。


「この障がい者(ひと)には、どういう対応が良いのか」
 そんなことは、考えるより感じろ!
 当たって砕ける勢いでいいから、まずは相手と向き合うのだ。
 コミュニケーションなんて、そんなものだと思う。
 もしそれで、不快な思いをさせたら、素直に謝る。悪気はなかったのだと。
 
 そもそも。私たち人間は、いろんなことを考えすぎて、相手の種類を創りすぎている部分があるのではないか。
 それを「悪い」とは言わないが。
 
 眼で見て、耳で聞き、心で考えて、口で言葉にする。
 資料を見ただけでは、解らない世界が、そこにあるのだ。




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幼き日のなんとやら 開き直ってみたもんだ?

2020-01-13

Category :家族とのこと

こんにちは。
今回は、子供の頃のお話を。



「ひきつけ(発作)」「テグレトール(薬)」「トーキングエイド(言葉を鳴らす機械)」
「赤い手帳」「緑の手帳」「きたりょー」

これは、私が物心つく頃には覚えた言葉です。
意味までは、知りませんでしたけどね。

 それくらい、まあまあ兄達に関わってきましたよ、現在早24年。


当時、私の「発達障がい」についての知識なんて、なんとなくでした。
 言葉を話せない、あまり笑わない長男。
 自由すぎてよく意味のわからない話を、よくニコニコしながら話す、次男。

 よく、障がいに対してで「オープンな家庭」と「隠したがる家庭」とか、あると思うんですが。
 うちは、「オープンにならざるをえなくなった家庭」です。
 あ、次男がよく誰にでも(知らない人にも)挨拶をしていたのも要因かもしれませんね、笑


 そうそう。
我が家のご近所には、私の同級生があっちこっちにいらっしゃいまして。
 よく、近くの公園で男子が外遊びをしていました。


それを分かっての上で、小学校低~中学年の頃の私はよく、次男をその公園へ連れ出していました。理由は分かりません、なにせ遠い過去の記憶ですから。
 次男は、わりと明らかに「何か違う」という面を持ってます。目はキョロキョロ、頭もくるくると、あまりまっすぐ前を向くことはないです。

たぶん、私はその「何か違う」を、「恥」としてないんですね。
 それはたぶん、医療センターとか、養護学校(今でいう特別支援学校)で、もっとたくさんの、色んな障がい持ちの人たちを見てるから、でしょうね。

 もしかしたら、その「違う」を言ってくる人達に対して
「ああ、このひとはぜんぜんなんにも知らないんだな」
 と、ある意味「鼻高」な気持ちになっていたりもしたかもしれません。

よく「きょうだい児」は、障がい持ちの家族のことでいろいろとからかわれたり、虐められたり、とした話を、ネットでみますが。
 ……うーん?
「きょうだい児」としての、兄たちのことでは、それほど刺さる言葉を言われた記憶は不思議とないですね。薄っぺらすぎて、響いちゃこない。
(私の元々がいじめられっ子だからもある)

ああ、そうそう。

「お前の弟(次男はよく弟に間違われる)、変なやつだな!」
とか、何とかと言われたところで
「分かってる」
「だから、なに?」

と、ようは開き直ってた部分があるんですよ。
だってそりゃ、何も知らない子供からしたら、どうしても「変」なんですね。出会ったことのない類の人、なので。
 そこは、子供が悪いというよりは、大人たちの理解と教育の問題でしょう。


ただ、一度だけ。
いじめっ子が、次男に直接起こしたイタズラに、私は
「その場から逃げだす」
という、酷いことをしました。連れ出しておいて。

 その時には、思いました。
「どうして私は、立ち向かえなかったんだろう」
「兄は、ただ私に連れられただけなのに」
「どうして私は「こう」なんだろう」
「私は、酷い妹だ」

一瞬、思ったかも、分かりません。
「どうして兄は、「こう」なんだろう」
 その時、とても自分が「嫌な」人間のように思えて。とても、いろんな誰かに、申し訳なくて。

 そんなことがあっても。
いつものようにニコニコニヤニヤしてる、次男がいまして。
「待ってよ、あゆむー!」
 案外、そこに救われてる面もありますね。こちらが何をしても、そう簡単に嫌われることはない。

 その関係性は、今もほぼ変わるようなことはなく。
 ……いやいや、むしろ今の方が依存性は強い?
「ねえねえ、あーゆー」
「なにやだー」
「やだー?」
「やだー!」
「ヤなのね! あーゆ~! うふふっ」
 みたいな。


だからこそ成り立っているとも、言えますね。
 もはやワンコ、です。笑



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分かること、難しいこと

2020-01-11

Category :センターでのこと

お久しぶりです。
すっかり歳も明けちゃいましたね、ごめんなさい。

さてさて、今日は。
センターでの、とある一幕を。




センターには、兄たちよりほんのちょこっと上の年齢の「俺さん」がいます。
 行動が自由奔放すぎて、あちらこちらからクレームがくることもしばしば。
よく、話しかけているのか独り言なのかがわからない時もあり。
ただ、自分の思うままに動き、話しているため、そこに悪気はないんでしょう。
 クレームが多いからといって、皆から嫌われてるのかというと、それほどではないですし。

 そこに、とあるおばさんが話しかける、その一幕です。


「俺さん、大掃除はしましたか?」
「うん、おばあちゃんがしてた、お母さんもしてたよ」
「俺さんは?」
「え、してないよ」
「えー!? 私なんて、自分でしましたよ」
「あ、そうなんだ? 偉いね」


「じゃあ俺さん、自分のお部屋の掃除は、誰がするの?」
「おばあちゃんだよ!」
「え~!? 俺さんはやらないの?」
「やらないよ」
「えー! 私だったら、『 いいよ、おばあちゃん! やるからおばあちゃんは休んでて!』って、なりますよ!」


「つまり俺さんは、何もしなくて、おばあちゃんが全部やってるの~?」
「うん、そうだよ! やらなくていいって、言われてるんだ」
「え~~~~!」

(↑このやり取りで、だんだんおばさんに苦手意識を持ったから、できるだけ目をそらしてたのかも?)



という感じで。3番目のやり取りは4、5回繰り返してました。

思うんですが。
彼の性格的にも、お家の(想像の)状況的にも。
何かをやったらやったらで、おばあさん、お母さんの仕事が増えるんでしょう。たぶん。
 
「なんで、これがここにあるの! 置く場所が違うでしょ」
 「そこはもう掃除が終わってるのに、散らかさないで!」

そんな感じで、片付ける側からは二度手間になるんではないかと。
 そういうのって、頑張って覚えさせようとするパターンと、下手に動かすなと、何もさせないパターンととかが、ありますよね。その家庭によって。
 なかには、元々得意な人もいるんでしょうが、俺さんは面倒くさがりなので、不得意ですね。

彼は、やっぱり「自分ルール」みたいなものをもつので、1度なにか決め事をすると、それを曲げるのはなかなかに難しいのです。
 私のなかでは、発達障がいあるあるなんじゃないかな、と。


と、その2人のやり取り。
だんだんおばさんのほうにいくらかの「悪意」にも似たものを感じてくるようになるんですよ、同じ話を繰り返し聞いていると。

気持ちは分かります。ご自分は動いていたのに、彼は特になにも動いていなかった。
 でも、たぶん。
ちょっとでも、苦手意識とか「負の感情」を持った相手からの言葉って、あまり積極的に聞き入れようとは、思えないものですよね…。
 そしてなにより、彼は「とても頑固」です。そう簡単なお話ではないのです。


と。だんだん俺さん、のお隣さんもイライラしてきたのを感じたのもあり。
「そのくらいにしときましょうか」
 と、声をかけるんですが。(3回)
このおばさんも、なかなか引かない。

けっきょく、おばさんが帰る頃まで、その話は続いたのでした。

さて、と。私が帰るときには、ふと。
「その靴似合ってるね!」
なんて、突拍子もなく褒め言葉を言うあたりは、うちの兄にも似ています。そういう「憎めない」面もあるのですよね。笑



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生まれ順の、いいとこ取り??

2019-10-09

Category :自分のこと

お久しぶりです。

とある番組で、「長子、中間子、末っ子、一人っ子の特徴」についてをやっていて、思ったことです。

私の場合。
長子の特徴の「責任感が強い」と、学校の通知表に書かれ続けて。
中間子の特徴のように、周りの人の顔色をうかがったり。(立ち回りが上手いとは言えないけれど)
 でも稀に。末っ子の特徴のように、周りが驚くような行動をとることも。


 前に、流行ったじゃないですか。「〇〇の説明書」って、末っ子だとかの特徴を面白おかしく書かれた本。
あれ、私面白いくらい「末っ子の説明書」に当てはまる項目が少なかったんですよ。
 逆に。
「長男長女の説明書」に、
「あ~、わかるわかる」って、なってましたよ。

あれ、どちらかというと。
生まれ順より、育ち方でしょうよ。ええ。
 一人っ子以外がちょこちょこ当てはまる私がいるんですから。笑


以上です。
では皆様、良い一日を!


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令和初になっちゃいました

2019-08-29

Category :日々のこと

こんにちは、お久しぶりです。月凪です。

……ほんっとに、お久しぶりですよね。すいません💦
なんと、この記事が私にとって、年号が変わってから初めてのものとなりました。


 では、とりあえず近況報告としますね。

次男と私は今、皮膚科で薬を処方されています。
 次男は、肌の炎症に対して。
(それなりに良くなってきていて、後は少量の薬と、自然回復に任せる、との話)
 私のほうは、長年消えずにいた、頑固なニキビに対しての薬を。
 (経過は良いようですが、まだ消えてはいない)

 あと、次男のお風呂は、いつの間にか父任せに戻りました。
でもその結果、自発的に動こうという気持ちがなくなっていっています。服は裏返しのまま、靴下も丸まってたり。
 あれです、父は甘やかしすぎる所があるからですよね、きっと。
 ちなみに。父と長男に至っても、同じようなことになっているので、母の怒りもちょこちょこ爆発してたり……。



 さて。センターはセンターで。

ちょっと、この春夏で、トラブルもぼっ発です。
 あるおばさんが、どうにも思ったことを、深く考えずそのまま発言するのですが。
 それが、
年上の人に対しての言い方じゃない、とか。
「あの子はこうなのに、私はいけないの?」と、
本人の中での「自分と似てる人」と、自分を比べてきたり。(不快な比べられ方)

 「人懐っこい」を通り越し、誰にでもホイホイと付いてっちゃうとか。
「無邪気」というよりかは、礼儀や言葉選びが成ってない。
モンスターです。

そんなふうに、居る人いる人とトラブルになってを何度も何度も繰り返してるもので。
 その、最近の結果が。
「週に1回にしましょうか」

なんと、最大週5で来ていたのが、週3になり、それでも来る度に誰かとトラブルになったりしては、場の空気を悪くするもので。

 そういう経由があって、おばさんは、今は週1になりました。

で、そういうことがあって、何度もスタッフと問題があるたび面談してきていて。
 少しは変化が出てくるかと思いきや。

「あんまり変わっていないね」
 まったく、成長が見当たらない。
このままだと、その週1すら受け入れてもらえなくなるかも。
(すでに利用者の大半に呆れられている)

 結論! 人前で、嘘をついたり、人と比べて相手に嫌な思いをさせない! 「悪口」と思われるような話はしない!
(特に相手の前では)



さてさて。近況報告はこのくらいで。
何度も来てくださっていた方、ありがとうございます。いつもすいません。
 この次が、どのくらい後になるか。
私にもわかりません。1週間後かもしれない、来月かもしれない。うっかりクリスマス頃かもしれない。


 センターには、いろんな病気、障がいを持つ方がいて。
年代もバラバラなら、考え方も違うこともある。
いろいろ問題を起こす方がいれば。
実は……と、水面下で困られている方もいる。

 まだまだ、私には。学ぶことは沢山あります。

訪問、ありがとうございます。またよろしくお願いします。どうか、気長に待っていてくだされば、こんなありがたいことはないです。
 では、また。


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月凪家次男のお風呂事情

2019-03-15

Category :家族とのこと

こんにちは。ご無沙汰しております。


ちょっと困ったことがあります。
うちの兄は、たぶんどちらかというと乾燥肌だと思いますが。

1月の後半あたりから。
背中からはじまり、そのうち体全体にボツボツとした湿疹がでてきました。
それがあまりにも酷いので、今は皮膚科に通っています。お風呂の介助のヘルパーさんも、2月以降はお断りしてます。


 なにが悪くて、酷くなったかというと。
大まかに言えば「摩擦」だとのこと。
 ナイロンタオルで、背中をゴシゴシと…。
過去、力が付くようにと。ヘルパーさんに手を開いて閉じる「グーパー」の練習を取り入れてもらったのですが。
思いのほか、力が付きすぎてしまったのです。

その力で、これまたヘルパーさんに教えてもらった、やりやすい背中の洗い方をするものだから。

で、今。
昨年までは、父のやり方(+ヘルパー)でやっていたのですが。これがひどい。
脱いだ洋服の裏返しは直させず、呼ばれるまでは本を読む。(わざわざカッパを着るくせに)
「仕上げお願いします~!」
と言われて、やっと動く。それまでは本を読んでます。

先生からは
「ナイロンタオルはやめて、手で洗ってください」
と言われているのを、「ナイロンタオル」にばかり反応してて。
 でも、手ではなくて、普通のタオルで洗うんです、父は。
そんななので、しばらくは私がこんにゃくスポンジで洗ってます。


今日、皮膚科にてふたたび診察を受けましたところで、先生から
「これは、完治までには半年~1年はかかりますよ」とのことです。

先はまだまだ、長そうです。苦笑


PS.
もう1ヶ月以上前からのことなので、兄のお風呂の介助もだいぶ慣れてきましたよ!
裸足になるのが必須条件ですけどね。


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私の中の「当たり前」は

2019-01-17

Category :日々のこと

こんにちは。
今年もよろしくお願いします。



 それは、ある日の母との会話から。
きっかけの話は、なんだったのか忘れてしまったんですが。

人の中には。オリンピック選手になって、競えるくらいに運動神経が良いひともいる。
でも、反対に。カーターや杖がないとおぼつかない歩きのひともいるし。
小さな子どもでも、車椅子を必要とする子もいる。


音に過敏になったり、つい乗り物の発車音に大きな声で反応してしまうのは、なにも子供だけではない。
大の大人でも、スーパーで買ってほしいものがあれば、
それがほしくて愚図るひともいる。
 泣きだせば、ほかの家のひとは驚くし、子供の中にはつられ泣きしてしまう子もいるものだ。
 あと、ぬいぐるみを抱えている大人も、時にはいるだろう。 

きっとほかにも色々あるけれど。
それらは、私にとっては、さして驚くことではない。「慣れ」というよりは。それも、「人混みの中の一点」という感じ。
「ああ、これだけ人がいれば、いるものだよね、ちょっとあそこの人パニックになっていそう」


そういう環境を、母と話した時に
「それも、人の中にはいるものでしょ。当たり前だよ」
 そう言うと、こんな風に返された。
「あなたは、兄弟がこんなだから、その分そう思うのかもしれないけどね。世間はそんなに甘くないの」

……こういう面では、いつもそうだ。
「私の中での当たり前」を、大人たちはよく否定する。

「こういうひとも、当たり前に居る」のと
「あの人は、こんなにも辛い思いをしている」
は、同じ類の感情ではない。
けれど、私の伝え方がいけないのか、
 「あのこは、一生懸命に生きているのよ? すごいことでしょう? それが見て分からないの?」
そんな目を、向けられる。

――なら、みんなで同じことを言って、そのひとの「同じ部分」ばかりをもてはやすの?
 ……まるで、生きる人形ね。つまらない。

「すごいことでしょう?」と思うくらいなら、もっとほかの部分にだって、眼を向けてみたら?

 そういえばと、例えばよく見てみれば。
「あれ、この前まで洋服の裏返し直すの嫌がってたのに、今日はちゃんと直してる…!」
 ↑これは、我が家ではまだ達成出来てないけれど。


「当たり前」というのは、「それ」が、今ではちゃんと定着している、ということ。
 なら、良い当たり前なら、どんどんそれが増えていけば言い、と思う。


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「クリスマス会」は大忙し

2018-12-27

Category :センターでのこと

こんにちは。

ここ最近、更新しなかったですね、すいません。
今回は、ちょっと忙しかったものでして。

この前センターで、全部所が混合のクリスマス会をしました。
 その際、初めて実行委員をしたのです。

今年は、うちをセンターC。ほか、AとBとしますとして。
うちでは、とある方々で「けん玉ショー」を。15分間ほど。
…ええ、けん玉で15分。長いので、当日は合いの手を入れるつもりだったのですが。
 マイクのON/OFFを、offになっていたのに、なかなか気付きませんでした。
 それでも、時おり拍手がわき起こったので、「成功」でいいのでしょう。


もう1つは、私ととある方々3人で、「紙芝居」という名の、紙人形劇のようなものを。
絵の1部以外、お話やらセットやら。我ながらひとりでいろいろ考え作りました。
 当日の読み上げは、一応3人で。そのうちの2種類の声は私が。
 こちらは、私としては失敗なのか成功なのかが、イマイチ自信がないですが、「終わりよければすべてよし」として、たぶん成功だと思うことにします。苦笑


ここからは裏事情を。
今回、職員さんがほとんど関わってないです。
けん玉の構成、曲決め、参加者紹介等。
 提案したり、急かしたり、任されたり。
 私は、たぶん去年以上に疲れました。

紙芝居も言わずもがな、といいますか。
とくに、セリフの練習をしようとしても、片方の方が
「作業やりたい」
と言い、なかなかやる気になってくれず。
とても、扱いに困った部分がありました。
 いえだって、ヘタに圧をかければ、
「月凪さんが怖い…」と、言われてしまいます。落ち込まれては、練習どころではありません。
 
そんな方なので。私だけでもなく、職員さんですら少々手を焼いている様子。
 (自分でやると言ったのだから、もう少し責任を持ってほしい)



あとですね、クリスマス会での、席決めについて。
これこそ、ホントの裏事情ですね。
 毎回、全部の人たちをシャッフルした席になります。なので、座ってみるまで隣近所が知ってるひとなのか、同じセンターのひとなのかは分かりません。
 しかし、今回。私は職員さんからの相談のもと、とある「イカサマ」をしました。
 

ふたり、ちょっと気がかりだった方々がいました。
 ひとりは、本登録してから日の浅い、まだまだセンターC内でも周りと打ち解けてない方。

 ひとりは、いまは別の場所で働いているので、久しぶりに来たはいいものの、極度の緊張型の人。その場に慣れるには、多少時間がかかる方。
 (居たころと、若干メンバーが変わっているため、更に緊張していた)
どちらも、思いっきり人見知りさんです。(私には慣れてくれたらしい)←嬉しい限りです。

片方は、なにやらご指名だったらしく?
私を含めたその3人、同じテーブルになりました。
 知ると「不公平だ」と言う方もいると思うので、と、ひっそりこっそりと。
 いえだって、せっかく参加したのに、話せる相手もいない、緊張する、なんて。
そんなの、なんというか。もったいないじゃないですか。

とはいえ。私がその席に、落ち着いて座れたのは、出し物が全部終わって、プレゼント交換(1番最後)あたりなので、話せた時間はそれほどではないですが。
 でもたぶん、「いる」と「いない」とで、だいぶ違うんではないかと思います。(ホントにたぶん)

……本当に、忙しいけど。まあやったかいはありました。


 さてさて。皆さんは、どんなクリスマスでしたか?
 なんだかんだと、無事終わったことにひと安心です。笑
ではでは。



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忙しくても「誕生日」は欠かしたくない

2018-11-24

Category :日々のこと

こんにちは。

最近は、高校の友人ともあまり会う機会が少なくなってきている今日この頃。
LINEですら、それほど頻繁にやり取りはしていません。

あまり遅くまで外にいると、家族に心配やら迷惑やらをかけてしまうようなのと。個人的にも夜は家でまったりしたいという気持ちがありまして。

あとは。薬がある分、アルコールは出来るだけ避けるようにとのことですから。飲み会もそこまで積極的にはならないです。



昼は昼で。
今のところは、センターにいくのも楽しみの一つです。
それに年末は、この時期限定の仕事も入るので、ちょっと?それなりに?けっこう?慌ただしいんですよ。
↑ちゃんと納期までにやり終えるのを目標に
(でもうちのセンターは一応、作業メインではない)

「作業」は、それぞれ個人に出来る部分をやるのですが。私は今では「難しいほう」の作業を任されることが多いです。

更に言うと。「お試し」として、まだ登録はしてないけど来てる方々が今、多いので。
ちょいと定員オーバーになるような日も。


そんなこんなで。
うっかりすると遠のいてしまうかとも思うくらい、グループLINEではあまり多くの会話はないです。
  
  さて、ここで本題です(前置きが長い)

高校の友人の、誕生日。
ある時、携帯のアドレスのところに相手の誕生日を登録したり、手帳にメモをしてみたり。
 そのおかげもあり、同級生の女の子は全員分、毎年LINEでだけでもと、出来る限りその日にグループLINEでお祝いしてます。

なかには、グループから抜けた子もいますが、そしたらば、個人でお祝いして。
とても驚かれることもありながら、やっぱり嬉しそうに祝われてくれます。笑

誰かに何も言わなくても。前触れなく
「おめでとう!」
と、お祝いされるのって、どんなに大人になっても「覚えてくれていた」というのは、やっぱり嬉しいものかと思います。

皆さんも。
そういう相手がいて、祝いを伝えようかと迷ってるなら。
ぜひぜひ、サプライズに言葉だけでもいいと思うので、祝ってあげてはいかがでしょうか?




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プロフィール

月凪あゆむ

Author:月凪あゆむ
現在は、エッセイ「思うこと、感じたこと。」が一番続いてます。(でも不定期)

二人、兄がいますが。二人とも知的発達障がい者です。年齢的にはいい大人ですが、脳年齢的には子どもです。私は「統合失調症」という精神疾患の持ち主となりました。
よろしくお願いします。

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