FC2ブログ

2021-04

7. 運動会の珍百景

2021-01-19

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 それは、旭と悠也の通っている特別支援学校での、運動会にて。


 運動会というのは。子どもたちの特性が出やすいイベントだ。
 真陽がまだ小学生以下時。旭、悠也は小学2、3年生としよう。そして、走る項目があったとしよう。
 そういう時には、二人は互いが真逆の行動をする。
 旭は、普段通りなら比較的速く走れる。だが、家族の、特に母親を見つけると、途端に走る速度が下がる。いっそ徒競走のごとくだ。

 反対に、悠也はというと。
 甘えん坊な悠也は、家族の、こちらも特に母親を見つけると。
 ――走りだす、しかも七瀬に向かって一直線に。
 そんなものだから、その時になると、家族はどこか、または誰かの後ろにでも、隠れなくてはならなくなるのだ。


 ちなみに、真陽はというと。
 彼女は、そういう時に限って、よく転んでいる。大抵は慣れっこのため、すぐに起き上がって再び走りだす。
 その後に、友人に説得されて、渋々と保健室へと。


 ――拝啓、自分の足と兄たちへ。
 なぜ、ああいう時に私は転ぶかな。
 で。なんで二人は、あそこまで真逆の行動をするの。
 見ている方からすると、面白いのかもしれないけど、母さんは特に、大変だな。




いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

6. 「やってみようよ」

2021-01-18

Category :♦思うこと、感じたこと。

 真陽は、小さい頃からなんでも自分でやろうとする子どもだった。
 それは何故か。
 本人としては、
「人の手を煩わせたくない」
という気持ちが強い。
 幼稚園でも。年中か年長生でもう、母からひもゴムをぶんどって、自分でツインテールにしていた。
 後に聞いた話で。
 赤子の頃から、はいはいやら、つかみ立ちなどの行動の成長が早かったとか。
 まあ、旭と悠也と比べれば、当然とも言えるが。

 直接的な理由として。
 母、七瀬の苦悩を近くで見ていたのが大きい。毎日のように、小言を言われる日々。
 七瀬が悪いわけではないけれど、「責任」として。旭のこと、悠也のこと。

 特に、本当に小さい頃に、目に見えて手のかかる子だったのは、悠也だった。
 いったい、いくつになれば朝、布団が濡れている事が無くなるのか。
 もう、毎日が七瀬にとっては戦争だ。
 だから。
 真陽は一歩、また一歩と、母から離れた。そうしながら。
 悠也相手には、様々なことをやらせてみた。
 窓拭きや、洗濯物のたたみ方に、自分で服を脱ぎ着することも。
 真陽がひらがなを覚えれば、それを悠也にも教えてみたり。
 いつもそれは、
「一緒にやろうよ!」
から始まっていた。
 
 真陽は、悠也が、その気になる「テンション」をなんとなく掴んでいる。
(自覚はまだなかったが)
 だから、大人たちがどれだけ誘っても動かないことでも、真陽の呼びかけになら、簡単に乗っかることも多かった。
 そこには、彼女なりの「闘志」が込められている。

 大人たちは、悠也に対してのことを
「どうせそんなの出来ない」
 そう思っているのが、透けて視えるのだ。
 それが。
 その「諦められた」眼差しが、真陽はとてつもなく、嫌だった。
 だから。
 そんなことないんだ。
 やれば。やってみれば、もしかしたら。
 ヘタかもしれない。合格点には程遠いかもしれないけど。それでも。
 「何にもできない」なんてことはないんだよ。

 それを、その身で表現したかった。
 まだ、その当時は「障がい」がどんなものかも、よく分かっていない。
 でも。あきらめて、全部任せることが。
 本当に、悠也のためなのか。


 もしかしたら。
 その「正解」はないのかもしれない、とさえ思う。
 
 本当に「正解」は一つだけなのだろうか。
 
 いや、そうとも言いきれないはずだ。
 ……まあ、その頃の真陽がそんな深いところまで考えを巡らせていたかといえば、それほどでもないけれど。


 ――拝啓、身近な大人のひとたちへ。
 あさも、ゆうも。
 大人たちが「出来ない」って言うから、ほんとに出来なくされているんじゃないの?
 「やってみること」は。
 確かに教えるのはちょっと疲れる。でも、何でもかんでもこっちがやるのが、二人のため、なのかな。
 私は、そうじゃないと思う。
 ……本当に、「何が良いか」なんて、私も知らない。
 でも、本人がやる気になるなら。それは価値になる。
 やってみても、悪くはないと思うんだ。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

5. 破壊魔の襲来

2021-01-18

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 長男、旭は。ある頃からどのくらいか、よく物を壊していた。

 一番初めは、なんだったろうか。
 そう、確かベランダからおもちゃや絵本を落とすことから始まり。
 (悠也はそれを見て、ケタケタと笑っていた)
 家の中のガラス戸のガラスを、一枚、また一枚と割っていく。
 一番困ったろうと思うのは、テレビだった。
 壊されて、新しく買って。それをまた壊されて。
 そんな事もあって。家に一台もテレビがなかったという時もあった。
 大切なものも、たくさん壊していった。
 おそらく、その最たるは。七瀬と雅司の結婚式のテープだと思う。
 ビリビリの粉々にされたらしく。それはもう、何があっても取り戻すことは出来ないであろうものたち。
 もちろん、真陽は一度も見た事も聞いた事もない。今はもう生きていない人達の肉声や、歌声は聴きたかったと思っても、それは叶わないだろう。


 そんな旭に対して、真陽は「恐怖」を感じていた。その頃はとてもじゃないが、彼を「お兄ちゃん」なんて呼ぶ勇気はなかった。
 むしろ、どう呼ぶのが正しいのかがわからなかったくらいだ。
 その頃の真陽からすれば、旭は「こわい人」というのが、一番気持ちに正直な形だった。
 
 まさか、「今」のように、ごく普通に彼を「あさ」と呼ぶ日がくるとは。
 そして話を聞いたり、時に厳しい言葉を放つような日も、その頃は想像出来なかった。

 ――拝啓、兄へ。
 どうして、そんなに物を壊して、暴れて、意地悪もして。
 あなたは、どうしたいの?
 まだ、今は怖いとしか思えないけれど。
 ――いつか。
 それが解る日がくるのかな。
 その時、私たちはどんな風に話しているんだろう。
 まだまだ、今は出来そうにはないけど。
 いつか、本当にいつか。
 「今」のことを、「そんなこともあったね」なんて、笑えるような日が、……いやいや。笑い事でもないけど。
 もうちょっとでも、打ち解けるといいかな。




いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

3. 涙の誓い

2021-01-18

Category :♦アリアへ捧げる終わりの唄

 子どもは、その瞳いっぱいに涙をためて、縋っていた。その目に映るのは、力のない笑みを浮かべる女性。
「……っ。お母さま、死なないで……! 私だけ、置いていかないでっ……!」
 城下町育ちで、王の妃となった彼女は、敵が多い。毒を盛られることなど、よくあること。
 けれどその日は、毒に高度な魔法がかかっていたためか、誰もそれに気づくことはなかった。
 女性の夫ーーこの国の王が、敵と相討ちとなり、亡くなってから、その日で一年の月日が流れた。
 その一年の間に、王妃とその子どもの敵は、格段に増えた。誰が味方なのかもわからなくなってくるほどに。
「……ごめん……さい、ルナ。最近、泣か…‥て、ばかり、で……」
 たどたどしい声は、今にも途切れてしまいそうで。
「いや、いや、お母さま……! 置いていかないで。一人に、しないでっ……」
「いや……ね、一人じゃな……いでしょう? ……ダン、が帰ってきたら、あなたたちは……負け無し、じゃないの?」
 かつて、弟が言っていた言葉。
 弟は、「外の世界が見たい」と、国から離れた身だ。どこにいるのか、そもそも生きているのかも、確かではない。
「だって、そんなの……。帰ってくるか、わからないのに」
 そう言うと、彼女はどこか楽しげに、笑みを浮かべた。
「大丈夫……よ。あい…つが、ちゃんと見守って、るわ。あなただって、知ってる……でしょ? あの子が図太い、のは……」
「……あいつ?」
「………………」 
その問いに、彼女が答えることなく、――唐突に、別れが訪れたのだった。
 最後は苦しかったはずなのに、彼女はほのかに、笑みを浮かべていた。
 その時、ルナはあることを胸に誓った。
 ――強い風が吹いていた、秋の終わりのできごとだった。





いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

2. 神話の王国

2021-01-17

Category :♦アリアへ捧げる終わりの唄

 神話の終わりの、別れた四つの大陸は、七千年の時のうちに、大陸ごとに、それぞれ発展を遂げた。
 そのうちの一つは、北の果てに。
 東西南北の、北の地は、極寒の地なり。なれば、人間が生きられる地は、限られる。
 限られた土地で、二つの国が発展を遂げた。
 今回の物語の舞台は、北の果ての果てにありし、レファリス王国。
 主は、夜空の姫君と、闇色の風使い。そして、彼女らを守護する者らの――終わりと、再生の物話。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

1, 楽園の崩壊

2021-01-17

Category :♦アリアへ捧げる終わりの唄

 その昔、この世界は、たった一つの大きな大陸だった。
 名を、プロエレスフィ。ギリシア語――この世界の、古代語と呼ばれる言葉で「原書」を意味する。
 四つの国々が、それぞれ協力し合い、まるで楽園のような世界を築いていた。
 けれど、楽園の崩壊までの時間は、それほどかからなかった。
 平和な世界は、人々の心の「闇」を呼び覚まし、その闇はやがて形をとり、いつしか自分らの世界をつくろうと、様々な種族や、精霊と対立するようになった。
 種はすぐに育ち、争いを招いた。
 その争いのうちに、今まで協力しあっていたはずの人間と精霊との、その関係に変化が訪れた。
 古代の人間には、精霊と心を通わせる能力が、誰にでも、生まれつきに備わっていた。
 彼らは、一人の精霊と契約をし、精霊の持つ力を借りる代わりに、契約した精霊の命を守るという義務を持つ。そして、精霊の力を借り、彼らとともに働く者らを「能力使い」と、人々は呼んでいた。
 それが今では、強い力を持つ精霊ほど人を毛嫌いし、力の弱い精霊は、人に使役されることでしか長く生きられない。
 そして人々は、精霊と戯れることを忘れ、その瞳に映すこともできない者が増えていった。
 そして、精霊を使役する者らは「魔法使い」と、そう呼ばれるようになった。
 神聖動物と呼ばれる、光を纏いし動物や、エルフにドワーフなどの種族は、どこか人間を見下すようになった。
 ――楽園は、混沌の世と化した。


 神々に、決断の時が迫る。
 この世界には、大きく分けて三体の神がいる。
 大地と海を司りしは、――終焉の王竜。
 空と天候を司りしは、――黎明の神鳥。
 精霊の森を守護し、精霊達の長を務めるは、――幻妖の精霊王。
 迫る決断は、終焉か、はたまた黎明か。

 ――そして世界は、四つに別れた。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

埋もれかけた物語

2021-01-17

Category :♦アリアへ捧げる終わりの唄

あらすじ

――全ての紐解きは、ここから始まるのだ。
「原書」の名のもとに繰り広げられてきた、神話の物語の。
 これは、世界が四つに別れた後の、七千年経った頃。それぞれの大陸ごとが、繋がる前の、物語。

 はじめの国は、レファリス王国にて。
 この地に潜む「アリア」たちの。
 ――そこに迫るは、終焉と、黎明か――。
 さあ、試されし風使いよ。
 今こそ、夜空の少女の手を引く時が来たれり。
 決断の時まで、彼の者を導かん――。


まだ10代の頃に創った話なので、生かされてない、謎の設定とかもありますが、ご容赦を。




いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

25. 「知らない」で済まされては困ること

2021-01-17

Category :♦思うこと、感じたこと。

つくづく、人間というのは視野が狭い生きものだと思う。私もそうだ。
 自分にとって未知の領域に対して、単純に疑問に思う者もいれば、怖気付く者、無関心を貫く者もいる。いや、大抵は興味なんて持たないのか。
 「解らない」からと、「見たことがない」と、反発する者もいるのだろう。

 身体も心も、たったひとつだけなのだ。
 そんなに簡単に、この世の中にある「全て」をその身で感じることは難しいとも思う。
 テレビや新聞、雑誌等の中の項目で。
 「政治、経済、国際、学問、福祉、心理、生命、芸能、音楽」とかの項目があったとして。
 音楽家が、例えば「ウミガメがどうして、誰のせいで絶滅危惧種に指定されているのか」を、魂込めて熱ーく語る番組だとか。少なくとも私は見たことはない。
 ――そう。
 人というのは、得意不得意があるのと同じ様に。
 熱の入るものと、それほどでないもの、いっそまったく、興味のないもの。
 そういうものがあるのは、当然っちゃ当然なのだろう。
 
 でも。その物事の「当事者」にとっては、「知らないで済まされては困る事」もある。
 例えば。怪我をした人への正しい応急処置が、どれほどありがたいのか。
 「自分は他人だから」と、救急車すら呼ばずに素通りされるのが、どれほど恨めしく感じられるのか。



 100歩譲って、誰よりも積極的になれ。とまでは言わない。
 でも、誰一人とも声をかけなかったから。誰も何も行動を起こさなかったから。
 それで怪我人の容体が急変して、呼吸が止まって。最悪の場合に、死に至る。
 それは、一体誰が、何がいけなかったのか。

 時には、勇気をだしてほしい。自分ひとりが怖ければ、知らない人相手でも巻き込めばいい。それか、いっそ交通機関を頼るのもいいだろう。

 「日本人は、優しい」
 それは、あくまでも「比べると」だと思う。
 世の中、日本人だって優しいひとばかりじゃない。
 いざ、その窮地に自分がなると、「なんて、人は冷たいんだ」と思うかもしれない。
 もちろん、「ああ、こんなにも優しいひとがいるものなのか」という体験もあるかもしれない。

 「ひとから感謝されたいから」
 「自分に救える何かがあるなら」

 偽善だと、言われるかもしれない。
 でも、私はそれが「悪いこと」だとは思わない。
 「夢」というのは、時に誰かを見て、その人のようになりたい、という気持ちから出てくることも多いはずだ。
 世の中にある「表と裏」の、どちらにも好かれたい、なんて。とても難しいことなんだと思う。

 大切なのは、自分の想いだ。それに問いかけて、行動を起こすこと。
 誰に何を言われようと、それは出来るだけ、無くさないようにしたい。




いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

24. その手をとること

2021-01-16

Category :♦思うこと、感じたこと。

「戦争なんてない方がいい」
「自分たちの平和のためには、戦争も仕方ない」

 とても残念なことに、世界には自国の平和のために、あるいは立場を優位にするために、戦争をしている国は、いくつもある。

 もっと残念なことに、戦争に勝つことで平穏を得た、と言うひともいる。事実、そういう国もある。
 「どんな」国とも、仲良く手を繋いで、共に歩く。
 それは、とても難しいのだろう。
 でもだからといって。
 意見が違うことで、武器を持って、血を流す。
 極端だ。
 手を取れないなら、いっそ下手に関わることもないような気がする。

「あいつとはそりが合いそうもない。少し距離感を考えよう」
 人間関係には、そういうこともあるものだ。

 よく、ひとは「勝ち負け」を気にするけれど。
 戦争で、自国の勝利のためだけに、大切なひとの声に耳を傾けることもしないのか。
 大切なひとのために、勝ち負けにこだわるのをやめるのか。
 民の犠牲の上の勝利に、さほどの拍手はあるのか。どころか、恨まれるのを覚悟しなければいけない。
 犠牲のない負けに、憤る者もなかにはいることだろう。でも、だいたいの一般人にとって、大切なひとの命より、優先するものはなんだろう。

 もちろん、国同士の「勝ち負け」は、そんな単純な話ではないのも、さすがに分かる。
 でも、そこで「戦うのは仕方ない」と諦めては、なんの道も開けない。
 
 どれだけ有能な人間でも、後についてくる者や、味方になる者が一人でもいなければ、意味はあるだろうか。
 能が無いと言われても、背中を預ける相手や、支える者がいれば、志しは高くいられる気がする。

 それは、歴史を動かしていた偉人たちが証明してくれているのではないかと思う。

 ――8月14日。
 夢をみた。銃で2発、撃たれる夢。
 凄く、印象に残っていたのは。
 「熱い」
 「痛み」よりも熱量を感じた。
 ひたすら、怖かった。
 どこまで本当の感覚なのかは分からないけれど。
 実際には、そんな経験はしていない。しなくて良い。したいとも思わない。
そんな世の中にする為に、しなくてはいけないことがあるのだろう。

 でもきっと、それは独りで出来ることではないから。たくさんの人と人とが、助け合い支え合い、初めてできることなんだ。
 「ひとは、独りでは生きていけない」
 それは、色んな意味で本当のことなんだろう。
 綺麗事だと言われても、それの何が悪い?
 ひとは理想や夢を持つから、頑張れることもある。
 ひとは、なんだかんだ言っても、綺麗が好きな生き物なんだと思う。
 ただ、「綺麗」の定義はそれぞれ違うのが、当たり前なのも忘れてはならない。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

23. ことばの綾

2021-01-16

Category :♦思うこと、感じたこと。

 ひとの言語は、本当に難しいと思う。たった1文字違うだけでも、まったく違う意味になることも多い。更には、同じ言葉でも、違う意味になることもある。

「障がいを持つひとがいなくなればいい」

 そう言うと、大抵の人間は「障がい者を否定する言葉」だと感じるかと思う。
 でも、これには語弊がある。

 例えば、夫婦の間に新たな家族が宿るときに
「元気に、健康に産まれてきてほしいね」
 それと、意味合いは一緒だ。


 障がい児として生まれることで、一般的な「ふつう」ではない経験を積むのは、本人も、その周りもだろう。良くもなるかもしれないし、悪い時もあるかもしれない。

 どんなひとも、どんな生き物も、健康に越したことはない。
 「障がい」というのは。何かしら、誰かしらの葛藤を生むものだと思う。
 それは同時に、「健康」は当たり前などではないことも指す。

 けれどひとのチカラで、意図的に障がい児を無くすのは、きっとできない。
 それはもう、「生命の神秘」とか「神の領域」とかいうやつかもしれない。

 だからきっと。
「健康が一番だよ」
 その言葉に、偽りはないけれど。
「日常は当たり前ではない」のも、偽りの無い言葉だろう。

「当たり前ではない」、「いつかはそうなる」

 ひとの考え方は、千差万別だ。ともに、単純明快とは言えないし、複雑怪奇なのかというと、そうとも言いきれない。

 こんな風に書いているけれど。
 私は決して、障がい者を否定したいのでも、障がい者だからと、贔屓したいのとかでもなくて。
 だからといって、障がい者「だから」誰でも無条件に「善」だとは限らないとも思うし、その誰もが、特別扱いをしてほしいと思っている人ばかりでもない。
 そのあたりは、本人の性格も大きく関係すると思う。

 「この子は一生、歩くことは出来ないだろう」
 産まれてすぐ、そう言われたけれど、一生懸命練習したら、歩けるようになった。

 「この子は、言葉を発することはおそらくないでしょう」
 だったらなんだ。「声」がダメでも「手足」や「文字」がある。それを「不便」と言ってしまっては、私たちはなにも出来ないじゃないか。

「生まれつきの難病で、平均は13歳前後くらいまでしか、生きることはないらしい」
 その難病の少女は、17歳まで生きた。彼女はひとに、自分のことを「不幸」だとは言わなかったらしい。


 歳をとれば。何かのきっかけさえあらば。
 肩が上がらない。――四十肩だ。
 腰を打った。――椎間板ヘルニアのようだ。
 心臓が締め付けられる。――がんと診断された。

 それらは、「違う」と言われれば、そうなのかもしれない。しかし、それぞれに「同じ」ことがある。
 ――そのひとひとりの、「替わり」はいない。
1が2と違うのは、ある意味「当たり前」なのだ。
 仕事に関してだとかの、役職の「代え」は、案外すぐ埋まることもある。

 たった1人といない「替わり」と探せばいることも多い「代え」
 おそらく、ひとにより漢字の意味の受け取り方にも、違いがあるとも思う。漢字には、同じ字で、違う意味を持つものも、その逆もとても多い。
 どこまでが正解なのか。


 ――言葉というのは、糸だ。
 私たちは、いろんな角度から、おのおのが、それの綾とりをしているようなものなのだろう。
 
 それははたして、絡ませるためなのか、解くためなのか。
 こたえは、一つとは限らない。だから、言葉というのは面白い。
 ――ただし。
 剣となり、傷を与えることもあれば、効果絶大な特効薬にもなれるのだ。
 使い方には、十分に気をつけなければいけない。
 ――さあ、今日も言葉の綾とりをしよう。傷つけるためではなく、理解をするために。


いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

4. ママと呼んだ日

2020-10-07

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 次男、悠也は幼い頃は。
「バナナは何色?」
 と聞かれても。大抵、正解の答えにはならなかった。
 だから、旭以上に
「これは黄色」
とか、
「この形はさんかく」、「目はどこ? 口はどこ?」
 そんな練習をしに、病院へ通い続けた。
 その中でも、一番の難関が
「歩くこと」だった。

 悠也は、生まれた時には「超」のつく未熟児だった。
 医師からは
「彼は一生、歩くことはないでしょう」
 それは、どん底に突き落とされたようなものだったろう。
 しかし、七瀬はそこで諦めなかった。
 七瀬の母、久絵の協力のもと、歩行訓練が成された。久絵は、毎日のように音無家へと通い続けた。彼女が旭のことを見ている間に、七瀬は悠也を連れて病院へと。
 それは、長い時を有した。
 しかしそれは。旭と七瀬の時間があまり設けられなかったことも指す。
 そんな、ある日に。


 いつも通り、七瀬の実家から旭を迎えに行った時のこと。
 その日はなぜか、家へ帰ることを旭がぐずった。
 言葉は出ず、首を振ってイヤイヤと主張する旭に、悠也のことで多少疲れもあった七瀬は。
「……わかったよ。また明日、迎えにくるから」
 旭が思っていたよりも、あっさりとした返答なのだった。
 改札を抜けて、去っていく母と弟の背中。
 その時、ふと旭は言葉を紡いだ。
 ――ママ、と。
 おそらく、その言葉は最初で最後だったろう。
 その切なさの残る声を聞いたのは、七瀬でも悠也でもなく、久絵ただ一人だった。

 それ以降、旭が言葉をちゃんと話したのを、少なくとも真陽は一度も聞いたことはない。

 子どもの頃、「寂しい」と思ったことがあるのは、なにも真陽だけでもなかったのだと、ふと気づく。
 きっと一生。
 七瀬の耳に「ママ」という、旭の声が届けられることは、無いのだろう。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

3. 兄妹3人、 川の字に眠る

2020-10-01

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 真陽がまだ産まれていなかった頃。
 旭と悠也は、あまりテレビアニメや子ども向け番組に、興味を持っていなかった。
 それが。
 真陽が生まれ、そういうものを見るようになってから、だんだん変わっていったとか。
 今では、真陽などよりずっと熱心に見ている。不思議なものだ。

 旭と悠也は、いわゆる「年子」だ。
 二人と真陽では、歳が片手の指の数ほどは離れている。
 
 「妹」という存在は、両親やその周りが思う以上に、二人に大きな影響を与えていた。
 長男、旭は彼女を、わりとちゃんと「妹」なのだというのを認識している。
 しかし、次男の悠也は。どちらかというと「珍しいおもちゃ」のような感覚に近いのかもしれなかった。うっかりすると、ベビーベッドから落としかねない。
 そんな、「妹の危機」に立ち上がるのは、意外にも旭だった。
 悠也がちょっかいをかけようとすれば、出ない声を頑張って張り、弟を威嚇して。
 真陽が「はいはい」をできるようになれば。
 彼女の進行方向にある、ありとあらゆる「敵」となるもの。例えば、悠也本人だとかも。
 それはもう、一生懸命に体を張って。
 まるで、彼なりに
「自分がこの子を守らねば!」
 という程のものだった。


 そのうち。
 なんとなく、悠也も真陽という「人間の赤ちゃん」を、恐らくは認識したのだろう。
 真陽が先か、悠也が先か。
 二人がごろりと、布団で寝転び。そのうちにスヤスヤと寝息をたてる。
 するとそこに、旭がやって来る。そして。

 文字通りの「川の字」になって、三人で眠る。

 そんな事が、わりと日常的だったとか。
 ……今となっては、昔の話。




いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

2. 障がいがあること

2020-10-01

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

関連記事

1. 音無家の3兄妹

2020-09-28

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

 音無家は基本、「早寝早起き」を地で行く家だ。
 大抵は、母の七瀬か末っ子の真陽が一番に動きだす。その後、父雅司と次男悠也が。とびきり朝を苦手としている長男の旭は、毎回一番最後だ。
 しかし。
 一番に家を出て行くのは、旭だ。もちろん、仕事のため。
 彼は、昔から動物を苦手としている。
 そのためもあってか、家の近所の犬の吠える声が聞こえない道を歩く。そのため、時々妹に先を越される日も、あったりなかったり。
 その後に、次男の悠也がバスの送迎を使い、彼も半日は仕事場へ。
 真陽が高校生のころは、兄妹の中では彼女が最初に出て、最後に帰宅していた日も多かった。

 父、雅司はすでに退職している。
 母、七瀬は専業主婦として、これまでも家族を支えてきていた。


 そんな音無家は、ちょっと周りと違った部分がある。
 まず、長男の旭。
 彼は、「自閉症」という障がいを背負っている。ほとんど言葉を話せないし、人とのコミュニケーションも、それほど得意とは言えない。
 しかし。一度自分の懐に入れた相手に対しては、とても積極的だ。

 次男の悠也は、よく喋る。本当に、よく。
 ただ、あまり内容は多くない。
 彼も自閉症だが、旭とはタイプが違う。動物に対してで言えば、恐れているほどではないが、「触りたい」という気持ちも薄い。
 好きな物は、とことん好きだ。食べ物で言うと、人参なんかは、生でも食べかねない。
 
 末っ子の真陽は、健常児で育ってきていたが、ある事がきっかけで、精神の病を持ってしまったのだが、それはまた別の話としよう。

 旭と悠也のように、「自閉症」というものでも、人によりそれぞれまったく変わることが多い。
 生まれつきに障がいを背負って育つ二人の兄を、健常児で妹の真陽は、ずっとそばで見てきた。
 彼女のように、障がい等を抱えているひとの兄弟姉妹を、「きょうだい児」と呼ぶ。
 「きょうだい」については、あまり世間ではピックアップされることは少ない。
 ここも、意外と闇が深かったりもする。
 
 そんな真陽は、少し先の自分に対してだったりもしたりしながら、言葉を残している日がある。

 ――拝啓、少し先の自分へ。
 今日は、帰りにコンビニに寄って帰ったら、そのレシートをゆう(悠也)が見たがってうるさかった。でも、渡せば不思議なくらいに機嫌が良くなる。単純だな。
 あと、いつも見てたアニメの最終回だったのに、あさ(旭)にリモコン取られた。
 ……ちょっとダメージくらった。
 それを母さんに話したら、そこからグチグチ大会に。
 ……レシート、次はもっと上手くやろう。ぜったい。
 うん。やってみなくちゃ分からないけど。
 






いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

新たな試みを

2020-09-28

Category :♦拝啓、音無家は今日も。

お久しぶりです。

最近、ちょっと思いました。
「思うこと、感じたこと。」では、あまり触れているようで、そうでもない話があるな、と。

これまで、ちょっと硬い言葉だったり、ちょっとした、家族との話は、ブログでも話しましたが。



この、「拝啓、音無家は今日も。」では。
 「音無家」の出来事として、障がいや病気を抱える家庭での「日常の一コマ」を、
その家の末っ子「音無真陽(おとなしまひる)」の目線で、綴っていくもの、のつもりです。
  まあ、わりと私の実体験も多く登場するんでしょうけど。笑

手探りですが、ちゃんとした物語になるように考えます。


あらすじは、こんな感じ

音無家の末っ子、真陽。
3人兄妹の中で唯一、元気に生まれた彼女は、自閉症という障がい持ちの兄である、旭と悠也ばかりが、ひとの目に立つことに、時々うんざりしていた。
同時に、そのように考えてしまう自分にも、自己嫌悪してもいた。兄達への嫉妬だ。
 嫌いだから、そう思うというより、自分も何かしたいという気持ちが強い。
 家族は大切だが、甘やかすだけが全てでもないとも思っている。
そんな真陽が、兄たちの障がいに体当たりでぶつかっていく様を描いたものが、この物語の軸となる。

 先天性の障がいを持つ兄それぞれへの、きょうだいである妹の関わり方。彼女の心の脆さ。
 何気なくかけられる声への、喜びや寂しさ等。
 
フィクションとノンフィクションが混ぜられた、人と人との物語です。
 



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

22. 言葉と戦争、時代

2020-07-06

Category :♦思うこと、感じたこと。

 大切なひとに、「大好きだ」と、真正面に向いて言える私たちの時代は、きっと恵まれている。
 
 今から考えると、令和の人たちからすれば、「政略結婚」とか「お見合い結婚」とかを「古い」と思われても、何も言えないくらいには、だんだんと、自由な恋愛を許されてきてはいる。

「お慕い申し上げております」と、「好きです」
 どうやったら、ここまでどストレートな言葉まで、進化したのだろう。これも、先人たちの努力の賜物か。


 しかし、その一方で。
周りに理解されにくい愛もある。
「同性愛者」とか。
 なかには、特定のひとへの「愛」を覚えず一生を終えるひともいるとか。


 これまでの、先人たちの努力の成果を、きっと私たちも引き継いでいくことは、とても「大切」なのだと思う。
 もしかしたらいつか、今の代が「先人たち」になってるときに、
「むかしのひとは、頑張ったな」なんて。
 思われるのも、悪くはないと思う。


 だからこそ。
 私たちが、その「自由」を謳歌しなくてはいけない。
 たくさんのひとが、
「それはおかしい」と言う。
 誰かが
「それはどうかな」と言う。
 きっと最初は、周りに相手にもされない。
 それでも、その誰かは言い続ける。
「それでもいいじゃないのか」と。なんども、何度も。
 言葉には、想いや魂が宿るという。
 それは時には、長い時を有するかもしれない。
 それでも、「誰か」は言い続ける。
 そうすると、別の誰かが
「そうかもしれない」
と、首を傾げる。
 首を傾げるひとが、一人、また一人と現れる。それはいつしかやがて、誰かが誰かを説得させられるほどの、根拠ができあがる日がくる。
 もしかしたら、そういうのも、「改革」というのかもしれない。

 兵器という、物理的な力ではなく。
 言葉という、ひとの内心に呼びかける、改革。

 この先の、人間の未来が。そういう和平的なものだと良い。

 それも、脱線した話の先の、「自由な愛」や、「戦争の無い世界」とか。
 それらに繋がるものがあると良い。

 武力で何か制すると、次の武力に制される。
 大昔の、戦国時代くらいなら、それが「当たり前」であって、誰もが抗うことができない。
 そんな時代だったのかもしれない。

 しかし。今は「令和」という時。
 日本が戦争をすることは、今のところはまずない。きっと、戦争の体験者たちがまず、許さないだろう。
 
 ここでまた、日本が戦争に加わろうものなら。
 原爆ドームを、出来うる限りそのままで遺した職人たちの努力も。
 沖縄のひめゆりの塔で、当時についてを、
「こんなこと、もう二度とあってはならない」
 そう、毎日のように観光客に話しているご婦人方の気持ちも。
 何処へ逝ってしまうのだろうか。

 「お国のため」
 そう言って、大切な人を残しながら。
 呆気なく散ったのだろう命が、どれほどあるか。
 まるで、一種の呪いの言葉だ。その言葉で、残される側は何も言えなくなる。きっと、どちらだって苦しかったと思う。

「戦争をした方がいい」
 それはきっと、やったことがないから、そう言えるんだ。

「ゲームのように、敵を蹴散らしてやりたい」
 どうか、仮想世界の中だけに留まっていてほしい。

 だんだんと、戦争の体験者のひとたちが老いていく。時の流れというのは、なかなかに速い。
 流れとともに。その彼らの意思を、後のひとたちで守らなくてはならない。
 実際に経験してはいないから、迫力あるものにはならないのかもしれないけれど。


 そうして、「誰か」の言葉を、別の誰かが受け継いでいく。
 その、どれくらいかの先に。

「大昔はね、こんな悲しいことを、日本でも
沢山のひとがやらされていたの。きっと、あなたは経験することはないけどね」
 そんなことを、優しくも切ない声で、柔らかく語るひとたちがどこかに。
 
 ――そんな、平和な日本であり、世界であることを願って。
関連記事

21. いじめと戦わない勇気

2020-05-26

Category :♦思うこと、感じたこと。

 まずは、私の体験談から。
 
 学生時代の真ん中ごろに、私は「いじめ」と戦った。
 舌打ちやら、蔑みの言葉から始まり。
 私の周りを巻き込んでのいじめ。
 運動靴を隠されたり、上履きにいくつかの画びょうを入れられた。
 テストの悪かった点数を、たくさんの生徒がいるときに、大声で廊下に響くくらいに叫ばれたこともある。

 それでも、私は学校に通った。
 無視をしていれば。
 何食わぬ顔をしていれば。
 ダメージなんて食らっていないと、思わせられれば。
 いつか、きっと出口がどこかにあるんだと、信じていた。

 ――でも、どこにも出口は見つからなかった。

 クラスが変わっても、私にとっては大きな変化は無かった。
 担任は、「しょうがない」と言う。そして、やたらと「いじめ」の事実は隠したがっていた。
 たぶん、よくある
「自分の担当のクラスで、問題が起こった」という事実を、認めたくなかったのだろうか。私には分からないけれど。
 悪口は、ここで終わりにはならないんだ、と。
 学校に、「本当に信じられる人」が正直いない。いたとしても言えないと思う。自分の事だと尚更に。
 そうして、私は「不登校」となり、「死にたい衝動」にかられ、親に連れられ、今通っている心療内科で、「統合失調症」の診断書をいただいた。


 よく、ひとは「逃げたら負け」みたいなことを聞くけれど。「勝たなければ」という心意気を持つけれど。
 「いじめ」に関して言うと。

 ――逃げるのも、立派な勇気だと思う。
 
 自分の心を守るために、目の前から逃げだすのも、時には賢い選択だ。大切だと思う。
 世界には、いじめと向き合って。
 戦って、戦って、疲れ果てたその終わりに。その命の灯火を、自らの手で消しさるひともいる。それもたくさん。

 でも。その元の、加害者側は。きっと何も背負って生きてなんてはくれないのが、大半だとも思う。
 そういう心を持ち合わせるくらいなら、ひとを追い詰めることが、どんなに酷い行いなのかも少しくらいでも分かるんではないのか、と。
 ……だから。

 ――あなたが、消える必要なんてないんだよ。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

20. いじめを見て見ぬふりするひとへ

2020-05-08

Category :♦思うこと、感じたこと。

 私には、後悔したことがいくつもある。
 その中の1つは。

「いじめ」

 学生時代といえば、ありとあらゆるいじめのカタチがある。
 私は「いじめられっ子」側だ、一応。

 こんな話をしよう。
 小学校の頃に、
「あいつはなんかキモイ」「菌がうつる」
 まあ、よくありそうなセリフだけども。
そんな言葉を。大多数の、クラスの女子からコソコソと陰口をたたかれていた男子がいた。
 私の、その頃いた「グループ」の女子たちも、その口だった。
 私自身は、まだまだ弱っちかったから、その陰口に参加も反論もしていなかったけど。
 「無干渉」をできるだけ貫いていた。「当たり障りなく」というやつだ。
 今思えば、どっちつかずにいることで、「自分は関係ない」と思いたかったんだろう。
 
 そして、ついに。
その陰口が、担任の教師の耳に届いた。
「悪口を言ったひとは立て!」
 多数の女子が立ち上がった。私のいたグループの子も、ほぼほぼ立った。
(立たなかった子もいたけれど)
 
「連帯責任」
というと、小学生にしては大人びていたかもしれない。
そんな、「直接ではないが、見て見ぬふりをしてきた」身として、私も立ち上がった。
そして、周りと同じように

「菌と言ってごめんなさい」

と、言ってもいないことを謝った。
 けれど、今ならこう言いたい。

「見て見ぬふりをして関わろうともせず、庇ってあげられなくて、ごめんなさい」


 もしかしたら、相手の男子は不思議に思ったかもしれない。言われていないひとから謝られて。
 不思議に思ったのは、グループの女子もだったらしい。
 なかには、こんな声も聴いた。
「ずっと言ってた〇〇ちゃんは立たなくて、なんで言ってなかったあゆむちゃんが立ってたのかな」

 そう。そういうのは「見ている人は見ている」ものだ。私も、自分をいじめてくる人と、そうしない人は、ちゃんと見ていた。

 だから、「どうして?」って、「なんで誰も助けてくれないんだろう」って、思っていたから。
 それが、だんだん麻痺していって、「いじめるものと、いじめないもの」になっていた。
 実際には、「見て見ぬふりするもの」なんだと思う。
 

 令和二年、5月。
 今現在は、「コロナウイルス」という流行り病が、世界中で人々を苦しめている。
 学校も閉じている。
 コロナがもっと落ち着いたら学校もあるのだろうけど。
 どうにも、「コロナ差別」というものもある。
 大人がそうするように、子ども達の間でも「コロナいじめ」がある。
「親の背を見て子は育つ」
とは、よく言ったものだ。
 そういう、世の中の様々なことが、はやく穏やかになってほしいと、切に、本当に切に願う。
関連記事

障がい児だって、いろいろある

2020-04-30

Category :自分以外のこと

おはようございます。

今回もまたまた過去話です。


これを見る方のなかには、障がい児さんを
「天使」とか
「可愛い」とか
「いつも笑ってる」
とか。あるいは。
「よく何か叫んでる」とか
「意味不明な行動をする」
とか。
そんなように思う方もいるでしょう、ええ。
答えは
「人それぞれ」
です。
 なんてったって「人間」ですからね、笑。


今回は。
私の見た、たくさんの「兄たちの同級生」の特徴のご紹介をしてみようと思います。
 ほかの記事を読んでくださってる方は何となく知ってるかと思いますが。
 なにせわたくし。
小学校卒業くらいまでは、かなりの数で特別支援学校の年間行事の
文化祭、クリスマス会、運動会にお楽しみ会やら。
入学式とか卒業式にも行った覚えがあるし、確か授業参観にも、何度かついていってました。

特に、長男の友人関係はだいぶ知ってるかと。
(話だけ)


結論から言いますと。
上記の方々、全部いらっしゃいます。
「天使か」というくらい、いくら何されても「笑ってる」ような子もいます。
 機嫌の良い時は、うちの次男もよく笑っています。
 (しかし彼は、時には悪魔化もする)

唸ってるような声で返事をする子も。
なにかのタイミングで、「キィやー」みたく「叫んでる」子。
 ちょっと周りが目を離すと、すぐ迷い子化してしまうような、「気づくと居なくなりがち」な子も多くいて。
  その子によっては、先生が2、3人くらい付くことも。
 (支援学校では、だいたい一クラスに数人+補助の先生が付きます)


あと、いじわるをしてくる子もいましたね。
といっても。単純に、人のものを取っちゃうというような子もいれば。
 親の前では「いい子」で、同級生相手とかでは、いささか行動が強引な子とかも、実はいました。

 子ども同士で、ウマの合わない、相性の悪い相手。
逆に、とても気が合う、仲の良い相手もちゃんといたりします。

 なかには学校を卒業してからも、なんらかの行事やお祭りのときに会う方々もいますね、長男もそれに当てはまります。

 そうそう。いまや大人になった彼らも、中にはスマホを持ってる方もそう少なくないそうですね。長男の友人話や職場の話を聞いてると。


最初の通り、「障がい児、障がい者」と言えど。
本当に人それぞれで、かなり個人差があります。
知能面もあれば、身体的なこと、精神年齢など。

 寝たきりの状態の方のように、「見た目」で度合いが解る面もありますし、解るというひとにはそれこそ、相手の「顔と雰囲気」で、健常者か障がい者かが分かります。
逆に言えば、それが全然、分かりにくい方もたっくさんいるのです。
 うちの長男はぱっと見は分かりにくく、逆に次男はけっこう分かりやすいとこが多いですね。
 次男については、時には通りすがりの子どもからでも「?」な顔をされてます。

ただ、「性格面」だけで見れば案外、特別なことはないのでは、と私は思います。
 子どもっぽい、いわゆる無邪気なひと。(ちょっとテンションが高すぎる傾向)
落ち着いた、しっかりしたとか、大人っぽいひと。(ちょっと考えてることが読めない傾向)
 もちろん、嫌味っぽかったりいじわるなひともいますしね。
 あ、あと。皆さんやっぱり強いこだわりをお持ちの方が多いです。



自分は健常者だから、障がい者「には」優しくしないと、とか。
また逆に。障がい者だからって、調子に乗るな、とか。
そういうことを言えるのは、それを知っているひとです。よく知りもしないのに、周りに合わせて知ったかぶらないでいただきたい。
 
「どうせ健常者は」、「これだから障害者なんて」
となるので、どっちにも迷惑です。過剰な反応はお断りしたいです。


 とはいえ、これも私の個人的な気持ちなので、もっと違う考えを持つ方もそりゃいるでしょう。
今回は主に「発達障がい者」についてのお話でした。

以上です。ここまでおつき合いいただき、ありがとうございました。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

発達障がいのある子のご家族へ

2020-04-26

Category :自分以外のこと

こんにちは、お久しぶりです。
今回は、私の実体験のことをお話します。

私は、ずっと。

「家の中で、何かしらの役割を果たしてないと、いる意味がない」

そんな考えを、子どもの頃から少しずつ蓄積させていってまして。
 だからこそもあり。
幼いながら兄に対して、いろいろなことを試させてたんです。

床掃除、窓の掃除、洋服のボタンくぐり、お金の数え方、ひらがなの書き方、お皿拭き、缶の開け方、エスカレーターの乗り方、等々。
 とりあえず、
「これが出来ない」
となったことに対して、
「じゃあ、教えるからやってみようよ」

そんなことを繰り返してました、子どもの頃。
 けれど、今となっては頑張っても、それの半分くらいは覚えてはいないでしょう。
 それが、私のなかでは
「あれは意味がなかったのか」と、ちょっと落ち込む要素でした。

しかしちょっと前。
クリニックのカウンセリングの時に。
その時の話をして、役に立たなかったと言うと、先生はこう返してくれました。

「出来た出来ないがあっても、そのことで信頼関係が生まれたり、潜在意識にあったりして、何かしらの「成長」に繋がってるんだと思いますよ」

「役に立たないから居られない、ってことはないですよ」

 そう。
家で母と、特に父は、「どうせこの子には出来ない」
と、どこかやる前から諦めていたのを前にして。
「もしかしたら出来るかもしれない」
と、私のやれる限りのことをして。

「あ、この子でもこんなことができたんだ…!」

そう、母は驚いたそう。
だから、ちょっと自信を持ってもいいのかもしれないなあ、と。


発達障がいの子に対して、
「この子には何を教えても出来ないだろう」

…本当に、そう言いきれる?
まだ、なにもしていないのに?

確かに、向き不向きはあるでしょう。日常のなかで苦手とすることも多い。
でも、それは逆に。

「得意なこと」も、どこかにあるはずなんですよ。
探せばきっと。

やらせてみたら、バソコンが動かせる。
色鉛筆を持たせたら、独創的な色彩の絵を描いた。
実は、こちらが思っていたよりも足が速い。

 そういうこと、あるものですよ。
子どもの可能性を引き出すのは、そんな「ちょっと出来た」からはじまるものなのかな、と思います。

あと。一つの結果がどうなっても、その時点で「ほかのこと」まで諦めるのは、判断が早すぎると思います。

 そして、子どもにもよりますが。
「お世辞」は、どこかで見抜かれているものと思いましょう。
 
ちなみに、そんな私の、「やらせてみた」心境としては、
子ども時代→意外と出来たじゃん(飽きるの早いけど)
現在 →もうちょい出来そうなのに(諦めが早いなあ)

これは、兄二人とも共通です。


コロナウイルス、緊急事態宣伝で、お家にいるなかで。
 ちっちゃいことでいいので、「お願い」してみるのも、ありだと思います。心の余裕と相談で。

相手がノッてきたら、うまーく誘導してみてください。
私はよく、
「もうちょいだって! やってみればできるから!」
 と、過去にも今(余裕ありなら)にも、言
ってるんだと思いますね。笑
 余裕があれば。


いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

19. 考えるより感じろ

2020-02-22

Category :♦思うこと、感じたこと。

 今現代、人間にも様々な振り分けがされる。
 「健常者、障がい者」は、一番分かりやすいものではないだろうか。
 
 更にはその「障がい者」にも、ちゃんとした振り分けがある。
 身体障害者福祉法では、
「視覚障害」
「聴覚・平衡機能障害」
「音声・言語・そしゃく機能障害」
「肢体不自由」
「内臓機能などの疾患による内部障害」
 の5種類がある。

 そして。
 疾患名では、上げきれないほどに様々な疾患の名がある。
 ためしに調べると。

「アルツハイマー病」
「血管性認知症」
「レビー小体型認知症」
「せん妄」
「アルコール中毒」
「カフェイン中毒」
「麻薬中毒」
「統合失調症」
「うつ病」
「パニック障害」
「自閉症」
「アスペルガー症候群」
「PTSD」
「ADHD」
「双極性障害」
「強迫性障害」
「適応障害」
「解離性障害」
「摂食障害」
「睡眠障害」
「性同一性障害」
「知的障害」
「発達障害」
「チック障害」
「薬物中毒」
「依存症」
「アルコール依存症」
「ギャンブル依存症」
「パーソナリティー障害」
「ひきこもり」
「過食症」
「学習障害」
「器質性精神障害」
「急性ストレス障害」
「拒食症」
「自閉症スペクトラム障害」
「産褥精神病」
「術後精神病」
「症状性精神障害」
「心気症」
「前頭側頭型認知症」
「認知症」
「薬物依存症」
「離人症性障害」
「老年期うつ病」
「老年期精神病」
「トゥレット症候群」
「不安神経症」
「薬物依存」

 ……自分でも驚いた。こんなにあるとまでは。
 気になった項目は、是非ともご自分で確かめていただきたい。
そして、「きょうだい児」
 きょうだい児とは、障がいや病気をもった子の兄弟姉妹のことだ。


 さて、ここまできて何だが。
どの疾患を抱えていても、最終的には、「人間」であることに変わりはなくて。
 そこを、見誤ったり、忘れてはいけないような気がする。

完全な「平等」はできないのはわかる。けれども。
「困ってる人がいたら、手を差し伸べてあげましょう」
 学校で、そうは習わなかっただろうか。
「福祉」は、その延長線上にあるようにも思える。
 「落ち込んでるひとには、元気をあげましょう」
 スポーツも、その役割をどこまでか担っていると思う。


「この障がい者(ひと)には、どういう対応が良いのか」
 そんなことは、考えるより感じろ!
 当たって砕ける勢いでいいから、まずは相手と向き合うのだ。
 コミュニケーションなんて、そんなものだと思う。
 もしそれで、不快な思いをさせたら、素直に謝る。悪気はなかったのだと。
 
 そもそも。私たち人間は、いろんなことを考えすぎて、相手の種類を創りすぎている部分があるのではないか。
 それを「悪い」とは言わないが。
 
 眼で見て、耳で聞き、心で考えて、口で言葉にする。
 資料を見ただけでは、解らない世界が、そこにあるのだ。




いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

幼き日のなんとやら 開き直ってみたもんだ?

2020-01-13

Category :家族とのこと

こんにちは。
今回は、子供の頃のお話を。



「ひきつけ(発作)」「テグレトール(薬)」「トーキングエイド(言葉を鳴らす機械)」
「赤い手帳」「緑の手帳」「きたりょー」

これは、私が物心つく頃には覚えた言葉です。
意味までは、知りませんでしたけどね。

 それくらい、まあまあ兄達に関わってきましたよ、現在早24年。


当時、私の「発達障がい」についての知識なんて、なんとなくでした。
 言葉を話せない、あまり笑わない長男。
 自由すぎてよく意味のわからない話を、よくニコニコしながら話す、次男。

 よく、障がいに対してで「オープンな家庭」と「隠したがる家庭」とか、あると思うんですが。
 うちは、「オープンにならざるをえなくなった家庭」です。
 あ、次男がよく誰にでも(知らない人にも)挨拶をしていたのも要因かもしれませんね、笑


 そうそう。
我が家のご近所には、私の同級生があっちこっちにいらっしゃいまして。
 よく、近くの公園で男子が外遊びをしていました。


それを分かっての上で、小学校低~中学年の頃の私はよく、次男をその公園へ連れ出していました。理由は分かりません、なにせ遠い過去の記憶ですから。
 次男は、わりと明らかに「何か違う」という面を持ってます。目はキョロキョロ、頭もくるくると、あまりまっすぐ前を向くことはないです。

たぶん、私はその「何か違う」を、「恥」としてないんですね。
 それはたぶん、医療センターとか、養護学校(今でいう特別支援学校)で、もっとたくさんの、色んな障がい持ちの人たちを見てるから、でしょうね。

 もしかしたら、その「違う」を言ってくる人達に対して
「ああ、このひとはぜんぜんなんにも知らないんだな」
 と、ある意味「鼻高」な気持ちになっていたりもしたかもしれません。

よく「きょうだい児」は、障がい持ちの家族のことでいろいろとからかわれたり、虐められたり、とした話を、ネットでみますが。
 ……うーん?
「きょうだい児」としての、兄たちのことでは、それほど刺さる言葉を言われた記憶は不思議とないですね。薄っぺらすぎて、響いちゃこない。
(私の元々がいじめられっ子だからもある)

ああ、そうそう。

「お前の弟(次男はよく弟に間違われる)、変なやつだな!」
とか、何とかと言われたところで
「分かってる」
「だから、なに?」

と、ようは開き直ってた部分があるんですよ。
だってそりゃ、何も知らない子供からしたら、どうしても「変」なんですね。出会ったことのない類の人、なので。
 そこは、子供が悪いというよりは、大人たちの理解と教育の問題でしょう。


ただ、一度だけ。
いじめっ子が、次男に直接起こしたイタズラに、私は
「その場から逃げだす」
という、酷いことをしました。連れ出しておいて。

 その時には、思いました。
「どうして私は、立ち向かえなかったんだろう」
「兄は、ただ私に連れられただけなのに」
「どうして私は「こう」なんだろう」
「私は、酷い妹だ」

一瞬、思ったかも、分かりません。
「どうして兄は、「こう」なんだろう」
 その時、とても自分が「嫌な」人間のように思えて。とても、いろんな誰かに、申し訳なくて。

 そんなことがあっても。
いつものようにニコニコニヤニヤしてる、次男がいまして。
「待ってよ、あゆむー!」
 案外、そこに救われてる面もありますね。こちらが何をしても、そう簡単に嫌われることはない。

 その関係性は、今もほぼ変わるようなことはなく。
 ……いやいや、むしろ今の方が依存性は強い?
「ねえねえ、あーゆー」
「なにやだー」
「やだー?」
「やだー!」
「ヤなのね! あーゆ~! うふふっ」
 みたいな。


だからこそ成り立っているとも、言えますね。
 もはやワンコ、です。笑



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

分かること、難しいこと

2020-01-11

Category :センターでのこと

お久しぶりです。
すっかり歳も明けちゃいましたね、ごめんなさい。

さてさて、今日は。
センターでの、とある一幕を。




センターには、兄たちよりほんのちょこっと上の年齢の「俺さん」がいます。
 行動が自由奔放すぎて、あちらこちらからクレームがくることもしばしば。
よく、話しかけているのか独り言なのかがわからない時もあり。
ただ、自分の思うままに動き、話しているため、そこに悪気はないんでしょう。
 クレームが多いからといって、皆から嫌われてるのかというと、それほどではないですし。

 そこに、とあるおばさんが話しかける、その一幕です。


「俺さん、大掃除はしましたか?」
「うん、おばあちゃんがしてた、お母さんもしてたよ」
「俺さんは?」
「え、してないよ」
「えー!? 私なんて、自分でしましたよ」
「あ、そうなんだ? 偉いね」


「じゃあ俺さん、自分のお部屋の掃除は、誰がするの?」
「おばあちゃんだよ!」
「え~!? 俺さんはやらないの?」
「やらないよ」
「えー! 私だったら、『 いいよ、おばあちゃん! やるからおばあちゃんは休んでて!』って、なりますよ!」


「つまり俺さんは、何もしなくて、おばあちゃんが全部やってるの~?」
「うん、そうだよ! やらなくていいって、言われてるんだ」
「え~~~~!」

(↑このやり取りで、だんだんおばさんに苦手意識を持ったから、できるだけ目をそらしてたのかも?)



という感じで。3番目のやり取りは4、5回繰り返してました。

思うんですが。
彼の性格的にも、お家の(想像の)状況的にも。
何かをやったらやったらで、おばあさん、お母さんの仕事が増えるんでしょう。たぶん。
 
「なんで、これがここにあるの! 置く場所が違うでしょ」
 「そこはもう掃除が終わってるのに、散らかさないで!」

そんな感じで、片付ける側からは二度手間になるんではないかと。
 そういうのって、頑張って覚えさせようとするパターンと、下手に動かすなと、何もさせないパターンととかが、ありますよね。その家庭によって。
 なかには、元々得意な人もいるんでしょうが、俺さんは面倒くさがりなので、不得意ですね。

彼は、やっぱり「自分ルール」みたいなものをもつので、1度なにか決め事をすると、それを曲げるのはなかなかに難しいのです。
 私のなかでは、発達障がいあるあるなんじゃないかな、と。


と、その2人のやり取り。
だんだんおばさんのほうにいくらかの「悪意」にも似たものを感じてくるようになるんですよ、同じ話を繰り返し聞いていると。

気持ちは分かります。ご自分は動いていたのに、彼は特になにも動いていなかった。
 でも、たぶん。
ちょっとでも、苦手意識とか「負の感情」を持った相手からの言葉って、あまり積極的に聞き入れようとは、思えないものですよね…。
 そしてなにより、彼は「とても頑固」です。そう簡単なお話ではないのです。


と。だんだん俺さん、のお隣さんもイライラしてきたのを感じたのもあり。
「そのくらいにしときましょうか」
 と、声をかけるんですが。(3回)
このおばさんも、なかなか引かない。

けっきょく、おばさんが帰る頃まで、その話は続いたのでした。

さて、と。私が帰るときには、ふと。
「その靴似合ってるね!」
なんて、突拍子もなく褒め言葉を言うあたりは、うちの兄にも似ています。そういう「憎めない」面もあるのですよね。笑



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

生まれ順の、いいとこ取り??

2019-10-09

Category :自分のこと

お久しぶりです。

とある番組で、「長子、中間子、末っ子、一人っ子の特徴」についてをやっていて、思ったことです。

私の場合。
長子の特徴の「責任感が強い」と、学校の通知表に書かれ続けて。
中間子の特徴のように、周りの人の顔色をうかがったり。(立ち回りが上手いとは言えないけれど)
 でも稀に。末っ子の特徴のように、周りが驚くような行動をとることも。


 前に、流行ったじゃないですか。「〇〇の説明書」って、末っ子だとかの特徴を面白おかしく書かれた本。
あれ、私面白いくらい「末っ子の説明書」に当てはまる項目が少なかったんですよ。
 逆に。
「長男長女の説明書」に、
「あ~、わかるわかる」って、なってましたよ。

あれ、どちらかというと。
生まれ順より、育ち方でしょうよ。ええ。
 一人っ子以外がちょこちょこ当てはまる私がいるんですから。笑


以上です。
では皆様、良い一日を!


いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

令和初になっちゃいました

2019-08-29

Category :日々のこと

こんにちは、お久しぶりです。月凪です。

……ほんっとに、お久しぶりですよね。すいません💦
なんと、この記事が私にとって、年号が変わってから初めてのものとなりました。


 では、とりあえず近況報告としますね。

次男と私は今、皮膚科で薬を処方されています。
 次男は、肌の炎症に対して。
(それなりに良くなってきていて、後は少量の薬と、自然回復に任せる、との話)
 私のほうは、長年消えずにいた、頑固なニキビに対しての薬を。
 (経過は良いようですが、まだ消えてはいない)

 あと、次男のお風呂は、いつの間にか父任せに戻りました。
でもその結果、自発的に動こうという気持ちがなくなっていっています。服は裏返しのまま、靴下も丸まってたり。
 あれです、父は甘やかしすぎる所があるからですよね、きっと。
 ちなみに。父と長男に至っても、同じようなことになっているので、母の怒りもちょこちょこ爆発してたり……。



 さて。センターはセンターで。

ちょっと、この春夏で、トラブルもぼっ発です。
 あるおばさんが、どうにも思ったことを、深く考えずそのまま発言するのですが。
 それが、
年上の人に対しての言い方じゃない、とか。
「あの子はこうなのに、私はいけないの?」と、
本人の中での「自分と似てる人」と、自分を比べてきたり。(不快な比べられ方)

 「人懐っこい」を通り越し、誰にでもホイホイと付いてっちゃうとか。
「無邪気」というよりかは、礼儀や言葉選びが成ってない。
モンスターです。

そんなふうに、居る人いる人とトラブルになってを何度も何度も繰り返してるもので。
 その、最近の結果が。
「週に1回にしましょうか」

なんと、最大週5で来ていたのが、週3になり、それでも来る度に誰かとトラブルになったりしては、場の空気を悪くするもので。

 そういう経由があって、おばさんは、今は週1になりました。

で、そういうことがあって、何度もスタッフと問題があるたび面談してきていて。
 少しは変化が出てくるかと思いきや。

「あんまり変わっていないね」
 まったく、成長が見当たらない。
このままだと、その週1すら受け入れてもらえなくなるかも。
(すでに利用者の大半に呆れられている)

 結論! 人前で、嘘をついたり、人と比べて相手に嫌な思いをさせない! 「悪口」と思われるような話はしない!
(特に相手の前では)



さてさて。近況報告はこのくらいで。
何度も来てくださっていた方、ありがとうございます。いつもすいません。
 この次が、どのくらい後になるか。
私にもわかりません。1週間後かもしれない、来月かもしれない。うっかりクリスマス頃かもしれない。


 センターには、いろんな病気、障がいを持つ方がいて。
年代もバラバラなら、考え方も違うこともある。
いろいろ問題を起こす方がいれば。
実は……と、水面下で困られている方もいる。

 まだまだ、私には。学ぶことは沢山あります。

訪問、ありがとうございます。またよろしくお願いします。どうか、気長に待っていてくだされば、こんなありがたいことはないです。
 では、また。


いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

月凪家次男のお風呂事情

2019-03-15

Category :家族とのこと

こんにちは。ご無沙汰しております。


ちょっと困ったことがあります。
うちの兄は、たぶんどちらかというと乾燥肌だと思いますが。

1月の後半あたりから。
背中からはじまり、そのうち体全体にボツボツとした湿疹がでてきました。
それがあまりにも酷いので、今は皮膚科に通っています。お風呂の介助のヘルパーさんも、2月以降はお断りしてます。


 なにが悪くて、酷くなったかというと。
大まかに言えば「摩擦」だとのこと。
 ナイロンタオルで、背中をゴシゴシと…。
過去、力が付くようにと。ヘルパーさんに手を開いて閉じる「グーパー」の練習を取り入れてもらったのですが。
思いのほか、力が付きすぎてしまったのです。

その力で、これまたヘルパーさんに教えてもらった、やりやすい背中の洗い方をするものだから。

で、今。
昨年までは、父のやり方(+ヘルパー)でやっていたのですが。これがひどい。
脱いだ洋服の裏返しは直させず、呼ばれるまでは本を読む。(わざわざカッパを着るくせに)
「仕上げお願いします~!」
と言われて、やっと動く。それまでは本を読んでます。

先生からは
「ナイロンタオルはやめて、手で洗ってください」
と言われているのを、「ナイロンタオル」にばかり反応してて。
 でも、手ではなくて、普通のタオルで洗うんです、父は。
そんななので、しばらくは私がこんにゃくスポンジで洗ってます。


今日、皮膚科にてふたたび診察を受けましたところで、先生から
「これは、完治までには半年~1年はかかりますよ」とのことです。

先はまだまだ、長そうです。苦笑


PS.
もう1ヶ月以上前からのことなので、兄のお風呂の介助もだいぶ慣れてきましたよ!
裸足になるのが必須条件ですけどね。


いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

私の中の「当たり前」は

2019-01-17

Category :日々のこと

こんにちは。
今年もよろしくお願いします。



 それは、ある日の母との会話から。
きっかけの話は、なんだったのか忘れてしまったんですが。

人の中には。オリンピック選手になって、競えるくらいに運動神経が良いひともいる。
でも、反対に。カーターや杖がないとおぼつかない歩きのひともいるし。
小さな子どもでも、車椅子を必要とする子もいる。


音に過敏になったり、つい乗り物の発車音に大きな声で反応してしまうのは、なにも子供だけではない。
大の大人でも、スーパーで買ってほしいものがあれば、
それがほしくて愚図るひともいる。
 泣きだせば、ほかの家のひとは驚くし、子供の中にはつられ泣きしてしまう子もいるものだ。
 あと、ぬいぐるみを抱えている大人も、時にはいるだろう。 

きっとほかにも色々あるけれど。
それらは、私にとっては、さして驚くことではない。「慣れ」というよりは。それも、「人混みの中の一点」という感じ。
「ああ、これだけ人がいれば、いるものだよね、ちょっとあそこの人パニックになっていそう」


そういう環境を、母と話した時に
「それも、人の中にはいるものでしょ。当たり前だよ」
 そう言うと、こんな風に返された。
「あなたは、兄弟がこんなだから、その分そう思うのかもしれないけどね。世間はそんなに甘くないの」

……こういう面では、いつもそうだ。
「私の中での当たり前」を、大人たちはよく否定する。

「こういうひとも、当たり前に居る」のと
「あの人は、こんなにも辛い思いをしている」
は、同じ類の感情ではない。
けれど、私の伝え方がいけないのか、
 「あのこは、一生懸命に生きているのよ? すごいことでしょう? それが見て分からないの?」
そんな目を、向けられる。

――なら、みんなで同じことを言って、そのひとの「同じ部分」ばかりをもてはやすの?
 ……まるで、生きる人形ね。つまらない。

「すごいことでしょう?」と思うくらいなら、もっとほかの部分にだって、眼を向けてみたら?

 そういえばと、例えばよく見てみれば。
「あれ、この前まで洋服の裏返し直すの嫌がってたのに、今日はちゃんと直してる…!」
 ↑これは、我が家ではまだ達成出来てないけれど。


「当たり前」というのは、「それ」が、今ではちゃんと定着している、ということ。
 なら、良い当たり前なら、どんどんそれが増えていけば言い、と思う。


いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

「クリスマス会」は大忙し

2018-12-27

Category :センターでのこと

こんにちは。

ここ最近、更新しなかったですね、すいません。
今回は、ちょっと忙しかったものでして。

この前センターで、全部所が混合のクリスマス会をしました。
 その際、初めて実行委員をしたのです。

今年は、うちをセンターC。ほか、AとBとしますとして。
うちでは、とある方々で「けん玉ショー」を。15分間ほど。
…ええ、けん玉で15分。長いので、当日は合いの手を入れるつもりだったのですが。
 マイクのON/OFFを、offになっていたのに、なかなか気付きませんでした。
 それでも、時おり拍手がわき起こったので、「成功」でいいのでしょう。


もう1つは、私ととある方々3人で、「紙芝居」という名の、紙人形劇のようなものを。
絵の1部以外、お話やらセットやら。我ながらひとりでいろいろ考え作りました。
 当日の読み上げは、一応3人で。そのうちの2種類の声は私が。
 こちらは、私としては失敗なのか成功なのかが、イマイチ自信がないですが、「終わりよければすべてよし」として、たぶん成功だと思うことにします。苦笑


ここからは裏事情を。
今回、職員さんがほとんど関わってないです。
けん玉の構成、曲決め、参加者紹介等。
 提案したり、急かしたり、任されたり。
 私は、たぶん去年以上に疲れました。

紙芝居も言わずもがな、といいますか。
とくに、セリフの練習をしようとしても、片方の方が
「作業やりたい」
と言い、なかなかやる気になってくれず。
とても、扱いに困った部分がありました。
 いえだって、ヘタに圧をかければ、
「月凪さんが怖い…」と、言われてしまいます。落ち込まれては、練習どころではありません。
 
そんな方なので。私だけでもなく、職員さんですら少々手を焼いている様子。
 (自分でやると言ったのだから、もう少し責任を持ってほしい)



あとですね、クリスマス会での、席決めについて。
これこそ、ホントの裏事情ですね。
 毎回、全部の人たちをシャッフルした席になります。なので、座ってみるまで隣近所が知ってるひとなのか、同じセンターのひとなのかは分かりません。
 しかし、今回。私は職員さんからの相談のもと、とある「イカサマ」をしました。
 

ふたり、ちょっと気がかりだった方々がいました。
 ひとりは、本登録してから日の浅い、まだまだセンターC内でも周りと打ち解けてない方。

 ひとりは、いまは別の場所で働いているので、久しぶりに来たはいいものの、極度の緊張型の人。その場に慣れるには、多少時間がかかる方。
 (居たころと、若干メンバーが変わっているため、更に緊張していた)
どちらも、思いっきり人見知りさんです。(私には慣れてくれたらしい)←嬉しい限りです。

片方は、なにやらご指名だったらしく?
私を含めたその3人、同じテーブルになりました。
 知ると「不公平だ」と言う方もいると思うので、と、ひっそりこっそりと。
 いえだって、せっかく参加したのに、話せる相手もいない、緊張する、なんて。
そんなの、なんというか。もったいないじゃないですか。

とはいえ。私がその席に、落ち着いて座れたのは、出し物が全部終わって、プレゼント交換(1番最後)あたりなので、話せた時間はそれほどではないですが。
 でもたぶん、「いる」と「いない」とで、だいぶ違うんではないかと思います。(ホントにたぶん)

……本当に、忙しいけど。まあやったかいはありました。


 さてさて。皆さんは、どんなクリスマスでしたか?
 なんだかんだと、無事終わったことにひと安心です。笑
ではでは。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

忙しくても「誕生日」は欠かしたくない

2018-11-24

Category :日々のこと

こんにちは。

最近は、高校の友人ともあまり会う機会が少なくなってきている今日この頃。
LINEですら、それほど頻繁にやり取りはしていません。

あまり遅くまで外にいると、家族に心配やら迷惑やらをかけてしまうようなのと。個人的にも夜は家でまったりしたいという気持ちがありまして。

あとは。薬がある分、アルコールは出来るだけ避けるようにとのことですから。飲み会もそこまで積極的にはならないです。



昼は昼で。
今のところは、センターにいくのも楽しみの一つです。
それに年末は、この時期限定の仕事も入るので、ちょっと?それなりに?けっこう?慌ただしいんですよ。
↑ちゃんと納期までにやり終えるのを目標に
(でもうちのセンターは一応、作業メインではない)

「作業」は、それぞれ個人に出来る部分をやるのですが。私は今では「難しいほう」の作業を任されることが多いです。

更に言うと。「お試し」として、まだ登録はしてないけど来てる方々が今、多いので。
ちょいと定員オーバーになるような日も。


そんなこんなで。
うっかりすると遠のいてしまうかとも思うくらい、グループLINEではあまり多くの会話はないです。
  
  さて、ここで本題です(前置きが長い)

高校の友人の、誕生日。
ある時、携帯のアドレスのところに相手の誕生日を登録したり、手帳にメモをしてみたり。
 そのおかげもあり、同級生の女の子は全員分、毎年LINEでだけでもと、出来る限りその日にグループLINEでお祝いしてます。

なかには、グループから抜けた子もいますが、そしたらば、個人でお祝いして。
とても驚かれることもありながら、やっぱり嬉しそうに祝われてくれます。笑

誰かに何も言わなくても。前触れなく
「おめでとう!」
と、お祝いされるのって、どんなに大人になっても「覚えてくれていた」というのは、やっぱり嬉しいものかと思います。

皆さんも。
そういう相手がいて、祝いを伝えようかと迷ってるなら。
ぜひぜひ、サプライズに言葉だけでもいいと思うので、祝ってあげてはいかがでしょうか?




いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ

関連記事

15. きょうだい児はほんとは不器用で

2018-11-17

Category :♦思うこと、感じたこと。

 世の中の、「障がい児」の兄弟姉妹のことを「きょうだい児」と呼ぶ。
 私の兄達は障がい者だ。私が産まれた時にはもう、そうだった。


 いつの間にか。
 兄にできないことを、私がどんどんできるようになっていくなかで。
 よく、親戚やご近所からこんな言葉を聞いてきた。

「女の子はいいわよね〜」
「しっかりした子ねえ」

そのぐらいなら、まだまだ嬉しいものだ。
でも。
だんだん、物心もつき様々なことを「なんとなく分かる」頃には。

「お兄ちゃんのぶんまで、頑張ってね!」
「お母さんのこと、いっぱい助けてあげてね?」

そして、うちの日常には。
気がつくと、私は次男のことをよくよく見ていた気がする。

ボタンかけ。お金の計算。ひらがな。
(実になったかは……)
 たぶん、覚えてないのとか、すごく小さなことも入れると。
「すごく『いっぱい助けて』いなくちゃいけない」
 そんな、自分ルールが出来上がってた。

 よく「あきらめなくちゃ」と。
 そう思うこともあった。
 気づくとうちは、次男のペースで回る。
 外食をしようとしても。
 例えば、私の誕生日の時でも。

「うぅ〜う! あっちがいい!!」

 次男が「どうしても」のようにぐずると。みんな、もうあきらめて、それに従うのが、だいぶ小さな頃から定着していた気がする。

 だから、もう。
 ひとに何かを譲ったり、自分の意見を曲げることも。
 だんだん、なにも感じなくなっていった。
 そうしていくうちに、自分がどんどん可愛げのない、無表情な子になっているのに気づいても、
「まあ、いいや」
と、「あきらめて」いたのは、何のためだったんだろう。
 ……ほんと、可愛くない。

 大人になればなったで、二人は。
 私には一度も言ってもらっていないような類の「褒め言葉」を、よく周りから言われていた。

「ハリウッドスターみたいな、ハンサムに育ったね!」
「明るくて、しっかりあいさつもできて。いろんな言葉を知ってるのねえ」

 兄たちへの、親戚からの言葉は、当人たちよりも覚えていたりする。
 だいたいいつも、何も言われずに私は終わる。
 絞り出してみても。
「頑張ってね、お姉ちゃん!」
とか、そんなありきたりな言葉すら、言われたかどうか。
 ……というかそもそも。「私」の存在を認識していたのか、と思うほどだった。

 ――そんなんじゃない。
 私が言って欲しかったのは。見てほしかったのは「ふつうの妹ちゃん」なんかじゃなくて。

 ただただ「私」一人として、見てほしかった。
 たった、それだけのことが。その時、どれだけ難しかったことか。




 グチグチと、そんなことを言った日があったせいか。
 最近のある日。
「もう、兄ちゃんたちのこと見なくてもいいよ」
 言う方は、きっと善意のつもりだろう。
 でも、私はそんなことを言われると。まるでこれまでの自分の行動を否定されたような。
 ひどく、哀しい気持ちになるんだ。

 私はべつに。
 兄たちを「悪」と捉えてるんでも、ひとりっ子になりたかっただのでも。
 そういう気持ちじゃない。そういう話じゃないんだ。

 ただ、ごく普通に。
「ありがとう」、「助かった」とか。
 ちゃんと、言葉にして。
 褒めてほしかったんだと思う。そう思うくらい、私の心は飢えていた。

 「ごめんね」とか、「一人でゆっくりしてて」とか。
 これまでと違う意味で。
 私はまた。今度は家族からも、否定されてしまうの?



 ある時まで、人から頼られていたことを、突然
「もうそれは必要ないよ」
と言われること。
 それはまるで。

「もう、あなたのことは用無しなんだよ」
「あとは勝手にしていいよ」
 そんなふうに、突き放されたようで。
 とても、すごく。
 心細く、かなしくて、寂しい。


 ひとは。
「諦める」ことを覚えると、いろんなことに対して執着しなくなるのかもしれない。
 だから。私もとうの昔に、
「親に甘える」ことを諦めるうちに、忘れていって。
「ひとに頼る」ことが、まるでいけないことのように感じることが、今でも多い。
 いざ、
「どうぞ」とされるのも、身構えてしまって、どんな心持ちをすればいいのかわからない時が、多々ある。
 その末に
「大丈夫だから!」
と、善意を跳ねのけてしまう。

 
 私たち「きょうだい児」は。
 大人になりすぎて、物分かりがよく見えがちなくせして。
 けっこうな不器用。分かりにくく、とてもねじれている。
 そんなひとも、ほら、そこに。






いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ

関連記事

センターでのトラブル?2 「コロッと転がす?作戦」

2018-11-13

Category :センターでのこと

こんにちは。

前の記事での。
おじさんと、このまま更なるトラブル化?するのかと思っていたら。

センターでの職員さんと部長さんから、こんなことを助言されました。

 職員「自分が言っちゃった手前、どうしたらいいかと思っても、プライドもあるからね。こっちの出方を気にしてるのかも」
 部長「男ってのは単純だから、ちょっと笑いかけて、『あのことはもう気にしてないですよー、私は敵じゃないですよー』って顔して見るのも手だね。そうやって、コロッと転がすくらいでいいんじゃないかね」
 職員「そんな無理に、『そうしなくちゃいけない』ってわけでもないんだけどね」

職員「ほんと、男って。そういうところ、面倒だよねえ」(笑)
部長「いやー…、かえす言葉もございません…」(苦笑)


そんな助言をいただき、金曜日のある瞬間に。
ちょっと、おどけたことを話してみれぱ。
案外、簡単に笑ってくださいましたね、よかった。笑

ちゃんと、良い報告ができて、よかったです。
では。




いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ メンヘル体験談へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ

関連記事

14. 「かわいそう」という言葉

2018-11-04

Category :♦思うこと、感じたこと。

 ――かわいそう。

 それは、私が好まない言葉の中のひとつだ。
 同時に、小さいころからなんとなく聞いていて、いい加減聞き飽きた響きの言葉でもある。
 だって、その一言で。

 そのひとの、それまでの生まれから、境遇やら。
 病気だったり、障がいへ対すること。
 「それ」にちゃんと向き合おうとする勇気も。
 物事が上手くいかないことへの苛立ちと、それでも前へ進もうという「強い意志」も。
 更には、そのひとを支える周りのことも。

 時には。
 あえて突き放したり、厳しくすることで、本人を成長させようとする試み。それへは、ただただ批判をして。どれだけそのひとが頑張って、心を鬼にして、助けたいのを我慢していることかなんて、知ったこっちゃなく。

それらの、「努力」だったり、挑戦することへの「勇気」や、ただ耐えるしかない周りからの「冷たい視線」の数々。
 
 それでも、前へ行こうと。
 ひたすらに足掻くひと。 
 なんとか、この世の中で。
 「親」なき後でも生きていけるように、教えるひと達。
 それら全てをひっくるめて。

 ――「かわいそう」

 そのひとことで、全てを片付けてしまう。

 なんと、酷く他人事で無責任な言葉か。







いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

センターでの、トラブル?

2018-11-03

Category :センターでのこと

こんにちは。

久しぶりのお題が、センター内での愚痴っぽいことのようで申し訳ないですが。

これから言う話は、
悪口とか、嫌味、陰口というよりかは。
「このひとの、こういう所はそんなに好きじゃないかな」という意味のものです。
ただただ、困ったなぁ、ということですよ?



最近センターでの、前からいるメンバーが数人来なくなりまして。
新しい登録者と、お試しで来た人が半々になっています。

人が増える場合に、トラブルはつきものなのは分かってはいるのですが…。
 たぶん、これまでがすごく平和だったのですよね。だからこそ、今のことが目立つ。


あるところでは。
「僕は何も悪くないのに、また自転車に轢かれそうになった」
という方と
「この話も何度も言ったのに…。彼はやっぱり、人の話を覚えていない」

この話の方々は、根は素直だったり、そこまで気をつかうことなく言えるタイプの方々でして。そして話題自体も単純なことが多い。
 なので、「私の中では」まだかわいいほうなのですが

ちょっと反応や対応に困るのは。
「彼がネットで、名を変えてセンターの人たちを悪く言っている」
という方と
「自分は受け狙いで、ちょっとギャップある言動をしたら、どうしてそんなに嫌がられるのか」
(私と職員とのやり取りで「彼」に気づかれた)

こちらの方々は。
態度だったり、意識だったりがちゃんと「大人」らしい方々。(たぶん)

 いかんせん、ちゃんと「プライド」というものを持つせいか。
 
けれど、ちょっとそれの形がそれほど大人っぽくなく見えるのは、私の気のせいなのか。
(特にギャップ狙いさん)

…私からしてみれば。
「大の大人が。
どうしても愚痴を言いたかったなら、せめて当人に知られないところで、誰にも本人を知られないようにすれば、まだどこにも知られることはなかったろうに。
(馬が合わないとか、愚痴をいいたくなるのは、ある程度しょうがないと思う)
 こちらは言わば、「両成敗」。
まあ、「当人同士」ではないから、こう言えるのもありますが…。
 これでも、これまで私は特定の人への愚痴は、母に言うとかくらいのもので。または「あれはちょっと困ったよね」くらいの言い方でしたから。
 詰めが甘いなあ、というのが第一の感想ですね。


でも、最後の話。
「今の」私にとっては。
「赤ちゃんぽいこと言うひとは、家の中だけで十分だよ。特にギャップなんてものは求めちゃいないわ! 誰に受けるとお思いで? そして下ネタ発言も呼んじゃいないんですけど!」
 本心として言ってしまうと、こんな感じになってしまいます。

 何度も言いますが。「困った」んです、嫌いではなく。ちょっと頭抱えるかもしれないけど。
 ちょっと茶目っ気があるくらいで、とどまっていて欲しかったのになあ…。
ちょっと、からかうやり方がしつこいんですよそのひと。
そして、職員さんに注意されてからの拗ねっぷり…💧
「どこのガキ大将だ」という、私だけへの無視。
 でも大丈夫、その拗ね方うちのおとんとそんな変わらないわ。(苦笑)
 来週は元に戻ってくれるといいな。そしたら、その場の空気も穏やかになると思うんだけれど。


本当に、愚痴ばかりでごめんなさい。
次には、ちゃんと解決した話や明るく楽しい話を出来ると信じて…!
また、来てくださると嬉しいです。
ではでは、また。

いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

お久しぶりに、また

2018-11-03

Category :お詫びとお礼、感謝

お久しぶりです。ご無沙汰してすいませんでした。

日々色々なことがあって、逆になかなか載せることが見つからないでいたのですが。


自分が思っている以上にこのブログを読んでくれている方々がいると知り。嬉しく思いました。
ありがとうございます。

これからまた、少しずつですが何か。

我が家の日々のいろいろや、センターでのちょっとした話なんかも、載せてみるのもいいのかなぁと思いました。

ので、これからもよろしくお願いいたします。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

13. 守られるべきはなにか

2018-03-20

Category :♦思うこと、感じたこと。

――子どものころの、辛い体験というのは、思いのほか心をえぐられるものだ。
 そして、ぽっかりと開いてしまった穴は、なかなかに、埋められないものだ。


 作者は、いわば典型的な「いじめられっ子」だった。
 人望がなかったわけではない。差し伸べようとしてくれた手もなかにはあったし、高校では縦にも横にも、友人に恵まれた。
 これは、高校よりも前のこと。
 


「菌がいる」
「あいつの触ったものなんて、汚いから触れない」
「キモい」
「死ね」

 それらの言葉を「聞き飽きた」のは、小学校中学年ほどの頃。
 小学校では男子多数。中学校では一人の女子。
 更に言えば、「自覚のないいじめ」として、小学校から中学にかけて、ある一人の女子から。


 時には折れた傘で、追いかけられランドセルを傷つけられたり。

 靴を隠されたり、画びょうを入れられたり。それを見ても担任からは
「あの子はハーフだから。しょうがないのよ」と言われて。誰が味方か、そもそも「味方」なんているのかもわからなくなったときもあれば。

 帽子を砂場に投げられ、「取ってこーい」と遊ばれるは。雨上がりに、傘を車道に投げられるは。剣のようにして、傘をぶつけられたりもした。
 テレビドラマのごっこ遊び(乗ったつもりはない)で、悪役のように、
「けがらわしい!」と言われては平手打ちされる日々もあった。
 母が相手の母に聞くと、
「ちょっとふざけてるだけよ。きっと悪気はないわ」なんて言われたとか。


 ……きっと、今思うと。
 「聞き飽きた」と思うのは。そうでもしなければ、その環境に対応できない、と。
 壊れていく心を。自分で自分に隠していたんだと思う。
 だが、「隠す」ことにも限界が到達したとき、私はついに、「全てに恐怖」し、「全てに遠慮する」ことに対して、疑問すら抱かなくなった。
 ――ついに、心が粉々に壊れたのだ。


 今は。
 信頼できる友人に出逢えたり、クリニックでカウンセリングや、薬の処方をしてもらったり。過去のことをちゃんと母と話したりなどで。
 
 壊れたパーツをゆっくり作り上げて、それを繋げているようなところだ。
 それでも、「ひとに遠慮する」ことばかりは、まだまだ変えられない。「名残」とでもいうのか。


 ――いじめ。
 それは、どんな場所でも、様々なカタチで起こりうることであって。悲しいことに、きっとそう簡単に無くなってはくれない。
 自分で「いじめている」という自覚がなく、けれども相手や見る人からすれば、完全に「いじめ」であるケースも、なかにはある。
 体験談として、「無自覚」ほど恐ろしいものはない。
 その時、辛いだけなら、まだマシなのかもしれない。
 私のように、そのひとの心の奥底に、深く残ることも多くある。
 
 そこまであるのに。
「うちのクラスに虐めはない」と、加害者を庇う教師たち。
「まさかうちの子が、そんなことするわけない」と、子どもを信じすぎて、子どもたちの闇に気づかない親たち。

 ――大人たちは、本当に大切なことが何なのかを、何処かに置き忘れてしまっているのかもしれない。
 一番に傷ついているのは誰なのか、それをちゃんと知って、認めて。その子どもの心を、守らなければならないのに。

 だが。着目すべきは、被害者側だけではない。加害者側の子どもが「どうして」そうあるのか。そちらを見逃してしまえば、「いじめ」なんて、何度でも起こる。
 一見、「気にくわないから」だと言っても。もしかしたら、その心理には、本人なりの「闇」があることもある。ないときもあるが。
 

 個人的に、深く印象に残ったことは。
 生徒の心を守らなければいけないはずの教師が、「諦めなさい」かのごとくに、手を引っ込め、守ってくれなかった。
 それまで、「普通」に、仲の良いと思っていたひとに、ある日から近付くことすら、拒まれる。

 ――信じていたひとに裏切られること。そうして、全てが自分から遠ざかっていくこと。
 その果てに、「全てを諦めること」を覚える。それは何よりも、辛くて苦しくて、痛くて悲しいものだ。
 そんな思いをする人は、自分ひとりで、もう十分だ。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

12. 「自分の」ものさしは自分で測るもの

2018-03-08

Category :♦思うこと、感じたこと。

 作者は、ものごとを書くにあたり、まず自分の考えと世間の見方を照らし合わせる。
 これは、その際に感じたことである。


 この世の中にありふれた問題の「常識」は、ほとんどが当事者からは「非常識」となることが多い気がする。
 どれほどのひとが、頑張りすぎて疲れきったひとに「もう少しだ、頑張れ! 何があっても諦めるな!」
と言って、その先を急かすか。
 どれほどのひとが
「すごい頑張っちゃったね、もういいよ。たまには休んで? 貴方は十分頑張ったよ」
 そう言って、その頑張りを認めて労うのか。
 
 この場合、「頑張ったひと」に対しての正確な正解はない。本人のその時の感情、状態も関係すれば。声をかける方の言葉使い、声のトーンやらにも大きく左右されるものだからだ。

 「常識」とは、いうなればそのひとの「ものさし」だ。
 世間のものさしと、自分のものさし。
 世間の常識は、いつも当人達を置き去りにしたり、「こうであるはずだ」と高く見る。



 ここでひとつ、疑問が浮かんだ。
 「常識」という名のものさしは、「誰の」ものなのかと。

 ひとは、最初に与えられる「マニュアルのものさし」が――一般的な常識で測る物事が、「合っている」ものなのだと、信じて疑わないのではないか。
 


 だが、一歩。
 別の、新たなものさしという、「知らなかった現場の実態」で測ると。
 案外簡単に、それまでの「一般的」、な
「常識」というものが、どれだけ測り間違えていたかがわかるものだ。
 

 ――ものさし、という名の「常識」は。昔に測られた「一般的」なものを見て、納得するものばかりではない。
 今は様々なところで、様々なことを知るための場や知識が、実はちゃんとある。あまり取り沙汰されないものが多いだけで。
 


 だからどうか。
 自分のなかの「常識」は、その目と耳で感じて、「自分で」常識を測ってほしい。
 そうして、考え方を柔軟にし、視野を広げることで初めて、自身の世界は、大きく広がるのかもしれない。




いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

11. 障がい児ときょうだい児の親たちへ

2018-03-03

Category :♦思うこと、感じたこと。

 今回は、思いっきりノンフィクションを交えて。


 ――あそこの不思議な子たちときょうだいの子のお家は、とっても仲良しなのよ。
 お兄ちゃんが、すごく面白い、元気な子でね。
 もう一人のお兄ちゃんは、声をかけるとペコっとおじぎを返してくれるし。
 妹ちゃんは、家族想いの『しっかり者のお姉ちゃん』に育っているわ。


 上記の、特に『しっかり者のお姉ちゃん』あたりは、小さいころから作者がよく言われていた、又は「そう望まれていた」ことだ。
 もっぱら、両親からの言葉ではなくて、近所のおばさま方やたまに来る親戚、兄たちの行っていた学校での、いわゆる「ママ友」に近い方々からの、「我が家の見え方」だ。

 ――しっかり者のお姉ちゃん。
 聞こえはいいが、そのなかにあるのは「本人の特徴」ではなく、「その子の役割」のように思える。
 だから、私は小さいころから「そうしなくてはいけない」と、自分に言い聞かせてきて、今ではもう変えられないくらいには、板についている。


 理由はきっと、最初は単純に。
 ――お姉ちゃんになれば、ひとに褒めてもらえるから。
 だから、「お姉ちゃん」らしく、親に手間をかけさせまいと。幼稚園の年少にして、母から紐を奪い取って自分で髪を結いだ。
(半分は母の結いに納得できずもあるが)
 そうすれば。
「わあ、自分でしちゃうの、すごいね!」
 なんて言って、褒めてもらえるかな、なんて思ったり。
(でも自慢するのは「子どもっぽい」から躊躇う)

 だが、現実はどうだろう。
 最初こそ驚かれるものの、それが「いつものこと」になれば、
「あ、結い終わったー?」
なんて感じになる。
 ――そう。ひとは驚くようなことを見ても、続いていけば「慣れる」ものだ。
 ひとというのは、ちょっと自慢気味にしたり、それをみんなに、あるいは誰かに、盛大に褒めてほしいときというのは、誰しも心では思うものだ。



 ……話を変えて。
 親、特に母親からしてみれば。
 自分の子どもが障がいをもっている。それはとても、それこそ当人にしかわからない葛藤があるのだとは、思う。
 その末に「育てよう」と、障がいに向き合えるのは、誰しもが必ずできるものではなかろう。

 ――あなたは自分を誇っていい。
 けれど同時に。忘れないで。


 きょうだい児にも遅かれ早かれ、そういう葛藤のようなものは、自覚のない子だとしてもあって。むしろ、家庭によっては親よりも、きょうだいとして近くにいることもある。
 兄姉だったり、弟妹だったりとして。
 家庭によっては、離れようとするきょうだいもいる。疎ましく思うことも日々のなかであるものだ。
 これは、インターネットで得た情報であり、私自身にも多少当てはまるものだが。
 
 「障がいあるお兄ちゃんのことを、よく面倒見てくれる。そんなにお兄ちゃんが好きなのねえ。うちの子たちは仲がいいわ」
 どんな面倒見のいい子どもでも、ただただ「お兄ちゃんが好きだから」という「だけ」で一緒にいるわけではない。
 「面倒見のいい自分」のことを評価して、単純に「褒めて」ほしいのもあるし、その子どもの元々の性格もあるが。
 そういう時、ちゃんと
「すごいね、偉いね」とか。「いつもありがとう」。
あるいは。

 ――「我慢」させちゃって、ごめんね。

 ここを、どうか見逃さないでほしい。
 「いつもいつも、障がいのある子のペースになって、自分はそれの引き立て役みたいになっている」
 そう感じるきょうだいは、けっこう多いはずだ。
 更に。なんで、と反発すれば、親やら親戚からは非難の言葉を返される。
「どうしてそんなふうに思うの? 
しょうがないでしょう。この子はこうなんだから。
ちょっとぐらい、譲ったっていいじゃないの」
 ……「しょうがない」って、なにが?
 いつもそうやって、きょうだいの相手をするのをおざなりにする。
そのくせ障がい児のほうには、当たり前に笑いかけて、何かすることに、オーバーなリアクションをとる。
 

 きょうだい児たちの多くは。
 障がい児の家族に対して、どこかで、何かしら。
 ――なんであの子ばっかり、みんな寄っていくの。なんであの子は「特別」にされるの。
 ――あの子が憎らしい、もう嫌だ、嫌いだ。
 そして。そんなふうに考えてしまう自分自身が、どうしようもない、誰よりも醜い人間なんだろう、と。

 ――そうじゃない。
 そう思うのは、なにもおかしいことじゃないんだ。
 そうやって、独りで思い悩むことのできるあなたは、本当はとても優しいひと。
 優しすぎるから、本当は平等になりたいって。障がいの子に「譲る」んじゃなくて。
 ――兄弟姉妹として、ちゃんと「対等」でありたいって、思っているんだ。


 これはこれで、当てはまる人ばかりじゃないけれど。
 人前で、ずっと「いい子」な、優等生は、特に。
 早くに大人の心になったつもりだから、ある時反動が起きるものだ。
 きょうだいたちも、どこかでサインを送っている。きょうだいは、生まれながらにどこかで必ず「我慢すること」を強いられる。
 それに、早く気づいてほしい。
 
 障がいに対して「理解」して「協力」してくれる。それが、「ごく当たり前」なことだとは、思わないでほしい。

 ――まずは、きょうだいのための時間や枠なんかを、取るところから。





いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

10. 障がいを持つひとのきょうだいへ

2018-02-24

Category :♦思うこと、感じたこと。

 障がいを抱えるひとの兄弟兄妹を、「きょうだい児」と呼ぶ。
 私自身がそうだ。
 
多くは、何かしらの「我慢」だったり、逆に「わざといじわる」をしては、親に叱られたり、と。
 その内に抱える悩みがあるひとがほとんどだ。
 私の場合は、
「兄たちの分も、私がしっかりしなくちゃ」
と言って。背伸びをして、親に手間をかけさせないように「いい子」として。
 ときに子供らしくなく、末っ子らしくない「お姉ちゃん」をしていたら、大人になって、苦しい気持ちになっている。

 記憶、というより。憶測では、私は「普通の基準」だったのではないかと思う。唯一の健常児だったからか。
 親戚にすら、褒められたためしがない。

 子供のころの私に言いたいことを。
これを見ているどこかの「きょうだい児」に、おくりたい。


 ……もっと、甘えていいんだよ?
あなたはまだまだ、子供なんだから。
ここでそんなに我慢したって、後で苦しいだけなんだよ。
 子供が大人に頼って、甘えるのは、なぁんにも、おかしいことはないはずなんだから。

 大人であっても、親に甘えることは、そんな悪いことなんかじゃない。この際、恥ずかしさはほっぽっていいと思うんだ。
 苦しいときはちゃんと言えばいい。
悲しかったらそのままに伝えて、いっそ泣けばいい。
 自己主張って、難しいかもしれないけど、大切なことだよ。
(作者の永遠の課題だ)

 親にはどうしてもできないなら。
近所のおばさんとか、きょうだいの先生とか。
 いまは、「きょうだい児」をサポートする人達もいるし、同じ悩みの、ほかのきょうだい児と話す場だって、探せばある。

 私は、たぶん我慢しすぎて、耐えすぎて、「友達」に迷ったり。
いろんなことが重なった末に。
精神病を患ったのかもしれない。
 あなたは、そうなる前に。
 ちゃんと、甘えて?



 親たちは。
 障がい児を優先し過ぎて、「そちら」ばかりを
「もう、しょうがないなぁ」
なんて言って、構い過ぎて。
 その前後の、ほかの大切な人には、
「わかってちょうだい?」
なんて、「理解」ばかりを求めないで。
 きょうだい児に、頼りすぎないで。
 ちゃんと「甘える」ことを教えてあげて?


 ――ほら、そこにいるでしょう?
一生懸命に背伸びをして、いまにも泣きそうで、でも耐えている。
そんな、小さな命が。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

9. 誰しも、好き好んで強くなる人ばかりじゃない

2018-02-24

Category :♦思うこと、感じたこと。

 障がい者はかわいそう。
 障がい者ってすごい。
 自分には耐えられない。 
 自分はそこまで強くない。

 ――障がい者って、たくましい。


 パラリンピックに出る選手や、テレビの番組に出てくる「障がい者」に対して、なんとなく、そんな印象を受けるひともいることだろう。
 だが、私はこう思う。
「彼らは生きていく中で、「強くたくましく」なるしかなかったんだ」と。

――それは、人の視線。
――それは、心ない人からの罵倒。
――それは、この「世の中」の行き辛さ。


 それらのことに耐えるために、自分や、周りがすることは。
 何ものにも揺るがない、精神力を。
 「強さ」や「しぶとさ」を持つことが必要な。
 そんな世の中に、いつなったのか。


 けれど、「強くなる」のは。我慢することでもある。そして我慢は、いつか爆発するものだ。
 

 例えば。健常者の「爆発」が、精神の病を発症させることもある。
 それが、この「生き辛い世の中」なんだろう。

 だから。できることなら。
 ――誰もが、そんな無理に「強く」なる必要のないような。
 そんな世の中を、つくることはできないのだろうかと、日々思う今日この頃。




いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

問題は山積み

2018-02-03

Category :自分以外のこと

言葉に弱い長男。
前よりは、文字ボードを使うようにはなってきてはいますが、どうも私には特に
「伝わって!」という視線が多いです。

「○○さん」という名前だけで、何を言いたいのか伝わるとは、思わないでほしい。

でも、なんとなくわかっちゃうから、たちが悪いというか…。
「○○さん、でんわ」
で、
「電話かけるの?」
とかから
「○○くん」
で、
「ああ、会ったのね」
とか。

これは、日頃の会話から分かることで合って、決して彼の伝え方がわかりやすいとかではないんてすね。だから、わからないときもあって。
「ぶるーかー」
↑ブレーカーと言いたかった
とか。

ときには、
「タバコ」
だけで、あとは「伝わって!」という視線。
後にわかったのは
「○○くんがタバコを吸うんだ」
とか。
せめて、もっとヒントを……。


最近では。
支援学校の同窓会の話で。
卒業からの10年間は、その企画に出られるんですが。それを過ぎると、はがきがこなくなります。
その場合は、出たいことを、電話をしなければいけない、ということなんですが。

 どう言っても、
「自分では言えない」「お母さんがかけて」と。
こちらが、
文字は教えるから、トーキングエイド(言葉の鳴る機械)で、やったら?
とか。
 自分の字で書いた紙を、FAXで流したら?
とか。
 いろいろ言って、説得しようとしても、「自分ではできない」という回答。
頑固です。



「今」はそれでもなんとかなっても、この先。
母や父が動けなくなったときや、一人のときの緊急事態に。
今のまま変化がないと、とても、とーっても、苦労するのは、目に見えてます。


ついでに、家族相手でも、
「自分が話したい時」
(話しだすと相手の都合は考えない)しかでてこない。加えて、いろいろ自分中心なところも多々あり。


携帯を持ちたがらないのもあり、緊急時の連絡もどうするのか。
(本人は「大丈夫!」と)


だいぶ、愚痴ですね。ごめんなさい…。
ほかの家庭では、どうなんだろう。

では。


いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

打ち明けたくない理由

2018-01-21

Category :自分以外のこと

どうも。ご無沙汰してます。
今年もよろしくお願い致します。スローですが。笑




年が明けてからくらいに、両親と私で、母の実家へ行ってきました。
そこで。

私や、母は特に何度も聞いていた、「障がいを持つ孫がいることを話さない理由」
祖父の葬式で、何故「家族葬」にして、親戚も呼ばなかったのか。

祖母が、「あなた(父)にはわからないと思うけれど」と、過去の話をしました。



この世の中、様々な家族の形があり、様々な恩もあれば、因縁もありますでしょう。
父はどちらかというと、障がい者や、それを取り巻く人、環境やらについては、鈍感です。

逆に、母はできることなら、そこまで周りに知られたくない、という気持ちがあるようです。

そんな中で、私は。小さい頃はよく、兄を連れだして、近所の公園を出歩いては、いじめっ子に追いかけられたりも。
…あ、そうそう。
確か、ある日には、悔しい想いをして帰ったことも。
「なんで、一緒に歩いてただけでちょっかいだされるの。なんで、ちゃんと反撃できなかったの」

たぶん、情けなかったんですね。
元々、いじめられっ子な自分の、兄のことまでちょっかいかけられて。それにろくに対抗出来ず、逃げるように帰った「自分自身」が。


「噂話」って、怖いんでしょうね。あっという間に、尾びれ背びれついて、歩き回る。
祖父の家族間というのは、とても悪く、祖父自身、酷い扱いをされたらしく。

だから、孫が障がい児だなんて知られたら、あることないことを、母も含め、悪く言われてただろう。
だから、言わないんだ、と。祖母は言いました。


悲しいことですが。
「家族または親戚に、障がい者がいる」
それはけっこう、今の世の中では、重石にされてしまう。

祖父の葬式では、兄が発狂乱。
いきなり母が離れて、馴れない服を着て、知らない場所を歩いて。
環境の変化に弱い兄にとっては、パニックになるのも当たり前、だったんでしょう。
私は祖母のそばにいたので、その時の兄についてはほぼ父任せで。
それも、いくらかあったのかなぁ。
母の弟さんには、どこか預けられる所とかはないのか、と頭を抱えられました。

涙も流せないお葬式。



兄たちの同級生さんのなかには、お母さんのお葬式に、子どもとおばあさんは出られなかった、と。(子どもが騒ぐからと)
おばあさんは、娘を最期のさいごに、ちゃんと見送ることが叶わなかった。とても、悲しく寂しい話です。


あれあれ、いろいろ書きましたが、はたして私は何をどう言いたかったのでしょう。(思ったことを、つらつらと…)
この記事の最大の謎ですね。すいません。苦笑

ではでは、また。


いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

アドリブいっぱい

2017-12-24

Category :自分のこと

どうも。クリスマスですねえ。


さてさて。
センターのほうでも、「クリスマス会」という名の親睦会がありました。


3つの部所が、それぞれに出し物をしたり、ビンゴゲームでのプレゼント交換があったり。食べ物やノンアルもでたり。

私のところでは、ハリーポッターの映画の、最初のお話を、寸劇として披露したのですが···。


なにせ、近ごろはあまり人が来ないので、利用者の参加人数は3人。スタッフは裏方に。
なんだかんだと、目立つのがお好きなお二人は分かるのですが、いつの間にか私も参加するのが決まっていました。苦笑
ハリー少年と、友達のハーマイオニーさん。
そして私はナレーションとかを。

問題は、中身でして。
映画を見て、やりたいシーンまではすぐ決まったのですが、セリフや流れが、なかなか出てこなくて。

試しに台本をパソコンで作ってきたら、それをベースに話を詰めることになりました。
こんなところで、物書きしていたのが役に立ちました。笑
ちなみに、ハリーさんがインフルにかかったためもあり、練習期間は4日間。


なんとか出来上がってみると。
私はナレーションを含め、声を変えて4役する事に。わあ、たいへん!
(ひとが少ないもので)

で、当日にそなえてこっそり。
「間」があったときのための心持ちをもって、挑んだら。

(当日になって、追加したいシーンを言われた時は参った···。却下出来て良かったです)



すごーく
「おれ、凄いな! カンペキだな!」
と、自画自賛していたハリーさん。
いかんせん、ガラスのハートで気分屋なのが痛いところです。


で、本番。自分たちのオリジナルで、暴れてるヘビを魔法で落ち着かせるシーンをいれたのですが···。

あれ。ハリーさん、セリフを忘れて、困ってる。
ちょ、まって、固まらないで。
え、ほんとにまって、逃げないで···!

仕方ないので、それっぽいナレーションを即興で。
どんな対応をしていたか、それほどちゃんとは覚えてないのですが、確か。

「~~。ハリー、もういっそ『止まれ』でもいいから言ってあげてはいかがでしょう?」

そこで、やっとハリーさんが戻ってきてくれて、思い出したらしき魔法を唱えてくれました。

そうして、なんとか持ち直すことに成功して、寸劇は無事、終えられたのでした。
ああ、よかったよかった···。

あとに、カメラ係をしていたひとや、スタッフからは「神対応」なんて褒められたので、ほんとに「なんとかなった」のだと実感しながら。
ほかの出し物や、ビンゴゲームでのプレゼント交換を楽しんで。
楽しく、終えることができました。
よかったよかった。


追記
後日、別の部屋の友達に聞いてみたところ、アドリブではなく、そういうシーンとして取り入れたのだと思われていました。
やったね、大成功!


いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

だいぶ落ち着きました

2017-12-10

Category :自分のこと

ご無沙汰です。


11月は、だいぶ落ちていました。

内出血になるくらいに、腕にかぶりついたり。
次の日ちょっとふらつくほどに、首を絞めたり。

それを話したら、担当医から「入院」を提案されました。
 (そのほうがいいのかな、とも思いはしたりも…)
でもでも。

うちの子たちって、「家族大好きっ子」な面があるのですが。
私にもそんなところはありまして。
要するに、入院したくなかったんです、私の意思としては。

そんなわけで、11月の前半はセンターにも行けませんでした。
1度、状態が悪いときに行ったら。
上手く作業が出来ず「アドバイス」のはずの言葉に、ダメだしされたような気持ちになり、泣いて帰ったことも。
(苦笑)


後半から。
また少しずつ落ち着きを取り戻していき、センターにも行けるようになりました。
ただ、まだなにかの拍子に落ちることはありますが、そこまで深刻にはなってない、···と、私は思ってます。

何度も訪問してくださっていたお方も。ありがとうございます。
顔の見えないネットの中で、どこまでの方が気にかけてくださっているのかわかりませんが。
ご心配おかけいたしました。

また、スローながらも、これからもよろしくお願い致します。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

「虐めないひと」と「優しいひと」は同じではない

2017-10-09

Category :自分のこと

どうも。


これは、高校の頃くらいに、私が言われたことです。


...とある、不器用な優しい女の子と、「いじめ」についての話をしたときです。
(LINEで、ですが)

中学校のときの、「最後のターゲット」として、私を虐めてきたひと。
引き離されてしまった、友達だと思っていた子。
それに加わらなかった、同じクラスのひとたち。

その話をしたら、彼女はいいました。

「キミのまわりには、優しいひとがいなかったんだね」
『? 周りは、優しかったよ?』
「うーん...。少し違うかな。」


「そのひとたちは、虐めるひとではないかもしれない。でも、本当に「優しい」なら、キミを見て見ぬ振りをしないし、ここまでくるまでに、なにかしら手を差し伸べていたと思う」

まさか、そんな返しがくるとは思っていませんでした。
不意打ちすぎて、視界がぼやけてケータイの画面がよく見えなくなるくらいには、涙がでてきましたね。
いろんな意味で、おそろしい子っ! 笑



話は変わって。
小学校のころに、周りから「菌」とかと虐められたり、女子から逃げられたりと、酷い扱いをされてた男子がいました。
その頃、地味ーに男子からにげられ気味であり、女子に守られていた私は、その悪口は口にすることはなく、右から左へ、と受け流すのが精一杯でした。
行動としても、逃げも隠れもしませんが、周りに何を言うでもなく...。

後に、クラス内で、担任から「菌、と言った人は謝りなさい」
と言われ、謝りました。
そこに、私は「止められなかったんだから、同罪かな」と、謝りました。
あとには、
「何も言ってないあゆむちゃんが謝ったのに、さんざん言ってたあの子は謝ってないよね!」
...と。
案外、ちゃんと聞かれていたんですね。

本当に、今思うと。
言うべきは。
「止めることも、庇うこともできなくて、ごめんなさい」
だったのですよね。



「自分は誰もいじめない」
それは確かにいいこと。けれど。
目の前に、いじめられているひとを見て、あなたはどうしますか?
それ次第で、もしかしたらあなたは誰かの
「心優しいヒーロー」になれるのかも、しれませんよ。




いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

障がいは「悪」でなければ必ずしも「正」ともいえない

2017-09-28

Category :雑記

さてさて。



こんなふうに考えるひとも、いるんでしょう。
「障がい者は、『意地悪される』ことはあっても『意地悪する』ことはしない」
体験談で、答えは「NO」です。

障がい者といっても、人間は人間。
兄たちの学生時代が、そんな感じです。

むしろ、「こだわり」が強い子が多い分なのか、物の取り合いだったり、ひとのものを壊す子もいたようです。
(授業参観にて、私はぬいぐるみを取られた過去が)
なかには。親の前でだけは「いい子」になる子も...。
その辺は、そこらの子どもと変わりませんよね。


さてさて。
センターのとある方は、よく
「今日また、車にひかれそうになったよー!」
と、いいます。
でも、聞いてると。
彼が自転車で、信号待ちの際に車道のほうに出てきてたりで、声をかけられるに対して
「はあ? なんでそんなこと言われなきゃならないんだよ」
と、だいぶ車道側を走って……。
で、ちょっと危ない思いをした、というようなんです。走り方を見てる方からすると。
そして、あるとき彼は車に言ったそうな。

「こっちは障がい者なんだぞ!」

...えぇ? そんなこと言うの?
自転車のマナーなんて、障がい者健常者関係ないんじゃないのー??

自分の行いこそが正義。そんな彼がこちらの助言を聞くことはなく。
「彼、いつか絶対痛い目見るよね…」

そう、みんなで思っていたら。
なんと、本当に「痛い目に会っちゃった」ようで。
ここ数ヶ月、顔を見てないですね。
 これに懲りて、自転車でもルールを守った、安全運転になってくれないかなあ。

健常者でも、障がい者でも。
世の中では、「やっていいことと、悪いことがある」それは同じじゃないでしょうか。

肩書きとか、見た目とかで、
「あの人はこうだから、いい人・悪い人だ」
そんなに簡単に、決めつけるのは、早いですよね。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

欠けているところ、できちゃうところ

2017-09-28

Category :自分以外のこと

こんにちは。
ちょっと、思ったことをとんとんと、書いていきます。


障がいについての
話を検索すると、どうにも「欠けている」ほうばかりに目がいくように感じるんですが。

彼らには、それを補う以上の「能力と努力」が、ついてきます。

うちのに例えると。
・記憶力がいい
人の名前を覚えることや、スーパーで買ったものの価格。
過去に起こった出来事と、それの日にち、関わった人物
(興味のあることに限る)
・やる気があるときの集中力、成し遂げたい物事への執着心や根気
(ないときとの大差は激しい)

あ、あと。
うちのには、言葉をわりとストレートに言うほうがいいです。
更に言うと、
「走って」ではなく「タッタッタってして」だとかの「擬音語」
のほうが、伝わるんです。
私なりに、考えたんですけど。
もしかしたら。
彼らは、けっこうな部分を頭で考えるというよりも、感覚的なもので感じる、のかなあ、と。
(私なりにながら)


言葉がうまく伝わらないときに、
「スタスタって歩いて」
「車がバビューンって走ってるのは、ピタッとは止まれないからね、危ないんだよ」
「お鍋はよーくグルグルしてね」
人によるのでしょうが、試してみるのも、工夫の一つですよね。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

センター

2017-09-04

Category :言葉のらくがき

ただただ。

寂しくて さびしくて
         感情を持て余しているようだ

ほんとうは、もっといろいろ話したいけど
   そんなのは、こっちだけかもしれない

 甘えたくて すり寄ってみたくて
               でも、それが重かったら また、にげられちゃう?


そんなことを、想いはしても
   長年にわたり住みついていた「意地」が、それを表に出させないんだ

ついつい、いつもと変化のない
          「なんにもなさそうな顔」
をする
   
 誰に気づかれることも、
意地は許そうとしない

   だって、そういう
          「うそつき」は得意だから



素直に、感情をあらわにできれば
               どんなに楽だろう

 どこでなら、泣きわめいても
          迷惑にならないだろう


 そんなことを考えて。


また、わからなくなった
              甘え方


あれだけ「あの子たち」に教えられて、やっと伝えられるようになったはずなのに


         また、心が「迷子」になっちゃった。

        





いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

自分の反応、周りの反応

2017-08-10

Category :自分以外のこと

最近になって、思いました。
「私、子どもの頃とか、だいぶ兄妹事情をオープンにしてたんだな」
と。


例えば。家族の話では
「うちの兄ね、ちょっと身体にまひ?があるのね。
あと、手短いから、後ろに手が回らないの。だからよく、お風呂とかトイレとか、手伝うの」

私としては、
「後ろに手が回らない」
という、こちらとしては、軽ーい「笑い話」のつもりで言うと何故か
「たいへんなんだね...」
と帰ってくることが何度か。特に大人は。

たぶん、今思うと、
「障がいがあるから、介助している」
と、受け取られるのでしょう。
その当時は、(じつは今でも?)
「障がい」に対してあまり多く考えたことが、なかったんですよね、たぶん。


いやだって、生まれたときにはすでにそばに居たわけで。
今思うと。
「障がい」に対しての知識、配慮、考慮するより先に。
「彼にはこれができない」
という実態。そして、
「これは手伝ったほうがいい」
という「感覚」
そっちのほうが早かったのでしょうね。笑
そこから。
知識を得てからの、
「これは自分でできるようになったほうが良い」
という、「将来への、配慮または考慮」


無意識に、思っていたのでしょうか。私は。
「障がいは、恥ずべきものでも、必ず隠さなければいけない、というものでもない」
と。
もしかしたら。
世の中に、家族に障がい持ちがいる家庭があることなんて、そこまで特別なことでも、とくに珍しいことでもないかも、しれません。


...「障がい者」って、話を聞いたり見たりしていると。
そこまで「稀な存在」でもないのかもしれないですよね。
案外、こちらが事情を話してみると
じつは
息子が...。
孫が...。
親戚が...。

と、いるものだったりします。多くはないですけども。
だから、時々
「ん?」
となることも。


…そういえば。
子どもの頃
いつだったかの「道徳」の授業で。
障がい者(体の不自由なひと)についての授業が、周りの反応と自分の反応がだいぶ違っていたことに、その当時はひどくびっくりしたような。
誰かが
「これからは、からだの不自由なひとに、もっと優しくしてあげようと思います」
「車椅子のひとがいたら、押してあげようと思います」
というような感想たちに
(ん??)
と、なにか引っかかりを覚えてたようなことも、ありました。
なんか、「~してあげようと」
なんか、なにか......。
なんとも言えない、上手く言えない違和感があるんです。伝わるでしょうか。

個人的に、上から目線が嫌いだからでしょうか。
そのときに、周りの言葉が、だいぶ上から目線に聞こえたんですよね、なんとなーく。


できるだけ、「対等」でありたいと願うのは、可笑しいのでしょうか。難しいのでしょう、か...。
障がい者だからって、人間同士ですよね…?

だいぶ、まとまりなくて、いつもすいません。
ではでは、また。



いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

「ハンディキャップ」は最大の可能性

2017-08-02

Category :問題なこと

「障害者は可哀そう」なんて
という記事だけだと、なにか誤解を与えそうな気がしたので、もう一つ。


私が思うに。
みんなが健康に産まれれば、そのほうがいいなあと、思いはしますが。
そんなことにはなってくれず。


この世の中。
いろんな先天性、後天性のハンディのあるひとと、その家庭それぞれ。

「うちの子はこんなにかわいいの」
という家庭を、チャリティーではよく扱われてるような気がしますが。

「どうしてうちの子はできないの」
と、ひたすら嘆き、隠す家庭もあるでしょう。

たぶん、本人だったり、その周りの方々の「心持ち」もだいぶ関係しているんじゃないかな、と思います。

ほんの小さなことでも、
例えば
「今日は、ご飯を残さず食べられた」
とか。
そういう、なんでもなさそうなことでも。
それぞれ、できること、難しいことがあるのだと思います。

うまーく、そのひとの障がいと付き合っていれてる家庭って。
そんな、些細なことに
「できた! やったね!」
と、喜ぶ。それを日常にしている部分があるのかなあ、と。


ーーそう。
人間、
「どうしてこんな簡単なことが出来ないんだ」
と、大きな規模のことに嘆くよりも。

「あ、昨日出来なかったことが、今日はできたね!」
と、ほんの小さいことでも、「できた」ほうに喜び合う。


ほら、「千里の道も一歩から」って、言うじゃないですか。

人間、誰でも。
悲しそうな、難しい顔なんかよりも。
嬉しそうな、笑った顔しているほうが、幸せそうで、可愛いものです。


もちろん、いつでも笑っている家庭、というのは、ないでしょう。人間は、感情の生き物ですし。

ただ、一つ。
大人達が、こわい顔ばっかりしていると、子どもとしては、無邪気に笑うことすら、躊躇って。
そのうちに、
「自分はなにもできないんだ」
「自分は、生まれてきちゃいけなかったんだ」
そんなふうに、子どもに思わせ、笑顔を消すのは、ひたすら悲しいことです。

そんな風に、させないであげてほしいです。




いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

「障害者は可哀そう」なんて

2017-07-25

Category :問題なこと

こんにちは。


「相模原障がい者殺傷事件」という、福祉施設「津久井やまゆり園」におきた事件。
あれから1年が経ちますが。
まだまだ、ご家族、ご友人方、施設の方々の
傷は癒えないのでしょう。
...はたして、癒える日はくるのでしょうか。
心が癒えるときが、いつかきますように。

そして、亡くなった方々の、なかには念すら抱く前に殺されただろう、その想いに。
相応の代価の「刑」に、犯人は、せいぜい苦しめばいい。



..あまり関連はないかもしれませんが.、こんなことを思います。
先天性のもので生まれつきに障がいを持つ兄。
数年前の、家族旅行でのこと。



兄が、「疲れた」、「お腹空いた」とぐずって、しまいに足場の悪い場で、転んでしまったのです。小雨のなかで。

母や私が立ち上がらせようとしても、なかなか従ってくれず。ついつい、母はイライラして怒り口調になり…。
そしたら、ふと。通りすがりのおばさん方が

「可哀そうにねえ」

母は、悔し涙を拭って、どうにか兄を立ち上がらせました。


「可哀そう」

「障害者は可哀そう」


なんて、傲慢な言葉だろう、と。
私は思います。


私は、その言葉の使い方が、正直嫌いです。
その人の人生は、その人のものです。
幸も不幸も、感じ方は、本人が考えること。

はたしてわたし達が、その人の人生、境遇に対して
「あなたは可哀そうなひと」
と、勝手に決めつけて、いいのでしょうか。
もしそうだったら、「可哀そう」と思うのは、誰までが当てはまるのでしょうか。

たいへんなのは、本人だけ?
育てる側や、共に育つ側は?

だからといって、
「わたしは、かわいそうな人なんだ」
と、冷めた思考で、全てを諦めるのも、それはそれで、違うというか、悲しいな、と思うんですけど。

...でも。
「部外者は黙ってろ」
そんな声と、
「もっと理解してほしい」
どちらの声も、解ります。

初対面のひとに、何が解るというのか。
でも、時にはパニックになるなどの、事例があるという「そうなってしまうんだ」という事への理解がほしい。

矛盾が多いのは、別の記事でもお話しましたね。
...そう。人間は、矛盾する生き物なのです。

まとまりなくて、いつもすみません。
ではでは。



追記(長文)

たしかに、健常者と「まったく同じ」とはいかない。
うちの兄たちは。
反抗期は十数年単位だし、興味のないことには特に、覚えることに時間はかかる。
でも、人の名前を覚えるのが早かったり、案外「お兄ちゃん」をしてくれたこともある。

「たいへん」なことはある。苦労と苦悩だらけかもしれない。
変に我慢強くなって、自分で苦しいときもある。

でも。わたしは「不幸」とは思わない。

むしろ、「良かった」部分もある。
だって、
彼らはよく笑う。それが好き。
兄妹間としてでは、イタズラっ子な笑い方はちょっとムカッともするけど。
そう単純に思えるのは、幸せな気がする。

たぶん。
「障がい者を苦手な、自分が自分で嫌だ」
そう悩むひとも、きっといる。むしろ多いかもしれない。
そういう部分に私が自己嫌悪することは、今までも、これからもないと思う。だから「よかった」
それぐらいには、兄たちの友達や、センターの人を見てきたつもり。

「障害者は要らない」
そんな考えの人に育たなくて、よかった。

私は、これでいい。

わたし達は、「損得」とか「生産性」とか、そんな難しいことを考える前に。
シンプルに、目の前の人間を、自分はどう思うのか。
それを考えるだけじゃ、駄目なんだろうか。


いつもありがとうございます ~一つでも押していただけるととても励みになります~

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

NEW *TOP* OLD

プロフィール

月凪あゆむ

Author:月凪あゆむ
どこまでもマイペースな、わりと気分屋です。
一番始めは。ファンタジーな話を、手書きでノートに10冊分ほど書いてました。(10代の頃の話)

二人、兄がいますが。二人とも知的発達障がい者です。年齢的にはいい大人ですが、脳年齢的には子どもです。

色んなことの果てに、私は「統合失調症」という精神疾患の持ち主となりました。
 そんな私ですが、どうぞよろしくお願いします。

最新記事

カテゴリ

最新コメント

リンク

月別アーカイブ

フリーエリア

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村 にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村 にほんブログ村
人気ブログランキングへ このエントリーをはてなブックマークに追加

カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR