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2022-10

41.  「かわいそう」を本人に言って良いものか

2022-06-26

Category :♦思うこと、感じたこと。

 作者の通所している施設には、それぞれ何かしらの障がいを抱えるひとが通所している。

 精神の人もいれば、発達の人もいる。
 気持ちが不安定になりやすいひと、コミュニケーションが得意でないひと。
車椅子のひと、はっきり言葉を紡ぐのが苦手なひと。
 彼らも、自分に出来る範囲のことを。そして時に、周りからの助けを借りることもありながら日々を生きている。
 それらのなかには、身体に麻痺があるひともいる。
 今回はその「彼」にまつわった話。


 とある日。
 ある女性から、彼は質問を受けていた。体のことについてだ。
 最初は、「どうして麻痺があるのか」に近いことを聞かれていた。
 女性は、話すことは大好きなのだが、多少話し過ぎる傾向がある。そして時に、周りからすれば「失礼」に値することを言うひとでもある。
 その日も、それは起こった。

「体が不自由なの、かわいそうですね」

 手が一瞬止まった。この流れはあまり良くない気がする。
 なので、向かいに座っていた私は、
「でも、○○さんとっても器用なんですよね」
と、密かな応戦をしてみれば。
「うん……。器用になるしかなかったんだよね」
「…………」
 そう言われると、なんと言葉をかけるべきか。
 
 当人の前でゴタゴタ言うのは控えたが。
 本当に器用なひとなのだ。彼は、様々なことを片手でこなす事ができる。
 食事はもちろん。施設での仕事だって、両手のひとでも難ある作業も、慣れさえすれば彼も失敗せず取り組める。
 そのために、「どうすればやりやすいか」をスタッフと探って、最終的には自身の力でこなす。

 確かに、「器用になるしかなかった」とも言えるが。
 ひとは、甘えや驕り、怠けや諦めもする。
 彼のような障がいがあるひとのなかには
「動けないんだから仕方ない」
 と言う人間もたくさんいる。
 それを簡単に「良いか悪いか」での判断はできない。少なくとも、他人にできる判断ではないと思う。ましてや「かわいそう」と、思うのは勝手だが、それを本人に言うのはどうだろう、と。

 だから、彼が「器用」であることを「当たり前」のように。「かわいそう」だと第三者が言うことは。それはきっと違うと、私は思う。


 作者の周りには、当たり前でない日常が溢れているのだ。
 けれど、その人たちをただただ憐れみの眼で見るのは、相手に対して逆に失礼になると。
 発達障害者を兄に持ち、精神障害者である身としては、日常でふいにそう感じている。



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プロフィール

月凪あゆむ

Author:月凪あゆむ
現在は、エッセイ「思うこと、感じたこと。」が一番続いてます。(でも不定期)

二人、兄がいますが。二人とも知的発達障がい者です。年齢的にはいい大人ですが、脳年齢的には子どもです。私は「統合失調症」という精神疾患の持ち主となりました。
よろしくお願いします。

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